第87話 最強(?)タッグ結成!
前回のあらすじ:ガンダブロウと明辻泉綱の前に現れた刺客!その驚愕の姿とは……
一人称視点 ガンダブロウ→サシコ
「なっ!?」
「そ……その姿は……!?」
現れた男の姿──その醜悪さに驚愕した。
「げへへ!なかなか良い反応だっつって!」
顔はヘチマのような質感の円柱形、上部に空いた湯呑の空洞のような穴、そして穴に蓋をするように被せられた葉っぱのような頭皮……まるで南洋の島に生えるという食虫植物・ウツボカズラそのものである。腕部からはハエトリソウの口がついた触手がウネウネと蛇のように伸び、それでいて胴体と下半身は人間のものであるからして、その冒涜的な形状は極めて怪奇である。
「貴様……妖なのか!?」
明辻先輩が叫ぶ。
妖……このげに悍ましき姿形を言い表すにはそれしかない。しかし、野生の妖は人語を解する事はないし、こやつのように小賢しく呪力の気配を断って人間を尾行するような芸当は出来ない。とするならば……
俺の頭に浮かんだのは、御庭番十六忍衆たちの事だ。彼らは戦いの末、追い詰められると最後の切り札として妖の姿に変化した。
「妖? げっへへへ! アッシはこう見えても立派な人間だつって!」
だが、今までに戦った御庭番十六忍衆たちは、妖化に伴い、巨体と莫大な呪力量と引き換えに理性を失っていた。
コイツは少なくとも表面上は、人としての理性を失っているようには見えないが……
「その姿……陰陽術によるものか?それとも人間の姿を元に妖化したのか?」
「あ〜ん?」
「貴様一体何者だ?」
「げへへ!今から死ぬ人間に何を言っても意味がないっつって……なあ!」
ウツボカズラ男は手の触手を伸ばして攻撃を仕掛けてくる!
「……下がっていろ、ガンダブロウ」
と、明辻先輩がズイと一歩前へ出る。
「あんっ?」
明辻先輩は静かに剣を抜くと、迫るハエトリソウの触手を目にも留まらぬ斬撃で叩き落とした。
「ぬあァ!?」
うむ、流石だ。不規則にうねる触手攻撃の先端を正確かつ最小限の動きで切り落としてみせるとは……先輩の往年の腕は衰えておらんな。だが……
「コイツの正体は分からぬが、仲間の仇。私にやらせてもらおう」
「……あの時の怪我はもう治られたのですね」
「ふ、もともと治らぬ怪我じゃないさ。だが、久々の実戦。カンを取り戻すにはコイツは丁度いい相手だろ」
明辻先輩は剣を構え直し、ウツボカズラ男に向き直る。
「おい!お前!」
「あ……?」
「さっき死ぬ人間には話をしても意味がないと言ったな! だが、我らサムライにとっては意味がある…………決闘の作法だ!名を名乗れい!」
立ち会いを前に敵に名を問うのはサムライの決闘作法。
古臭いしきたりだが、俺たちエドンのサムライにはどんな相手であれ自分が命を奪う相手には敬意を払うべし、という教えがある。
今の時代、そこまでキッチリと作法に則り決闘する者も減ったが、この人の場合はどんな相手でも一対一の戦いではこの流儀を通すのだ。俺も大概だとは思うが、まったく相も変わらず律儀な人だ……
「何だぁ?決闘?この期に及んで何を寝ぼけた事を……」
「名乗らんのなら、こちらから名乗らせてもらおう! 我が名は明辻泉綱!使う剣はエドン無外流【或命流】!」
「明辻…………泉綱!? あのエドン・サムライ師団の鬼連隊長かっつって!」
ほぅ、明辻先輩の名前に反応したか。
彼女の武名はかつての戦乱時代の末期には他国の兵士には広く知れていた。こやつが元は人間で今は金鹿馬北斎に雇われた私兵なのだとすれば、どこかの国の元兵士か傭兵であろうか。
ん?待てよ……そういえば、聞いた事があるぞ。
どこの国にも所属しない傭兵集団の噂……所属する兵は嘘か真か皆妖のような異形の姿をしているのだとか。彼らの姿を見て生きて帰った者はほとんどいないが、その伝説的な強さは主に西ジャポネシアの兵士たちの間では知らぬ者がいない程恐れられていた……確かその名前は……
「げっへへへ! そうか、そうか! こりゃとんだ大物だっつって! あの明辻泉綱が相手なら名乗ってやるのが礼儀…………よく聞けっつって!アッシの名は羅蝿籠山!トッタリアの傭兵【幻砂楼の遊民】が1人だっつって!」
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
「解★封!」
金鹿がそう声を発した瞬間──
札から無数の黒い触手が伸び、ちょうど斬りかかるために跳躍していた武佐木小路乃の四肢にからみつく!
「んむっ……!?」
「ヒェッヒェッヒェッ! やはり美女には触手じゃの〜!」
これは……陰陽術の式神……!?
あの札を触媒に無詠唱で発動させたの!?
それにしては呪力の気配はほとんど感じなかったケド…………
「どうじゃ?吾輩の【王戯遊札】は?美美っとくるじゃろ?」
「…………くっ!」
武佐木小路乃は両手両足を絞り上げられ、磔のような体勢にされ拘束された。
「ホホ〜ッ!いい眺めじゃあ〜」
金鹿は武佐木小路乃の自由を完全に奪うと、別の触手を伸ばして彼女の衣類を剥がし始める。
「……ッ!」
「ほらほら、このままだとカワイイ乳房が見えちゃうよォー」
うっ!
そう言えば市場で見たコイツが描いたという悪趣味な絵……女性がタコの触手に絡みつかれた春画があった!
まさか、ただの妄想じゃなくて現実でもそんな事をしてるなんて……やっぱり変態!
「こっちはどうかな〜、どうなってるのかな〜」
「……うっ」
今度は触手を足の方に伸ばし、艶かしく太ももにからめると、ゆっくりとその上へと這わせていく。
「ヒェッヒェッヒェ! 鉄棒がぬらぬらしてきたぞぇ〜!」
……オウマの見張り棟での事を思い出す。
御庭番十六忍衆の阿羅船牛鬼はアタシを六行の力で拘束し、無理矢理いやらしい事をしようとした……御庭番十六忍衆の男って、皆こんなに下衆なの?それとも戦いに負けた女は男に蹂躙されるの運命って事?
ううん…………ダメだ!見てられない!
「エイオモリア無外流【武蔵風】……」
「ん?」
アタシは天羽々切を抜くと、武佐木小路乃を拘束する触手に向かい斬り込んだ。
「"蹴速抜足"ッ!」
風行の風を身体に纏わせ、加速突進!
「ぬうっ!」
勢いのままに黒い触手を斬撃で断ち切る!
「…………かはっ!」
武佐木小路乃は拘束から開放されると、地面に落ちて片膝をついた。
攻撃成功!しかし、剣が触手を斬った時の感触に違和感を覚えた。
「い、今の感触って……」
七重隊長からお借りした天羽々切は六行の力をただの無害な呪力に霧散させる事ができる剣だ……だから六行の力で作られた結界や式神も綿あめを裂くように簡単に斬る事が出来る。
でも、今斬った黒い触手には、弾力や硬さ……生物特有の質量感があった。式神とは六行の力で構成された半自立稼働の術で、炎で体を形づくるアカネさんの火鼠のように、薄皮一枚の下には質量のある実体を持っていないものだけど……
「……宮元住蔵子」
ん?おおっ!
振り返ると武佐木小路乃は呼吸を整え、すぐに体勢を立て直して剣を構えていた。そして、何故自分を助けたのか?とでも言わんばかりの目でこちらを見つめている。
うん、まあそりゃ不思議だよね。
自分でも咄嗟に体が動いてしまったけど、彼女を助けた明確な理由はアタシにも分からない。確かにこっちからすれば、御庭番十六忍衆同士が争い合っているなら共倒れを願いこそすれ、片一方に肩入れをする道理なんてない。もし仮に手を貸すのだとすれば、離反者側で恩を売る価値のある金鹿馬北斎の方だしね。普通は。
でも、金鹿の敗者を性的にいたぶる様な行為は同じ女として凄くムカついたし…………それ以上に、なんというか直感の様なものもあった。
この男を放っておくと何かとんでもない事になる。コイツは極めて邪悪な存在で立場を超えて倒すべき相手だ、という直感。
マガタマを持っているというなら、きっと何かとてつもなく悪い事を画策しているに違いない。何故だが分からないけど、そう確信出来た。
「今の技……風行を己に纏って移動力を上げた攻撃か……いや、それよりも眼……眼じゃ!」
金鹿馬北斎がバッと振り返り、こちらを見つめる。
ううっ!鳥肌が立つほど、気持ち悪い目つきだ……
「おおおっ、間違いない!黄金色の【龍の玉視】!能面法師め、この事を吾輩に隠しておったな……ヒェッヒェッヒェ!流石に策士じゃのお!」
……ギョクシ?
何を言っているのかはサッパリ分からないが、金鹿は自分一人で納得したように薄気味悪い笑みを浮かべながらブツブツと独り言をつぶやく。
き、キモイ!
やはり、なんか異常だよ、金鹿馬北斎!
「ねえ」
金鹿馬北斎の狂人じみた様子に、やや怯んでいると武佐木小路乃に小声で話しかけられる。
「金鹿と戦うつもりがあるとーか?」
「え……?」
「1人でも、もう少しやれると思っとったんやけどな。やってみてよう分かった。ウチ1人じゃ、金鹿には逆立ちしても勝てん」
こ、これって……
「ばってん……2人ならもしかしたらやれるかもしらん。ここは共同戦線といかんか?」
……共闘の申し出っ!
まさか御庭番十六忍衆の仲間から協力を仰がれるなんて!
「…………しかし、太刀守や異界人と離れて吾輩と遭遇するとはさしものヤツも計算出来なかったようじゃな……これはとんだ収穫。やはり人形などに頼らず自分の足で現場に来てみるべきでブツブツ……」
「幸い、金鹿は今呆けとるようだし」
うーん、どうしよう。
この人、御庭番十六忍衆の部下なのよね?一応敵なのよね?
悪い人ではなさそうだけど……一時的にとはいえ手を組んじゃってもいいのかしら?
「やるなら早い方がいい……どう?やる?」
でも、考えてる時間はない、か……!
えーい、もう!
同じ紅鶴御殿で修行した者のよしみもあるし、まずは金鹿馬北斎をやっつける事に全力集中よ!
「……分かったわ!」
「よか!」
武佐木小路乃は今日一番の笑顔を見せると、なんの打ち合わせや合図もなく、いきなり金鹿へと駆け出した。まるで何年も組んでいる仲間に「背中は任せた!」とでも、言わんばかりに……
そして、アタシも何故だが彼女の意図を自然に察したような気がした。




