第84話 ガール・ミーツ・ガール!
前回のあらすじ:再会したかつての想い人・明辻泉綱に目的を問うガンダブロウ。一方、サシコは遊技場で出会った謎の少女を尾行する……
※一人称視点 サシコ→サシコ→ガンダブロウ
「ねぇ、いつまでついて来るん?」
ミヴロの町はずれ、人気のない寂れた裏通りに入ったところで少女は足を止めた。振り返りこそしないものの物陰に隠れているアタシに対しての言葉である事は明白だ。
……遊技場から彼女の事をつけていたが、どうやら尾行するアタシに気づいていたようね。
「さっき遊技場にいたコじゃろ? 何かご用?」
ありゃあ、最初からバレバレだったのか。とすれば、人気のない道に入ったのはわざとね…………アタシは観念して物陰から姿を表した。
「ごめんなさい。悪気はなかったんだけど…………実はアナタに聞きたい事があってついてきたの」
「……なに?」
少女は例によって表情を一切変えぬまま、そっけなく言った。
「あなた、さっき遊技場の店主に金鹿馬北斎の居場所を聞いていたよね?なんで、金鹿馬北斎を探しているの?」
「……」
少女は無表情のまま沈黙する。
まあ、答えないのは当然といえば当然か。尾行してきた得体の知れない女にいきなりこんな質問されても普通は答えない。なんとか、それらしい理由をでっちあげないと……
「えーと、実はアタシも訳あって金鹿馬北斎について調べてて……あ、アタシ実は金鹿馬北斎が大好きで、この町にもそれで来たというか、何というか……」
「師匠に言われたから」
「え?」
「師匠が探しとるんよ、そん人」
「師匠? 師匠って誰?」
「……」
少女は再び沈黙し、こちらの様子をジッと見つめてくる。
何というか……独特な会話の間があるコね……
「その剣」
少女は不意にアタシが腰に差していた剣を指差す。
「え? あ、これ?」
この剣は七重師匠から預かった"天羽々切"……よく分からないけどかなり有名な剣だと言うし、もしかして気が付いたのかしら?
「え、と。これは知り合いにもらった、というか借りている剣でその……」
アタシの眼をじー、と見つめる。
透き通るようなその眼で見いられると何だか恥ずかしく、視線を反らしてしまう。
「それにその眼……ああ、そうゆうコト」
……何が何だか分からないが、彼女は納得したように少し頷くと、はじめて少し笑ったかのような表情を見せた。
「あなた、宮元住蔵子でしょ?」
「あえ!? な、なんでアタシの名前を!?」
少女は突然アタシの名前を口にした。
それだけでも十二分に衝撃的だったが、次いで彼女が口にした言葉には更に倍がけの衝撃があった。
「ウチは武佐木小路乃。御庭番十六人衆が1人、燕木哲之慎様の弟子たい」
「えッ……!?」
御庭番十六人衆。
たしかに、少女はそう口にした。
心臓がドクンと、鼓動を早める。
「アナタやアナタの仲間たちの事は燕木師匠から聞いて知っとぉ」
う…………可愛らしい見た目に油断していた!
タダ者じゃないと思ってたけど、まさか御庭番十六人衆の弟子だなんて……えっ? という事は敵…………敵だよね!?
「……ッ!」
とっさに剣に手をかける。
しかし、この武佐木小路乃という少女の実力は遊技場の試技で見る限り、アタシより一枚上である。無論、実戦での強さと試技での腕前はまったく同じとは言えないけど、それで言うなら実戦経験の少ないアタシの方が不安要素は大きい。それにアタシは六行の技を見せてしまっているが、逆に武佐木小路乃の六行の技は未知数というのもあるし……
…………て、んん?
そういえばムサキコジノという名前、どこかで聞いたような……
「…………アナタと戦うつもりはないとーよ。ウチからも聞きたい事が色々あるし。でもその前に……」
いくつもの思考が巡り頭が混乱して立ち尽くしていると、少女は無表情のままアタシをなだめるようにそう言った。しかし、その直後、突如刀に手をかけ駆け出した。
え!? やっぱりここで戦うつもり!?
「……ハクオカ理心流【天巌】」
しかし、少女は身構えるアタシを素通り。技をあらぬ方向に打ち出した。
「"東天紅"!!」
少女は身の丈に合わぬほどの長刀を引き抜くと、剣先から赤い稲妻を放った!雷撃は夏の湿った空気を切り裂くと、塀の上にいたソレに命中する。
「グエェェン!」
雷撃を受けて瓦塀の上からボトリと落ちたもの、それはコウモリの羽が生えた小振りのロバのような奇怪な姿をしていた。人や獣のたぐいではない。
「妖!? 妖が何でこんな町中に……!?」
突如現れた妖。なんの前触れもなくいきなり、町中に出現するなんて……と、疑問に頭を巡らせる暇もなく、周囲に放たれた妖しい呪力の気配を感じ取る。
「気ぃつけ。囲まれとる」
武佐木小路乃に促され、周囲を見渡す。
木々の隙間や土塀の上、果ては側溝の間から不気味な妖たちが顔を出していた。
「ええ!? い、いつの間に……」
そんな……!?
露骨な呪力を垂れ流す妖が、こんなに近づくまで気付かなかったなんて……!
何が何だか分からない…………けど、考えてる暇もない!
アタシは"天羽々切"を抜き、武佐木小路乃と背中合わせになるよう構えた。
「やるしかないようね」
「……」
こんな時に太刀守殿がいれば、という考えが頭をふとよぎる…………けど、ダメダメ!これくらいの苦境は自分ひとりで乗り越えてみせないと!
す~、と深呼吸して空を見上げる。先程までのカラッとした夏空はいつの間にやら曇天へと変わっていた。暗雲を斬り開いて己を救えるのは、自分自身だけ…………よし!集中完了!
「ギシャアアッ!」
アタシと武佐木小路乃は、ほとんど同時に這い寄る妖たちの群れに駆け出した。
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
「とやあッ!」
「ギシューッ!」
……どれくらい時が経っただろうか?
次々現れる妖を無我夢中で斬り進み、気がつけば先程よりも更に裏ぶれた通りの廃墟地帯にたどり着いていた。
ひと通りの妖を斬り伏せたが、一緒に戦っていた武佐木小路乃の姿も見えなくなってしまっていた。
「はあ、はあ……新手はもう来ないのかな?」
戦った妖一体一体の強さはそれほどでもなかった。大きさもせいぜい大型犬程度の個体がほとんどであったし、何とか包囲を破って切り抜ける事が出来た。
乱戦時は背後に敵を背負わぬよう走り回って立ち回るべし、という太刀守殿の教えを覚えていた事も活きた。でも……
「ここどこ?」
町中を転戦した事で自分が今どこにいるかも分からなくなってしまったわね……完全な迷子。うーん、どうしようかしら?
ジャリ…
と、不意に塀の角あたりから土を踏む音がする。とっさに剣を構えて振り返ると、そこには武佐木小路乃の姿があった。
「……無事やったようね」
彼女の方もどうやら転戦してこの場所にたどり着いたらしいが……
「ええ、なんとか。でも、今の妖の群れは一体何だったの?」
「刺客やろうな」
「刺客……って一体誰からの?」
「金鹿馬北斎」
「え?」
武佐木小路乃は相変わらず表情を変えずさらりと答えたが、彼女の端的な発言は逆に混乱を誘う。
「金鹿馬北斎は御庭番十六人衆でしょ? アナタは御庭番十六人衆の仲間なんじゃないの? 何で味方のアナタも襲われていたの?」
「裏切ったから」
またしても武佐木小路乃は短く要点だけを答える。
「う、裏切ったって……どっちが?」
「金鹿馬北斎」
「な、何で……?」
「それは聞いとらん。でも、師匠がアイツは恐ろしく頭がキレるから気ぃつけろって」
という事は……内ゲバ!?
なるほど、御庭番十六人衆も一枚岩じゃないのね。アタシたちとしては敵同士が戦い合うのは好都合。敵の敵は味方ともいうし上手くすれば味方に引き込む事もできるかもしれないし……んん?それじゃ、今アタシも一緒に妖に襲われたのは完全なとばっちり?
もしかして、妖を倒すのに共闘したのはマズかったのかしら?
て、うー!なんかややこしくなってきた!
「じゃあ、アナタは金鹿馬北斎を捕えにきた刺客ってこと?」
「そんなところね」
「アタシに聞きたい事があるって言ってたけど、それは太刀守殿や、アカネさんについて?」
「それもあるけど、アナタについて聞きたいこともあるけん」
「え? アタシ?」
「うん。でも、話すのはまた後たい…………この場所。ウチら二人がここに来たんはたぶん偶然やない。妖どもを使って、誘い込まれたんや」
「……な、何を言っているの?」
瞬間──廃墟の中から放たれた妖しい気配に背筋が凍りつく。
先程の妖たちとは比べものにならないほど、禍々しく強大な呪力の波……こ、これは……!?
「まあ、探す手間が省けたとも言えるけど……」
武佐木小路乃は再び刀に手をかける。しかし、能面のような表情のままでも、さっきとは比べ物にならない警戒感を帯びているのが分かった。
「ヒェッヒェッヒェ!なかなか明哲じゃのお、コジノちゃん!下級の妖程度は難なく切り捨てる剣腕といい…………んん〜!美美っと来おったぁ!」
妖しい気配の根源は甲高いしゃがれ声と共に、廃墟の奥より姿を表す。
「それにサシコちゃん!君もじゃ!太刀守の手ほどきを受けてると聞いておったが、想像以上の腕前!気にいったぞぇ!」
「鹿金」の文字の刻まれた極彩色の不気味な着物と、そこから除く枯れ木のように痩せ老いた四肢。丸い帽子から四方に飛び散るように生える長髪の白髪。
その禍々しい気配をそのまま体現するかのような奇天烈極りない容貌と、間の抜けたような素っ頓狂な声は対峙する者の心を否応もなくざわつかせる。
「よ・う・こ・そ!強き少女たち!吾輩は金鹿馬北斎…………突然だけど君ら、新世界には興味ある?」
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
「…………して、倒すべき賊、奪還するモノとは一体なんですか?」
「賊は御庭番十六忍衆の1人金鹿馬北斎…………またの名は玲於灘"御珠守"瓶中」
「なっ!? み、"御珠守"だって!?」
俺の問いに対する、明辻先輩の答えは想定を遥かに超えていた。
「ええ。ヤツに奪われたマガタマを奪い返す事が今回の作戦よ」




