第83話 剣道試技!
前回のあらすじ:別行動中のサシコはモヤモヤした気持ちを払うため1人遊技場を訪れる。
一人称視点 サシコ→ガンダブロウ
「はああッ!!」
遊戯場の「剣道試技」。
次々と現れるからくり人形に木刀を打ち込んでいくチャンバラ遊びで、打ち込む人形の各部位につけられた印ごとに得点が異なる。高得点の部位を強く素早くかつ性格に打ち込む事が求められる遊戯のようだが……
「す、スゲェ! あの娘、もの凄い速さでからくり人形を撃破していくぞ!」
「一体ナニモンだ!?」
「こりゃあ、最高記録更新もあるぞ!」
観衆は驚きの声を上げているけど…………ふん!こんなのは紅鶴御殿での修行や太刀守殿との手合わせに比べれば、全然大した事ないわ!
「はあッ!どりゃッ!てぇい!」
何十体もの人形を打ち据えた後、闘場の真ん中にひときわ大きな金色の人形が現れる。その腹には「連打」と赤墨で書かれており、今まで一撃当てれば後ろに下がっていった人形と違い、何発も打ち込んでいいようであった。
……よーし!
「エイオモリア無外流【武蔵風】……"宿禰嵐"!!」
アタシは人形が壊れんばかりの勢いで、連撃を浴びせた!
「太刀守殿の馬鹿ああああああ〜〜〜〜!!!!」
百発近い連打を打ち込んだ後、止めの一撃を抜き胴の形で振り抜くと、壁に埋め込まれた得点板がカラカラと回り始め、点数が表示された。
「得点は……きゅ、975点!?」
「うおおっ!最高記録だっ!」
フ〜、スッキリしたぁ!
まだモヤモヤは完全に消えてないけど、多少は気分転換ができた。
どうやら、この遊戯の最高得点も更新したみたいだけど、個人的にはもう少し高得点が行けたかな、という感触もあった。きっと七重師匠の修行なら「25点も落とすなんてたるんでる証拠だよ!」と怒鳴られ、満点を取るまでやらされただろうし……
「次、ウチがやります」
男衆の野太い歓声の隙間をすり抜けるように、やや西ジャポネシア方面の訛りを感じる可愛らしい声が聞こえる。
不思議な幾何学模様の青い羽織をした薄い銀髪の美少女……その透き通る湖面のような肌と琥珀色の宝石の様な眼は、取り澄ました無表情と相まって美しい人形のような印象を与える。
「おいおい、また可愛らしい挑戦者だな」
歳の頃はアタシと同じかちょっと下?かしら?
アタシが言うのもなんだけど、こんな若い女のコがその容貌に不釣り合いな無骨な竹刀を握って立つ姿には何とも言えない珍妙さがあった。
しかし、競技が開始されると、その華奢な見た目の裏に恐るべき力を秘めている事がすぐに分かった。
「うあっ!? こっちのお嬢ちゃんもまたスゲェ!」
少女はとてつもない速度で闘技場を跳ね回り、人形が現れるや否や神速の打ち込みで的確に打撃を加えていく!
体格に似合わぬ、凄まじい剣技と身のこなし!
「……」
少女は気勢を吐くでも、気合の形相を浮かべるでもなく、ただ淡々と無駄の無い動きで人形の高得点部位に攻撃を当てていく。
そして、最後の連打人形に連撃を終え、アタシと同じくダメ押しの抜き胴を放つと、背後の得点板が激しく回転し「九」「九」「五」の得点が表示された。
「うわあ〜!? また記録更新だあ〜!?」
「ど、どうなってんだよ、一体……」
またしても驚愕の声が観衆から上がるが、今度はアタシ自身もその中に混じって感嘆の声を漏らす。
す、すごい……!
自分も剣が多少使えるようになり、同世代の剣士では敵なしなのでは?と思っていたけど、とんだ自惚れであった。
彼女の剣は紛れもなくアタシより上!まるで太刀守殿の剣技を見てるようだった!
「……」
少女は自分が達成した数字を一瞥すると、まったく表情を変えないまま一礼して竹刀を置く。
すると、彼女の周りを見物の男たちが囲う。
「お嬢ちゃん、凄いね〜!」
「お名前は? どこの道場? 何流の剣?」
「飴玉いるかい?」
うぐ……さっきまでアタシの剣技に騒いでいたのに、完全に関心があちらに移ってしまった。
ま、まあ、別にいいんだけどさ。
「まだ弱輩、未熟の身。語るほどの名はありません」
少女は褒めそやす彼らにキッパリそう言ってみせた。
「飴玉はいただきますけど…………それよりご店主。聞きたい事がありますけん」
「あん? 何だい?」
「金鹿馬北斎殿は今どちらに居られるかご存知か?」
えっ!?
今……金鹿馬北斎って言った!?
「さあ、分からないねえ。夕方ごろ行われる富嶽杯に出てくるらしいけど」
「……そうですか」
少女は短く答えると、男たちの囲いを猫のようにスルリと抜けて遊戯場を後にした。
どうやら少女は金鹿馬北斎を探してる様だけど……
あの剣の腕といい、一体何者なのかしら!?
アタシは何か予感めいたものに引っ張られ、咄嗟に少女の後を追った。論理的な理由ではないけど、あの少女についていけば何か今回の件に関わる秘密に近づける。そんな気がした。
太刀守殿に頼まれている仕事はまだ残ってるのだけど……今はこの直感を信じて動いてみよう!
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「単刀直入に聞きます。俺を呼んだ目的は何ですか?」
俺は回りくどい探りを入れる事なく、核心を突いた。
明辻先輩への信頼と自分自身の責務故に俺はこの召集に応じた。それは、彼女ならどんな意図があるにせよ、俺に対して真意をはぐらかす事をしないと、そう信じたからでもある。そして、俺のそういった思いは先輩にも伝わった。みなまで言わずとも、目を見れば分かる。
「ふふふ。相変わらず、剛直なやつだ。思い出話に花を咲かす暇もなし、ね…………まァいいわ」
明辻先輩は柔和な口元のまま、眉に少し力を込めた。険を帯びた目元には歳を刻んだ疲れをやや感じさせる。
「お察しの通りよ。私はある人からの指令を受けて貴方を呼び出したの。目的は賊に奪われたある物を奪還する事。貴方にその手伝いをしてほしいの」
奪われたある物を奪取……かつての戦乱の時代には国家の気密事項や兵器の新設計図などを巡って忍の者たちが、そのような作戦に従事する事は珍しくなかった。だが、国家が統一された今の世ではそういった物騒な仕事はかなり少なくなったはずだ。しかも、明辻先輩は間者・忍者の類ではなく、根っからの剣士。諜報や隠密よりも前線での戦闘が本職であるからして、俺への接触を図りやすい人選をしたという事情を差し引いても、敵の危険度を推し量る事ができた。
「あなた程の人を間者として使うとは、指令を出した人物は相当の大物と見受けますが……一体何者ですか?」
「……残念だけど、今は言えないわ」
ふむ、なるほど。
今は言えない、か。
つまりは明かすのに条件がいるという事だ。その条件とはおそらく彼女の取られている人質の開放だろうな。
「あなたもよく知る人とだけ今は言っておく」
謀主は俺の知る人物……予想していた事ではあるがやはりか。
俺と明辻先輩が懇意にしていた事はエドン公国内では広く知られている事だったが、ある事情から俺が彼女の依頼を断らないだろうという事を知ってる人間は旧エドン軍の一部関係者に限られ、なおかつ明辻先輩を脅せるほどの立場の人間はさらに少ない。しかも旧エドン軍部の高官は俺をはじめ、その多くがキリサキ・カイトによる追放・粛清の対象となっていて、今なお力を維持している者となると……
いや、今は考えるのはよそう。
「承知しました。では、これ以上の詮索はしません」
明辻先輩は時が来れば陰謀の全てを話してくれるだろう。
俺はアカネ殿やサシコに危害が及ばぬ限りにおいては、先輩の依頼を断るつもりはない。たとえ利用されていようともそれは関係ない。俺が今できる事は、おそらく本意でなく陰謀に加担しているであろう彼女を解き放つのに全力を注ぎ、事件の真相を知り得た暁には迅速にアカネ殿の元に戻る。それに集中するのみだ。
「…………して、倒すべき賊、奪還するモノとは一体なんですか?」




