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兄を訪ねて三千世界! ~草刈り剣士と三種の神器~   作者: 甘土井寿
第3章 混迷の中原編 (オヤマ村周辺〜ミヴロ)
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第82話 まだら恋模様!

前回のあらすじ∶ミヴロに到着したガンダブロウたちは各々の役割を全うすべく三手に別れた。


※一人称視点はガンダブロウ(過去)→ガンダブロウ(現在)→サシコの順で変遷します



 ミヴロ郊外──祭りの喧騒も遠くかすかに感じるばかりの田園地帯。小さな川の支流が交差するこの町の北端に、古ぼけた水車小屋があった。



 …………約束の場所はここで間違いあるまい。



 明辻先輩は今この中にいるのか……ギシギシと音を立てる建付けの悪い戸を押し込み、まだ昼間だと言うのに薄暗い室内に足を踏み入れる。



「先輩!村雨岩陀歩郎(ムラサメガンダブロウ)参上しました!」



 室内からはその声に応答する者はなかった。



───────────


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───




「先輩!やりましたね!」



 初陣であるアマゴスキンの戦いから2年ほど経ち、いくつかの戦場を経験してのち。

 

 リャマナスの戦役への従軍後、長年の戦果がエドンに認められた明辻泉綱はサムライ師団第一連隊の隊長へ就任が決まっていた。



「おー、ありがとう!ガンダブロウもな!」



「これから師団長に挨拶ですか?」



「まあね。ガンダブロウも来るか?」



「はい!」



 俺も彼女と共に戦って得た戦果により、一等剣士の階級を得るに至っていた。隊舎の廊下を歩きながら俺たちはお互いの昇進を称え合う。



「おお、あれが噂のたった2人でダイハーンの拠点を落としたっていう第一連隊の双璧か」

「いずれは戦国七剣に比類し得るとまで言う者もおる」

「来るバラギスタンとの決戦はあの二人の活躍いかんで勝敗が決まるやもしれんぞ」

「しかし、こう並んでいると姉弟にしか見えんな」



 噂話が聞こえてくる。


 戦士養成の名門である我門塾から最年少でサムライとなった2人が、共に戦果を上げて台頭してきたのだから注目の的にもなろう。


 しかし、姉弟……か。せめて、夫婦と言って欲しいがなあ。



「ふふふ。俺たちの武名も結構知られてきてるみたいですね」



「あら、そう?だとしたら過分な評価ね」



「……先輩の事は七重婆さんの再来だと言ってる人もいますよ?」



「貴方は確か新島七重殿に指導を受けていたんだっけ?だとしたら分かると思うけど、私の実力はそんな高いところにはないよ」



 ちぇっ。謙遜するなぁ。


 戦果でも稽古でも俺に負けた事がないくせに。女らしくもない豪快な性格だと言うのに、こういうところは真面目なんだよな。



「戦場にはね、まだまだ自分より上の剣士はたくさんいるわ。自分の力だけで何でも出来ると思うのは心にスキを生む。サムライは敵を斬る時、次は自分が斬られる番だと常に心がまえるべし、よ」



「……先輩を斬らせやしないよ。俺が守るから」


 

 明辻先輩の足がピタリと止まる。 

 口をついて出てしまった言葉に俺はハッとなる。



「もしかして口説いてるつもり?」



「…………いや、俺はその……」



「ふっふっふ! 10年早いわね! 私は私より強い男にしか興味ないの!」



「なっ! からかわないで下さいよ! ほら、早く師団長の部屋に行きましょう!」



 くそ!何であんな事を言っちまったんだ!


 俺は自分でも分かるほど赤らめた顔を伏せながら足早に向かう。



「色恋も剣もまだまだ工夫が足りないわねぇ」



 ちくしょー!言われなくても分かってら!


 今の俺じゃ、男としても剣士としてもまだ明辻先輩には認められねえ!


 まだまだ修行して強くならないと!俺はもともと剣の道を極め、ジャポネシアの戦乱を俺自身の剣で治めるためにサムライになったのだ!明辻先輩もこの国も、全て背負って立つほどの大剣豪になってやる!



 そうしたら…………その時は正式に俺の思いを先輩に伝えよう!





───


─────


───────────




「いつまで隠れてるつもりですか? 先輩」



 がらんどうの小屋にそう語りかける。小屋に足を踏み入れる瞬間には分かっていた事だ。呪力の気配を断っていても、かすかな息遣いや視線は感じる……いや、俺が気配を察知したというより、あえて完全に気配を絶たずに気づかせたというのが正しいだろう。



「隠れんぼに付き合う気はありませんよ」



「………………………やっぱり、バレちゃったね」



 背後、戸の近くの影からスーッと姿を現したのは、かつて最も近くで戦場を駆けた相棒にして恩師。最後に会った6年ほど前よりいく分か歳を重ねたものの変わらぬ美貌と戦士の風格は紛れもない明辻泉綱その人のものであった。



「そりゃそうでしょうよ」


「よかったよかった。あの頃の勘はまだ衰えてないみたいね」



 明辻先輩は2歩半の間合いまで歩み寄ると、かつてと同じようにニコリと屈託なく笑いかけてみせた。



「久しぶりね、ガンダブロウ! ふふふ、相変わらずジジくさい着物きてる」



「ご無沙汰してます。先輩は髪を伸ばされましたね」



 以前のような自然な会話……懐かしさに一瞬顔がほころびそうになるが、ここは同窓会の宴席ではない。尋常ならざる会合である事を忘れてはならないのだ。





「単刀直入に聞きます。俺を呼んだ目的は何ですか?」




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「…………どあ〜〜〜〜〜! もおうっ!」



 溜まった憤りが口から突如奇声となって発せられると、通行人はギョッとしてこちらを向く。



 太刀守殿とアカネさんと別れ一人になると、手持ち無沙汰とまた今回も蚊帳の外なのではないかという思いが抑えきれなくなる。



此度(こたび)の件、どうも俺たちの知り得ぬ思惑が隠されている気がしてならない。ミヴロでは何が起こってもおかしくないと考えれば、情勢の変化に応じて動けるサシコの存在は極めて重要なのだ」



 と、太刀守殿に言われ納得してしまっていたが、これってもしかして…………女に密会するのていよく追い払われたんじゃないの?



 ………太刀守殿の憂いを帯びた表情を思い出す。



 女のカンが言っている。太刀守殿は明辻泉綱という女性に上司・部下以上の思慕があったのは間違いないだろう。でも、だからといってアタシにはどうする事も出来ない。吉備牧薪の時もそうだったけど、過去の時間を太刀守殿と共有していないアタシはその絆に割って入る事は出来ないのだ。



 これが嫉妬だっていうのは分かってる。

 


 でも、アタシの知らない太刀守殿を知っていて、英雄としての太刀守殿じゃなくいち剣士・村雨岩陀歩郎と同じ目線で物事を見てきた彼女たちがどうしようもなく羨ましい。こんな精神でいてはダメ。剣士としても女としてもダメだ。そんな事は分かってる。分かってはいるけども……



 ………今頃は太刀守殿は待ち合わせ場所についている頃合、か。



「あーん!太刀守どのぉ!」 



 アタシはこんな悶々とした思いをするために太刀守殿の旅に同行したの?一体何のためにあの修行を乗り越えて六行の技を身に着けたの?



 太刀守殿はアタシがこんなに思い悩んでいる事に気づいているのかな?彼が過去の盟友たちやアカネさんに向けるのと同じくらいの気持ちをアタシに向けてくれているのかな?



 …………ダ、ダメだ。考えれば考えるほど、おかしくなりそう……



「さあ、都で話題のあの有名絵師!金鹿馬北斎(カネシカマホクサイ)先生の原画展だよ〜!」



 ふと、通りから聞こえる呼び込みの声が耳に入る。



「ここでしか観られない名作・珍作の数々!今回は特別に値をつけてるものもあるけど、数は少ないからね! 早いもの勝ちだよ〜!」



 御庭番十六忍衆(ガーデンガーディアン)が一人、金鹿馬北斎。


 アカネさんが参加する富嶽杯に来賓として参席し、マガタマを所持していると自称する男……この男の存在そのものが、今回の件の謎を一層深めている。



「待機中、余裕があれば金鹿馬北斎について知り得る限りの情報を集めてくれ」



 そう、太刀守殿からも依頼があったが、殊更調査に専念するまでもなく、道中の町民たちから彼の情報は知り得る事ができた。



 いわく、金鹿馬北斎は、西ジャポネシアはシマネディア神国出身で、呪力を応用した創作を行う高名な「六行芸術家」との事。創作の対象は彫刻や建築、風景画、春画、果ては玩具の意匠など様々な分野で実績を残しているらしく、その人智を超越した仕事ぶりから「シマネディアの悪魔絵師」と畏敬を込めて呼ばれているそうだ。田舎者のアタシは知らなかったが、最近の都ではちょっと知れた名であるらしく、異能戦闘集団である御庭番十六忍衆(ガーデンガーディアン)に名を連ねているのはその知名度を買われた名誉職の側面が強いのだとか。


 もちろん、六行使いなのだから、まがいなりにも戦闘手段は持っているのだろうけど、その属性や術の特性は未知数。



 彼の芸術作品を見れば何か技や属性の情報がつかめるかもと、小一時間ほど歩いて見て回っていたものの……



「ダンナ方にオススメはこの春画! 今話題のタコ触手ものも入荷してるよー!」



 そう宣伝する店の店先には、若い裸の女がタコの触手に絡めとられている卑猥な春画がところ狭しと立ち並ぶ。脂ぎった旦那衆はその周りに集まり、値踏みするように絵を見ていた。


 うぐっ……こんな好色オヤジたちと並んで気色の悪い絵を眺めなければならないなんて……まだ前線で敵と戦っていた方が気が楽だ。



「おやおや、いらっしゃい。お嬢ちゃんも好きモノだねぇ。だけど、馬北斎の春画は過激だから、18歳以下には売れないんだよ〜」



 店主がねっとりした口調で話しかけてくる。



「結構です。こんな気色悪い絵、買う気ありませんから」



「おや、馬北斎(マホクサイ)の触手ものはお嬢ちゃんにはまだ早かったかな。それじゃ、こっちの宇田川博(ウダガワヒロシ)の恋愛春画なんてどうかな?女の子にも人気があるよ」


 

 紹介された絵をると、美男美女が見つめ合ったり接吻しているもので、タコの春画に比べればキツい描写も控えめである。


 たしかに素敵な絵だな、と思うものもあるがそもそもアタシの目的は春画を買うことじゃく、金鹿馬北斎の情報を集める事だ。



「ほら、これなんかいいんじゃないかな? 月夜の小屋で男女が不義理の恋を実らせるため逢瀬を重ねる場面を描いたものなんだけど……」


「……!」



 男女の密会、不義理の恋、小屋での逢瀬……嫌がおうにも太刀守殿を連想させる場面設定………………んもうっ!



「結構です!!」


「あっ……ちょっと!」



 アタシは店主の引き止めも一顧だにせず、足早にその絵画店から立ち去る。



「なんなのよ!なんなのよ、も〜う!」



 フンだ! 何が春画よ!


 違う女と会ってるヤツなんかの為に、なんでアタシが人目をはばかりながら卑猥な絵を眺めてなきゃならないのよ!アタシはそんなに都合のいい女じゃないっての!



「あ〜、むしゃくしゃする〜!」



 怒りを抑えきれぬまま、往来の真ん中を人混みをかき分けるようにあてもなく進む……と、道の突き当りにふと、遊技場の看板が目に入った。



 そこには射的や輪投げなど夏祭りの定番遊戯と並び、「剣道試技」という遊びがありふと目を引いた。なんでも闘技場に不規則に人形が出現し、それを竹刀で正しく多く打ち込むと高得点が出るのだとか……



 ふーん!おもしろそうじゃない!

 せっかくだし、このイライラした気持ちをこの遊戯にぶつけてみようかしら!



 

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