第79話 コケシ商売!
前回のあらすじ:六行コケシバトル・小決闘!その全国大会こと【富嶽杯】に急遽アカネが参加する事に決定した!
※今回はアカネの一人称視点
「では、こちらにお入り下さい」
「はい」
小決闘終了後、【富嶽杯】なる大会に出場する事となったわたしは審判役の男・更井さんに連れられ、会場に併設された運営スタッフのテントに訪れていた。何でも大会参加のために出場手続きが必要なんだそう。
「それじゃあ、必要な書類をお持ちしますので、そちらにお掛けになりお待ち下さい」
病院の受付みたいだな、と思いつつ椅子に座ってしばし時を持て余す。
……
5分、10分と待つうちに段々と頭が冷めてきて、ふつふつとある考えが浮かんでくる。
…………うん、まあダメだよね。これ。
海外旅行先のラテンなノリの村で、民族舞踊に飛び入りで挑戦する観光客……みたいな感じで参加してみたものの、何かものすごい事に巻き込まれてしまった様な……
ガンダブロウさんとサシコちゃんは怒ってるかなぁ?
何しろまったくの相談なしでやってしまった。せっかく馬車を偽装してまで、見つからないよう慎重に旅してきたのに、こんな悪目立ちしかしないような催しにいきなり乱入し、あまつさえもっと大きな規模の大会?にまで、参加しようとしているのだから……うん、誰がどう見てもバカ丸出しだね。楼蘭堂の時もそうだけど、結構わたしって流されやすいのかも。
正直、辞退したいんだけど、ここまできたらそれは今更言い出しづらい。
ステージでノリノリでタンカ切ってしまったというのもあるし…………んああ!恥ずかしい!思い返すと、子供の遊びで何やってんだろ、わたし!
「ほう、この少女が飛び入り参加の…」
ふと、辺りを見ると観客の子供たちと同じくお面をつけた大人のスタッフたちが、物珍しそうにこちらを見つめている。皆、同じく黒い羽織をしており、「板岱屋」の紋章が背中に描かれていた。
「ふむ、想定よりもずいぶん年齢が上のようだな」
「なに、これくらいの歳ならば誤差だろう」
うーん、なんかヤな視線だな〜。
子供の大会にわたしみたいなハイティーンが参加してるのが珍しいのかしら?高校のクラスで子供向けのカードゲームで遊ぶオタク男子を見て、幼稚だなあ、と思っていたけど、どうやらわたしも素質があるみたいね……
「お待たせしました」
更井がテントの奥から書類を持って戻ってくると、小机を挟んで対面に座った。
「あらためまして富嶽杯出場おめでとうございます。まずは、我々の選手目録に情報を登録しますのでアカネさんの姓を教えてください」
「あ、マシタ・アカネと言います」
「ふむふむ、マシタ・アカネ、と…………ん? マシタ・アカネ? はて、どこかで聞いた事があるような……?」
あ、やばい!
いつものクセでつい名乗っちゃったけど、もしかしたらお尋ね者として手配書とかに名前が載ってるかも……
「いやいや!マツシタです!マシタじゃなくてマツシタ・アカネ!」
「おっと、失礼。マツシタ・アカネさんですね」
更井さんは書類に名前を書き込む。しかし、更井さんはまだ頭に疑問符が残っているようで、再び訝しむような目をこちらに向ける。明らかに何かを疑っている感じ……やばいな。何とか注意をそらさないと。
「あー! そうだ! 1つ聞きたい事があるんですが!」
「む? なんです?」
「あの、ええーと…………そう、あの小懸騎士! あれが動くのって、その……六行の力ですよね?」
「ええ。もちろん」
「じゃあ、あの……コケマスターの子供たちって、皆がみんな六行使いなんですか?」
とっさに口をついて出た疑問。ガンダブロウさんが言うには、通常、六行の技は会得するのには才能と長期間の修行が必要との事。それをまだ幼い子供たちがポンポンと使えているのはやはり、おかしいのではないだろうか?
まあ、わたしは神様にもらった能力だからすぐに使えるようになったし、サシコちゃんも大して時間をかけずに会得していたので、正直実感は沸かないんだけどね……
「…………なるほど。やはり、貴方はその辺りの事情を知らずに小決闘に参加されていたのですね」
「ええ……お恥ずかしながら全くの初心者で」
「ふふふ。良いでしょう。では、当商会が提供するこの遊び……小決闘について少しご説明致しましょうか」
彼は小決闘について説明を始めた──小決闘の起源は30年ほど前に板岱屋が発売開始した玩具のコケシ・小懸力士を戦わせる遊びだ。以前までは小さなからくり機巧によって極めて単純な押し相撲をする程度の遊びだったが、ここ数年で飛躍的に技術が進歩し、コケシの体に六行の力の付与する事に成功。動きの幅は圧倒的に増え、それに伴い巷での人気も爆発したという。付与された六行は定期的に板岱屋の術士が力を充填する事で何度も使用する事が可能であり、子供たちの言葉に反応してその力を自在に発動させる。つまり、小決闘とは六行を操れない子供たちが擬似的に六行の戦いをする事が出来る遊びとなったのだ…………との事。
「……我が商会の会頭、宝富板之岱は六行は人類を進歩させるために必要不可欠な力の源であると考えています。しかし、今までは六行の技は戦争で使われるばかりで、実生活での活用はあまりに限定的でした。六行の技の会得のためには過酷な修行が必要ですから、当然と言えば当然の事。一部の術士や剣士のみが殺戮のために使う六行は一般市民には忌避の対象ですらありました。事実、戦乱の終息以降、若年者を中心に六行の修行者、習得者は減少の一途を辿っていました。平和な世界では六行の力が廃れていくのではないか、このままでは人類は進化をやめ堕落してしまうのではないか。そう危惧した会頭がある高名な術士と共に開発・販売したのが、安全で、手軽に楽しく、子供たちでも六行に触れる事が出来る今の小懸騎士だったのです」
「へ、へえ〜。なるほど〜」
更井さんの熱のこもった説明は続く。正直ちょっと熱くなりすぎてて、やや引き気味だけど……
しかし、要点は理解できた。紅鶴御殿で見た自動ドア、つまると所あれと同じという訳だ。マキ姐さんが研究していたのと同じ事を板岱屋の人たちも研究していたって事だね。
「会頭の理念は広く受け入れられ、今日の板岱屋の発展を…………て、それにしてもアカネさん。貴方あまり驚きませんね?」
「へ?」
「いやいやいや。物体に六行の力を半永続的に付与する技術を開発したのですよ?とてつもない発明だと思いませんか?」
「え、うーんと……」
ああ、そういえば紅鶴御殿で自動ドアを見た時もガンダブロウさんたち凄く驚いていたな。物体に六行の力を付与するって、この世界の人にとっては産業革命的な事なのかしら……正直、異界人のわたしには何が凄いのかピンと来てないんだよねイマイチ。そもそも六行の技の時点で充分凄いと思うし。
「これがいかに偉大な発明か。理解できるはずです…………そう、六行使いの貴方にならね」
「え??」
「ふふふ。隠しても仕方ないでしょう。何しろウチの製品でない普通のコケシを自在に操れるのですからね。それが六行使い以外の何だと言うのです?」
あ……まあ、そりゃあそうか。
六行使いであるとバレない方がおかしい状況よね。
「それとも、六行ではなくもっと別の……他の力を使っていると言うのですか?」
おっと、ビンカーン!細かい違和感を突いてくるねえ!
なかなか抜け目ない人だわ、更井さん。でも、今わたしの正体がバレるのは面倒だし、また上手くごまかさないと……あ、そうだ!
「いやいや、もちろん六行使いですよ。普通の。驚かなかったのは、前にも同じような技術を目にしたことがあったからなんです」
「な、何と!? 我々以外にも物体に呪力を付与させる技術を持つ者がいるんですか……??」
ぎゃあ、しまった!
紅鶴御殿との関係が知られるのは、それはそれでマズイな!
ぬぬぬ、嘘を隠すために嘘をついて……を続けると、どんどん深みに落ちてくわね。
「それは一体どこで見られたのです? もしや商売敵が、うちの技術を盗んだのでは……」
「あははは。い、いやー、それは企業秘密という事で〜」
「むぅ、なるほど…………ふふ。やはり面白いですね、アカネさん。その歳で六行を使いこなすだけはあって中々珍しい経験をお持ちのようだ」
更井さんは1つ咳払いをして、熱くなった態度を落ち着かせた。
「いや、失敬。思わず興奮してしまいました。富嶽杯に参加される以上は、どのような素性であれ我が商会の大事なお客様。余計な詮索はよすとしましょう」
慇懃無礼な態度に戻った更井さんは、深々とお辞儀をしてみせる。
「いいんですか? わたしは小懸騎士ではなく、ただのコケシを六行で操っているだけなのに……」
いや、いっそ失格にしてくれた方が嬉しいんだけどなあ。
「ええ問題ありません。いやむしろ都合がいい。何故なら我々の最終目的は、彼ら小懸主たちを六行の力に覚醒させる事なのですから」
「えっ!?」
「先程申し上げた通り、小決闘は子供たちが六行に触れるために考案された遊びですが、それも突き詰めれば六行習得の段階の一つに過ぎない。普段から身近に六行の力に触れていた者とそうでない者では六行への覚醒率に大きな差が出るという研究結果がありますが、特に六行の攻撃を直接受けた者……多くの場合は深刻な戦傷を負った者たちですが、彼らは一般的な修行で六行の技を習得するよりニ十倍以上習得率が高いのです。だからまずはとにかく子供たちに六行の力に触れる機会を作る事が肝要で、その役目を担っているのが小懸騎士なのです」
それは、確かにそうかも……
サシコちゃんが覚醒するキッカケも御庭番衆に攻撃を受けた事だったし。
「むろん、小決闘はあくまで子供の遊びですから、様々な配慮をしております。直接危害を加えることは禁止していますし、そもそも小懸騎士は相手に危害を加える命令は聞かないよう制御されています。それでも、六行への耐性が低い者……つまり覚醒の見込みの薄い者には大きな害を与える可能性も全く無いとは言い切れません。ですから、我々独自の基準で判別した六行の資質を持った者にだけ小懸騎士を配布しているのです」
ああ、なるほど。それで乙ニくんと丙一くんは小懸騎士をもらえなかったのか。試合のルールや運営は随分とずさんだったけど、そうゆうトコはちゃんと考えているのね。
「そして、この小決闘、自ずと六行の資質が高いものが勝ち上がる。意識的であれ無意識であれ、遊びを通して彼らは少しずつ六行に覚醒していき、覚醒度の高い者ほど小懸騎士を操る動きが洗練されてくるのです。彼らはお互いに切磋琢磨し、社会に役立つ六行の技を自然と身に着けていく!これが我々の理想なのです!」
「つまり富嶽杯はコケシバトルの皮をかぶった六行の修行の場、という訳ですね」
「ご明察! 貴方を既に六行に覚醒した者と知りながら、あえて富嶽杯への参加を決定したのは小懸主の子供たちを六行の高みに導くため!」
「じゃあ、わたしは彼らの練習相手になればいいのかしら?」
「そう考えてもらって構わないです。しかし、子供をあやすように簡単に勝てるとは思わないで頂きましょう。貴方同様、既に六行に目覚めた者も富嶽杯には何人か参加しますからね」
うーん、なるほどなるほど。富嶽杯にはそういう狙いがあるのね。
色々考えてるんだな、みんな。
正直、理想はすごく立派だと思うけど、子供たちのレッスンをボランティアするほど余裕がある訳じゃないし、乗り気がしないのは変わらない。せめて何かメリットがあるような事があれば、やる気もでるし、ガンダブロウさんたちに言い訳もできるんだけど……
「さて、我が板岱屋の理念は分かって頂けたかと思いますが……最後に大会優勝者に送られる褒賞について話しておきましょう」
ぎくっ!
わたしが、ダルそうにしているのが態度に出たのかしら?
「まず大会に優勝すれば、賞金もでます。その額、百万鍍鎦!!」
ひゃ、ひゃくまん!?
ええと、確か1鍍鎦が日本円で100円くらい(神様にトークアプリで聞いた)って話だからァ……
い、1億円!?
どひゃあ〜!
そんなお金があったら旅の資金の問題はいっきに解決!それどころか、毎日高級宿で暮らしてもなかなか使い切れないわね!ちまちま大道芸する必要もまったくなし!
ぐう〜! これは魅力的な条件ね!
で、でも、いくらコケシの遊びとはいえ、異界人のわたしが地異徒の術で大会に勝っちゃうのは流石に気が引けるわ……いかに相手を傷つけないとしても、そんな大金かかる場面でインチキみたいな事しちゃうのは人として……ねぇ?
「それに副賞もございます。詳しくはこちらの参加要項をご確認ください」
副賞??
1億円以外にもまだあるの??
ええと、なになに…………富嶽杯の優勝者には賞金として金百万鍍鎦と、副賞として…………ええっ!?
「こ、これって……!?」
わたしはそこに書かれていた文章に驚愕した。




