第6話 お兄ちゃんが呼んでる!
前回のあらすじ:マシタ・アカネの登場で自身の生き方に疑問を抱き始めるガンダブロウ……
一方その頃、極北司令府からの伝令を待っていたサシコの前に一人の使者が訪れる。男は"御庭番十六忍衆"の阿羅船 牛鬼と名乗った。
※今回はアカネ一人称のお話です。割と重要回かも。
兄が行方不明になったのは5年前の事だった。
その日、私が小学校から帰ると父と母が大騒ぎしていたのをよく覚えている。
兄は朝いつものように学校に出かけていった。しかし、家を出てから学校には向かわなかったらしく、無断欠席していると学校から連絡があった事で兄の行方不明が発覚した。
兄はその頃学校での人間関係が上手くいっていなかったようで、当初は衝動的な家出だと思われていた。お金もそんなに持っていないはずだし、すぐに戻ってくるだろうと皆タカを括っていた。しかし、2日・3日と経過していくうちに、これがどうやらそうじゃないらしいという風に皆も気付き始めた。
事件や事故に巻き込まれた可能性も考慮して、警察の人が頑張って探してくれたのだけど、手掛かりすら掴めないまま結局捜索は打ち切りとなってしまった。
当時私は12歳。優しくもカッコよくも賢くもない兄を、私は微塵も好いてはいなかったが、居なくなればなったでそれなりには悲しかった。普段は兄に冷たかった父と母も、やはりその時は悲しんでいるようだった。
しかし、人間というのはすぐに環境に順応する生き物だ。と、どこかの誰かが言っていたように、兄を失った悲しみは驚くほど早く癒え、あたり前の日常に戻るのにはそこまで時間はかからなかった。私たちの兄への興味は次第に薄れていき、1年もすればアレ?そういえば兄貴なんていたんだっけ?と思えるようにすらなっていた。
兄が行方を眩ませてから2年とちょっと。私は奇妙な事を発見し、ふいに兄への関心が向いた。
私は地元から少し離れた中学に電車通学していた。中学に進学した時には携帯を持たされており、両親や友達との連絡にはもっぱら無料のメッセージアプリを使っていた。
ある時、私は地元から離れて普段会う事の少なくなってしまった小学校の友達に連絡を取りたくなり(おそらく彼女たちも中学に上がって携帯を持っているに違いないと思った)、アプリ内の友達検索機能を使っていた。
その時、ふと思い立って兄の名前を検索してみると検索結果欄には兄の名前が出て来た。
兄も昔、このアプリを使っていたんだなと思い「お元気ですか」と戯れにメッセージを送ってみた。
すると、しばらくして携帯のメッセージに既読マークがついた。
──心臓の鼓動が跳ね上がった。
えっ、兄が私のメッセージを見ている??それとも、私がメッセージを送った先は同姓同名の別人のアカウントだったのだろうか??
しかし、アプリのアイコンが兄がこよなく愛していたアニメのキャラクターだったし、誕生日などの公開パーソナルデータも兄のものと一致している。
兄は今も生きてメッセージを見ている?もしくは他の誰かが、兄のアカウントを使っているのだろうか?
その疑問についてはすぐに父と母にも相談してみたが、「何かの偶然だろう」とか、「もう忘れた事なのだから今更掘り返さないでくれ」とかで真剣に取りあってはもらえなかった。
確かにメッセージに既読はついたものの返信までは来なかったし、その後何度か送ったメッセージには一度も既読が付かなかった。最初の既読マークはアプリのバグという可能性だって考えられる。
しかし、私はこの事がずっと心にひっかかり、授業や部活の合間にいなくなった兄の行方について調べるようになった。
最初はほんの軽い気持ちだったが、凝り性な私はしだいに調査が本格化していき、兄の学校に通っていたクラスメイトに連絡して話を聞いてみたり、警察の相談窓口に行ったりするようにもなっていった。
聞き込みでは真新しい情報はほとんど掴めなかったが、兄の元クラスメイトで今は大学生の新庄さんという人と親しくなった。
彼は私にずいぶん親身になってくれた。最初の頃は下心があるのでは?と疑ったりもしたが、どうやらそれは私の自意識過剰であると分かった。
新庄さんは当時兄の事をいじめてしまっていたとの事で、彼はそれが原因で兄がいなくなったのだと思っていた。その負い目からか彼もまた兄の行方不明の事を気にかけてており、わざわざバイトで貯めたお金を使ってまで私の調査に協力してくれた。
「俺が全部悪いんだよ……」
と彼は言っているが、他のクラスメイトの話を聞くとむしろ逆で、新庄さんはクラスで孤立していた兄に積極的に話しかけ仲良くしようとしていたらしかった。ただ、兄の失踪する何日か前に兄と口論をしてしまい、その時に兄を深く傷つけてしまったのだと彼は主張した。
どうやらクラスでも人気があって女子にもモテる新庄さんから哀れみを受けていると思った兄が、彼を偽善者だと罵倒したのがきっかけだったらしい。それにカッとなった新庄さんが「俺もお前のようなキモいやつ、友達と思ってねーから!」とつい言ってしまったのだとか。
「俺があんな事を言わなければ彼も失踪せずに済んだのに……」
……うーん、本当にそうなのか?
事実がどうかは分からない。だが、新庄さんはとてもイイ人であるという事は間違いないようで、彼のような人間をこんな意味があるかどうかも分からない事に巻き込むのは、私の方にこそ負い目を感じた。
そう。こんな探偵ごっこをしていても兄が見つかる保証は全くないのだ。だいたい、私は兄の事が特段好きだった訳でもない。それなのに、いなくなってしまった兄の捜索なんかに貴重な青春時代を消費してしまってもいいのだろうか?もっと勉強や部活に打ち込んだり、恋人を作るなりした方が有意義なのではないか?
そういう思いも私の中には常にあった。実際、そんな事をするのはやめろと両親にも度々言われていた。しかし、私は兄について好奇心が湧くのを止められず、高校に進学しても兄を探す事は辞めなかった。
光明が見えたのは携帯の通話履歴を調べてみた時であった。
兄の携帯のサービスはとっくに解約しているし、メッセージアプリはPCでも使える。だから、携帯会社に通話履歴を問い合わせたのも、何もしないよりはマシかというくらいの感覚だった。
しかし、驚くことに、サービス解約以降も兄の携帯端末からネット閲覧履歴があるのだという。
検索履歴は直近の日にちまで続いていた。閲覧しているページは料理のサイト、アニメの違法視聴サイト、エロいサイト、中世歩兵の戦術をまとめたサイト、エロいサイト、巨大匿名掲示板、エロいサイト、ドン引きする程エロいサイトなど多岐に渡った。
誰かが兄の携帯を何らかの方法で使用しているのは間違いない。
それは兄なのか、それとも別の誰かなのか……だが、不思議な事に端末の利用は確認できるものの電波の発信元は特定できないとの事だった。
この発見についてはもの凄く私の好奇心を燃え上がらせた。
やっぱり兄の失踪には何か大きな秘密が隠されている……私はそう確信していた。
しかし、結局その後、調査が進展する事はなく更に1年が経過した。
私が兄が失踪した時と同じ17歳になった頃だ。私は何をとち狂ってしまったのか、とてつもなくバカげた仮説を思いつく。バカげていて、それでいてコペルニクス的転回と言えるような……イヤイヤ、やっぱり単なるバカでしかないような発想。そう、つまり兄が異世界に行ってしまったんじゃないか……という仮説だ。
きっかけは隣のクラスの中原さんという女子がアヤシイ出会い系サイトでお小遣いを稼いでいるという、下世話でありふれた噂を聞いたことだった。この頃になると私は何か面白そうな話を聞くと、兄の失踪事件のヒントにならないかすぐに考えるようなクセがついていた。
今回の話で言えば、実は兄は失踪する直前に出会い系サイトにハマっていた事が携帯の閲覧履歴から分かっていたので、すぐにその事に発想が及んだ。
最初の頃は兄は出会い系サイトで騙されて、ヤクザ屋さんとかアヤシイ国の工作員とかに連れ去られてしまったのかとも考えた。しかし、今ではその可能性は極めて低いという結論に至っている。何故かというと、失踪する数日前、兄は長いこと熱を上げて連絡のやり取りをしていた女性が実は男性、つまりネカマだった事を知ってしまい、出会い系サイトをやめてしまった様であったからだ。その時のやりとりのログを見るに、兄の落胆ぶりは凄まじいもので、それ以降は出会い系サイトにログインした履歴も無かった。
だが、中原さんの話で出会い系サイトの件を思い出した私は、まだ何かあるかもしれないと思い、もう一度そのセンを洗い直してみることにした。
画面コピーしてファイリングしていた兄のネット閲覧履歴(ここまでやっているなんて我ながら病的だ、とつくづく思う)をもう一度確認する。兄の失踪直前は出会い系サイトのログインはやはり行っていないようであった。代わりにアクセスしているのはネットで流行の話題を配信するまとめサイト……
まとめサイトに載っている情報は本当に他愛のない事ばかりで、あまり手掛かりになりそうなものは無かった。例えば、炎上した芸人をお題にしたギャグとか、面白い動きをする猫のgif画像とか、異世界に行く方法がどうだとか……
異世界……そういえばクラスのオタクな男子が話していたのを聞いたことがある。どうやら今冴えない主人公が異世界に転生して活躍するアニメが流行っているらしく、このテの話題を耳にすることは何度かあった。中には友達の友達が異世界に行く方法を試して実際に異世界に行ったとかいう荒唐無稽な話まであり、男子の妄想には本当に呆れるばかりだった。
そういえば兄のネット閲覧履歴を見るに、失踪した朝にも異世界に行く方法についてのサイトを見ていた様で、どうやら兄もこの手の妄想をする手合いだったらしいという事が分かる。
ハハ、兄はよっぽど現実から逃避したかったんだなァ。
……
え? いや、だからってアリエナイないでしょ……それは、流石に。
…………
いやいや、ないない。それこそ、アニメじゃあるまいし。
………………
今時そんな事言ったら小学生でもバカにされるって……
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でも、もし本当にそうだったら────
私は異世界に行く方法とやらが載っていたサイトにアクセスしてみた。
そして、そこに載っている方法を見て驚愕した。
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【今スグ行ける!気軽でカンタンな異世界の行き方】
1.10階が最上階のエレベーターに一人で乗る。
2.エレベーターに乗ったまま、4階→2階→6階→2階→10階と移動する。
3.10階についたら、降りずに5階を押す。
4.5階に着いたら若い女と若い男が乗ってくる。
5.そこで1階を押すと、エレベーターは1階に降りず、10階に上がっていく。
(上がっている途中、違う階を押すと失敗。ただしやめるなら最後のチャンス)
6.エレベーターはそのまま10階を越して異世界に突入する。
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……えっ?それだけ?
そんなんで行けちゃうの?異世界。
フィクションにしても、もう少し脚色するだろう……
半信半疑どころではない。一信九疑もないくらい信憑性皆無のハナシである。
こんなバカげたジョーク記事にマジになっちゃうヤツなんている訳無いじゃない。
いたとしたら、そいつは本物のバカだ。
しかし……
そもそも、私が兄を探している事からしてバカげている事なのだ。
ならば、バカげたことを試すのに今更何のためらいがあるだろうか?
そう思い、私はこの異世界に行く方法とやらをやってみる事にした。
もちろん成功するなんて思ってはいないけど、やる前には念のため準備をしておこう。
リュックに着替えとか食料とかお泊りセットとかを入れて……あと一応動きやすい格好の方がいいよね?登山用のウェアでいいだろうか?
そうそう、家族へは書置きをしておこう。
成功してたら異世界に行ってます、たぶん携帯は繋がります、兄を見つけたら帰ってきます、と。
まあ、あくまで念の為の準備だから、役には立たないと思うけどね……
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…………ガンダブロウさんは本当に親切な人だったな。
元いた世界でも若い娘が一人で旅先で行き倒れていたら、何をされるか分かったものではないというのに、私は乱暴も追い剥ぎもされなかった。そればかりか、私を安全な場所まで運んでくれてベッドで寝かせてくれていた。おかげで、ホテルに泊まったようにバッチリ疲れを癒すことが出来た。
しかも、いきなり異世界から来たという変な女の話も信じてくれて、色々アドバイスまでしてくれたのだから感謝に堪えない。
もしかして、これが旅は道連れ世は情けってやつなのだろうか?
それともこの世界の住人達は私の居た世界と違って優しい人ばかりなのだろうか?
いずれにしても好意を受けっぱなしなのはよくない。ただでさえ、バカな兄貴が評判を下げているのだし、異世界から来た人間はみな悪い人間だと思われるのもシャクだ。
兄貴を見つけたら、お礼をしに戻って来よう。
というか、神様にもらった力で滅茶苦茶やった兄にちゃんと謝らせよう。
その為には、まず地図を受け取ってウラヴァという所の場所を把握しなきゃな…………ええと、あのボロい建物が見張り棟かな?
私はガンダブロウさんに言われた見張り棟を見つけて近づこうとした時──
二棟ある小屋の片方から勢いよく女の子が飛び出してきた。