第74話 コケットー!(中編)
前回のあらすじ:今巷の子供たちに流行りの遊び、小決闘!六行の力を使うというその遊びを一行は見学する事となり……
鈴虫の鳴き声がかすかに響く深閑のあぜ道。近くの村の少年たち──丙一と乙二に連れられ、提灯のかすかな灯りをたよりに俺たちは夜道を進む。
「た、太刀守どの……やっぱり帰りませんか?」
サシコは心配そうに言う。
「どうした?」
「いや、その…………なんかまた変な事に巻き込まれてるんじゃないかという気もしてきまして……」
サシコは肩を縮こませ、俺のそばに寄る。妖でも出そうな闇夜を、二人の童の案内で若い男女がさ迷い歩く……いかにも、怪談にありそうな場面だが……ふふふ。サシコめ、六行の力を得てなお普通の娘のように闇夜を怖がるとは、案外可愛いところもあるではないか。
「いやあ、怖くなってきたねー! 小学校のとき、肝試ししたのを思い出すなあ!」
それに比べて、アカネ殿は心底楽しそうである。
「夏休みに田舎のおばあちゃんちに行った時、従兄弟の子や地元の子たちと夜こっそり廃屋に入ったりしてねえ。そん時、兄貴が突然いなくなって……みんな、お化けに連れてかれたー、て大騒ぎになったなあ。本当は怖くなって一人で帰っちゃっただけだったんですけどね」
アカネ殿は幼き日のキリサキ・カイトとの思い出を上機嫌に話す。
肝試しか。そういえば、俺も道場時代にそんな遊びをした事があるな。あの時はマキのいたずらで、ひどい目にあったものだが。
「いやあ、あの時は、まさか本当に兄貴がいなくなるなんて思いもしなかったなあ……と!」
先導する少年たちの足が止まる。
「ここです」
そこは神社の参道──小高い丘の上のお社に続く石段は両脇に並ぶぼんぼりの妖しい光に照らされていた。夏祭りのような風情だが、屋台や出店の類いはなく、どこかおどろおどろしい雰囲気が感じられた。このような場所で子供たちの遊び……小決闘とやらが行われているというのか。
「おおー! キレイ! これはシャッターチャンス!」
例によってアカネ殿はその様子をパシャパシャと撮影していた。しかし、ぼんぼりの灯りに近づいた時にはその動きが止まる。
「うわっ……これ、よく見ると……」
「……ひぃっ!」
サシコも声を上げて驚く。ぼんぼりには薄気味悪いコケシの顔の模様が描かれていたのである。
「……あまり趣味がいいとは言えんな」
異様な雰囲気に飲まれながらも、参道の石階段を登り始めると丙一少年が「あ、そうだ」と足を止めてこちらに振り返る。
「お兄さんたち、これ着けてください」
丙一少年より手渡されたのは──狐や猫などの動物を模したお面であった。
「小決闘を観戦する時はこのお面をつける決まりなんです」
むぅ、これまた不気味な……儀式じみているというか、なんというか。まあ、不良少年の危険な遊びだ。告げ口や憲兵の摘発を恐れて顔を隠すというのは理解できなくもないが……
「へえ~、そういうとこも凝ってるんだねぇ。秘密倶楽部感あって、テンションあがんね~」
「でしょう?」
アカネ殿は物怖じした様子もなく、お面をつける。確かにこれをつけた者同士、奇妙な連帯を生むという効果もあるのかもだが。
「や、やっぱ帰りましょうよ~。なんか変ですよ、これ~」
サシコはやはり怯えた様子。だが、俺もここまで来たら気になる。彼らの遊び──小決闘とはいかなるものなのか。
階段を上りきると、真っ白な砂利敷きの敷地にお面をした無数の子供たちが集まっていた。彼らはほとんど声を発することなくなく、中央のかがり火に囲われた長方形の檜舞台を見つめていた。ふむ、あそこが闘場という訳か。想像以上に大掛かりではないか。ここまでの準備を子供たちだけでしたとは考えにくいな。大人たちがこの遊びに協力しているのは疑いない、か……
「さあ、もうすぐ始まりますよ。舞台の上に注目しててください」
乙二少年が小声ながら興奮を隠しきれない様子でそう告げる。俺も彼らの熱気にほだされたのか、鼓動が自然と高鳴る。
数十秒後、舞台の上に一人の男が登壇した。男は相撲の行司のような出で立ちであるが、やはり顔はお面で隠されていた。彼は舞台の中央に立つとよく通る声で、見物客たちに告げた。
「え~!! お待たせしました!! お集まりの皆さん!! 今宵も血沸き肉踊る、聖なる決闘……小決闘の時間がやって参りましたァ!! 小さな騎士たちの偉大な戦い!! 誇りを懸けた戦士たちの熱いぶつかりあいを、今日も存分に楽しんでいってください!!」
「「「「うおおおーー!!!!」」」」
異常な熱気が一挙に噴出する。
「おっ!?」
「ひいっ!」
サシコとアカネ殿も突然沸き立つ観客たちに、驚きを隠せないでいた。
「さあ、今宵の戦いは皆さんもご存知の通り、【富嶽杯】の本選出場をかけた最終選考でございます! 栄光の舞台に立つに相応しいのはどちらの小懸主かぁ! あ、申し遅れましたが、行司役及び解説を務めますのは私、板岱屋小決闘運営委員会公式審判員の更井!でございます!」
なるほど……やはりな。
ある程度予想は出来たがこの小決闘とやらを仕切っているのは玩具の販売元たる板岱屋。彼らが自社の玩具を流行らせるためにこのような場まで用意したという訳か。随分と金と手間とをかけた仕掛けをしたものだ。
しかし、これだけなら奇抜ながらも通常の販売促進の範疇と言えるだろう。問題はその遊びの内容が子供の遊びの範疇に収まるのかどうか、という点だが……
「さあ、いよいよ選手入場の時間です! まずは東の方角! オヤマ村代表ォ、栃ノ木甲三!!」
「頼むぞ、甲三~!」
甲三と呼ばれた少年(彼はお面をしてない)が壇上に上がると、丙一たちは彼に声援を送る。
「おう、任せとけ!」
「対するはァ、西の方角! サノ村の葛生電乃助!!」
舞台の反対方向には別の少年が、現れる。村の普通の少年という感じの甲三くんに対し、対戦相手の電乃助は背丈も恰幅も一回り大きい。
「うぇへへへっ! ぶちのめしてやる~ぜ!」
彼らは手にそれぞれコケシを持っていた。あれが件の、小懸騎士というやつだろう。では、今からあれを媒介に六行を発動させて戦うというのか……やはりにわかには信じられん。彼らの体からは今のところ呪力の気配は感じられないし……
「さあ、それでは両者とも位置について! 準備はいいね?」
「ああ!」
「おうよ!」
真実かペテンか。
小決闘とやら、見定めさせてもらおうか。
「応頼! それでは始めようか! 小決闘発気揚~…………轟!!!!」




