第73話 コケットー!(前編)
前回のあらすじ:旅路の途中、一行の馬車に思わぬ来客があり……
「あった!!!!」
馬車の荷台より歓呼の声があがった。
「本当か!?」
「ああ! 間違いないよ!」
むぅ? あった…………だと?
彼らは俺たちの馬車を板岱屋の商隊のものと見定めて侵入してきた。であれば、目的は板岱屋が取り扱っている玩具と思われるが、俺たちの荷物には玩具の類いなどは無い。
金銭も荷台には置いてないし、はて、一体何を見つけて喜んでいるのか?
不思議に思い荷台の中を覗き込んで見てみると……
「甲三たちが持っていたのと同じ……小懸騎士だっ!」
彼らが手にしていたのは…………コケシ。
以前、ヒロシンキの町で大富豪の黒石金左衛門氏から旅の魔除けにと、物資と共に貰い受けた代物だ。これといって使い道もないし、かといって捨てるのも忍びないので荷物の奥にしまいこんでいたのだが……あんなものが彼らにとって値打ちがあるというのか?
あっ!もしや、俺らが知らないだけで実は美術的な価値が高いとか……?
「こらあ!! 何をしてるの!!」
「うわっ!?」
サシコが荷台の入り口の前に立ち、泥棒少年たちに怒声を浴びせた。
「な、何だよお前? 板岱屋の手先か?」
「この馬車の持ち主よ! 盗み出したものを返してもらおうかしら!」
さては、サシコもあのコケシには値打ちがあるかもしれないと考えたな。コケシを取り戻すべく、少年たちに迫る。が、少年たちも一度手にした戦利品を簡単に手放そうとはしない。
「へへっ……そうはいかないよ!」
「ああ、こいつさえ手に入ればこっちのモンさ!」
少年はニヤリと笑うと、手にしたコケシをまるで武器を振りかざすかの様にこちらへ向けた。
「やっちまえ!!」
「おう、行くぜ!! 小決闘発気揚……轟!!」
少年は掛け声と共にコケシを放り投げた!
………
…………が、何も起こらない。
投げられたコケシは緩い弧を描き、ちょうどサシコの手にパシッと収まった。
「ふへ!?」
「あれ!?」
…………んんっ!?
何?? どういうこと??
「バカな!?甲三たちのしていた通りにやったのに……何で!?」
少年たちも動揺している様子であるが、こちらも彼らの動揺の理由が分からず困惑する。どうやら何かと黒石氏のコケシを取り間違えている様だが……
と、お互いに状況が読めぬまま、暮れなずむ夕日を背に立ち尽くしていると、背後から事情を知らぬアカネ殿が近付いてくる気配を感じた。
「二人ともー! 夕飯のカレーができましたよー…………て、あれ?その子たち、どなた?」
……うむ、このワケの分からぬ状況で一つ確かな事がある。
それは今が夕飯時で、俺の腹は減っているという事だ。
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「小決闘?」
街道から少し離れた芝地。盗みに入った少年たちを叱るために彼らから話を聞いていると意外な情報を耳にした。
「もぐもぐ……そう。板岱屋製の特別なコケシ・小懸騎士を使って戦う最高にメチャマクった遊びさ」
少年たちはアカネ殿の作ったカレーをちゃっかり食べながら、盗みの目的についてそう説明した。
「それでコケシの玩具欲しさに盗み、ねぇ。そんなに高価なの?その小懸騎士ってのは」
「いや高いだけならまだいいんだけど、そもそも小懸騎士は普通の子には売ってくれないんだよ。あいつら……板岱屋が選んだ子供にだけ特別に渡してるのさ。だから、俺らみたいにあいつらに選ばれなかった子供が手に入れるには盗みに入るしかなかったんだ」
「はー、なるほどねぇ。男の子たちはそういうの好きだもんね。兄貴も子供の時持っていたな、そういうオモチャ」
アカネ殿が納得したようにうなずく。ふむ、異界にもそういうものがあるのだな。だが、俺はそのような玩具にはまったく馴染みがない……俺は彼らくらいの頃には既に道場で修行漬けだったし、思春期に玩具に触れる機会など全くなかったのだ。
なので巷の少年たちの流行りなどには昔も疎かったし、まして今の少年たちの流行りなど知りようもない。しかし、だからといって低年齢男子的感性からまったく無縁かといえばそうでもない。カッコいいと感じたものにはそれなりに心ときめくが、俺にはコケシの造形が少年たちにとってそれほど魅力的に感じるとも思えなかった。
「そんなにイイもんかね、ソレ?」
「あ! 兄ちゃん、小決闘の凄さ分かってないな!」
「小懸騎士はそんじょそこらの玩具とは違うんだよ!」
「なんたって小懸騎士はなぁ……ろくぎょうの力を使えるんだよ!」
ほー、そうか、そうか。なるほどな。コケシに六行がな。それは彼らも夢中になる訳だ…………て、ろ、六行!?
「バカな!? 子供向けの玩具に六行だと!?」
「し、信じられない…………第一、六行を使うには適正に応じた修行が必要不可欠! 子供たちがそんなホイホイ使える訳なんてないはずです」
サシコも彼らの言葉には心底驚いていた。もっとも、俺からすればサシコが1か月足らずで六行を使いこなせるようになった事も同じくらい驚きだったのだが……しかし、彼らはサシコよりも更に若く、また呪力の気配もまったく感じられない。仮に彼らの仲間が修行の末に六行の技を会得し、コケシを触媒にして術を発動させるのを目撃したとして、それが遊びとして流行するほど伝播してるとはとても思えなかった。
「何言ってんの? 小決闘に修行なんていらないよ!」
「まあ、技を出すのに少しコツはいるんだけどね。小懸騎士で出す技はコケワザって言うんだけど、それがまた凄いんだよ」
「そうそう! 魔法みたいに炎や雷を実際に放つんだよ! それで相手の小懸騎士を、破壊するか動けなくしたら勝ち! 一流の小懸主同士のコケワザのぶつかり合いはマジでモリアツ、バリバリセンシュウラクなのさ」
「ああ、キワってんよな!」
「な! キワってバッチンな!」
……所々、聞きなれない若者言葉に戸惑うが、どうやら嘘をついているという訳ではなさそうだ。となると、本当に巷の子供たちの間では六行の技で戦う遊びが流行っているのか?
危険極まりない事はもちろん、そのような事が行われるのを憲兵隊や政府が見過ごしているとも思えんが……
「そうだ、今夜隣村の連中とうちの村の代表が小決闘するんだ! お兄さんたちも見に来てごらんよ!」
「そうそう! それ見りゃ、小決闘がどれだけイカしてるか分かるよ!」
む、確かに百聞は一見にしかずとも言うな。それなら彼らの言う事がいかなる事なのか、この目で確かめてみるのが疑問解決への近道だな。
「ど、どうします? 太刀守殿……あたしも少し気になりますが」
「観に行ってみましょうよ! なんだか面白そうだし!」
うむ、アカネ殿とサシコも興味があるようだな。それなら……
「よし。では、せっかくだし行ってみようか」
「そうこなくちゃな!」




