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兄を訪ねて三千世界! ~草刈り剣士と三種の神器~   作者: 甘土井寿
第2章 北方の旅路編 (ツガルンゲン~アイズサンドリア~キヌガー〜ウィツェロピア)
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第70話 背きし者たち!(後編)

前回のあらすじ:反サイタマ革命戦線の者たちに連れられ一行は彼らの本拠へと向かう。



「着きました。ここです」



 若者たちに連れられる事30分。たどり着いたのは町外れの寂れた食堂のような建物であった。


 一見すると反政府組織の本拠には見えないが、そこにこそ隠れ家たる意味があるのだろう。しかし、外観の擬態された静けさとは裏腹に、中に入ると革命戦線の名に恥じぬ熱狂をもって組織の構成員たちに出迎えられた。



「ようこそ! 反サイタマ革命戦線の本拠へ!」

「仲間を助けてくれてありがとう! 我らの英雄よ!」

「クソ帝に一発かましてくれたって?」

「お嬢ちゃんが御庭番のデク人形をぶっ倒したんだって? 可愛い顔してやるねえ!」



 特に実際に憲兵たちと対峙したサシコとヒデヨちゃんは、深い賛辞と喝采が送られた。



「いや、私は当然の事をしたまでで……」

「あはは。いやぁ、何だか照れますね……」



「うーむ」



 彼らの熱気は異常なものがあった。俺自身、キリサキ・カイトには直接的に屈辱を受けた過去もあるし、その治世を快くも思ってはいなかったが、ここまでの叛意と熱気に触れると呆気にとられてしまう。



 長らく弾圧されてきた中で、帝の手先に一矢報いられたのであるからして、興奮するのも理解はできるが……



「兄貴嫌われてんねー。まあ当然っちゃ当然かぁ」



 アカネ殿はどこか他人事のように実兄の評判を聞いていた。この人にとっては、兄に家族の情はもうないのだろうか?と、ふと、考えたが、その疑問はあえて口には出さなかった。



「御一同、まずはこちらに来て頂けますかな? うちの長が一度あなた方に挨拶をしたいそうでして」



 先導役の若者が、一度奥に下がって戻ってくると俺たちにそう告げた。


 求められれば、こちらとしても拒む理由はない。促されるまま隠れ家の中を進むと、最奥に一段高い座敷となっている場所があった。そして、そこには恰幅のいいひげ面の中年男がどかっと鎮座している。男は浅黒い肌と毛皮の装束が相まって木彫りの熊を連想させた。



「よく来て下さったな…………村雨太刀守殿」



 熊男は俺の名前を口にした。



「おお、流石太刀守殿! 有名人です!」



 サシコはそう感嘆したが、俺はあくまでいち剣士であって王族や舞台役者ではない。戦果はともかく顔が広く知れているという訳ではないのだ。それ故、紅鶴御殿では妄想で描かれた衆道本などが出回っていた訳だが……


 ……んん? しかし、この男、どこかで会った事があったかな?



「俺を知ってるんですか?」



「ええ、実は一度戦場で顔を拝見させてもらった事があります。私は以前トッチキムの兵団長をしていましてね」



 ああ、なるほど。戦場での縁か。確かにエドンの同盟国だったトッチキムの兵なら俺の顔を知っていても不思議じゃないな。



「それに、そっちは紅鶴御殿の司教、吉備牧薪(キビノマキマキ)様ですな?」



「あら、よくご存知ね」



「ふふふ。実は先日、キヌガーの支部から報告が届いていましてね。何でもあなた方御一行がキリサキ・カイトと敵対し、その手下を倒しながら旅をしている、とか…………ああ、申し遅れました。私は壇戸(ダント)譲八郎(ジョウハチロウ)。反統一派組織、反サイタマ革命戦線の司令をしております」



 壇戸(ダント)さんは豪放な見た目にそぐわぬ、柔らかい物腰の男だった。しかし、ひげ面の顔に刻まれた複数の傷と眼が歴戦の武勇と組織の長としての強かさを暗に感じさせた。



「キヌガーでは与市くんも妖退治に一役買ったとか」



「彼を知ってるんですか?」



「ええ、ええ。何と言っても彼の父、藤太(トウタ)とは戦友の間柄でしたからね。彼が成長して一人前の弓使いになったと聞いて我が子のように嬉しく思ったのですよ」



「そうでしたか……」



「キヌガーの温泉宿にも昔はよく泊まらさてもらいましたよ。今はこんな立場ですから中々会いにもいけませんが……」



 壇戸(ダント)さんは昔を懐かしむように目を細める。

 ……どうやら彼は悪い人間ではなさそうだな



「…………さて、皆さんは検問を抜けてこのウィツェロピアから出るのを希望されていると聞きましたが……」



「ええ。そうなんです。ご協力頂けると非常に助かるのですが」



「もちろん。喜んでご協力いたします。何といっても、あのキリサキ・カイトを倒しに都に向かわれる方たちですからね」



「……えっ?」



「いやあ、まさかあの太刀守殿と紅鶴御殿の司教様までもサイタマ共和国に反旗を翻しなさるとは! 我々としてもこんなに頼もしい事はありませんよ!」



 キリサキ・カイトを倒すために……か。なるほど、俺たちの旅は人にはそのように見えるのか。



「検問越えだけといわず、キリサキ・カイトとの戦いには是非我々も加勢させて頂きたい! いや、我々だけではない! 各地の反統一派に連絡を取り、この期に皆で一挙に都を攻めましょう!」



 壇戸(ダント)さんは興奮ぎみにまくしたてる。これはよからぬ期待を持たせてしまっているようだ。うーむ、これは誤解を解いておかないと。



「キリサキ・カイトを憎む者たちはジャポネシアにはごまんといます。我らの蜂起に彼らが呼応すれば、いかに異界人いえど1人では抗しきれぬはず。やつの手下のサイタマ軍は数だけの烏合の衆ですから、歴戦の兵たる我らには…」



「壇戸さん」



「……む?」



「壇戸さん……申し訳ないが、俺たちにはサイタマ共和国を相手に戦争をはじめる気はないんです」



「……え? 何ですと?」



 壇戸(ダント)さんがキョトンとした表情で聞き返す。




「それに……都を目指してはいるが、まだキリサキ・カイトと戦うと決めてる訳でもありませんし」



「んん? それはどういう事です? あなた方はキリサキ・カイトと敵対し、追っ手である御庭番とも戦って倒してきたのではないのですか?」



「ええ。それも事実です。刃を向けられればこちらも相応の反撃はします。しかし……できる事なら彼らとも戦いたくはない。何故なら俺たちの目的は帝の命でも国家の打倒でもなく……」



「兄を元の世界に連れ戻す事なんです!」



 説明の途中、アカネ殿が会話に割って入ってきた。



「……今、何と?」



「兄…………つまりキリサキ・カイトを元いた世界に連れ戻す。壇戸さん。わたし、マシタ・アカネはキリサキ・カイトの血の繋がった妹なんですよ」



 アカネ殿の突然の告白にどよめきがおこす。周囲の者たちは、めいめいに驚きと懐疑の言葉を口にするが、彼らの首魁たる壇戸さんだけは驚きつつも表面的な冷静さは失わないでいた。



「キリサキ・カイトの妹……では君も異界人という事?にわかには信じられんが……」



 半信半疑。まあ、口で言われても簡単には信じられまい。アカネ殿の強大な地異徒の術を見せれば彼も信じてくれるかもしれんが……



「彼女が異界人で帝の妹だという事は私が保証しますわ」



 マキが司教として彼らに証言する。

 一般的にヨロズ神を奉る聖殿の司教の言葉は、お奉行の言葉よりも重いとされていた。



「その証言。嘘、偽りはござらんな?」



「ええ。ヨロズ神の御名に誓って」



「ふむ。司教様がそう誓われるのなら信じるほかはないか……」



 まったく、都合がいいときだけ司教の名を使うな、こいつ。普段は堅苦しいとかで司教の義務を果たすのを嫌がってるくせに。しかし、今回はそれで余計な証明の手間を省けたのでよしとしよう。



「ええ。わたしは確かに異界人……兄同様、神様からもらった地異徒の術も使えます。でもわたしは兄とは違う。この力はジャポネシアの人を傷つけたり支配したりするのに絶対に使ったりはしません!」



 アカネ殿がよく通る声で彼らにそう宣誓する。



「この力はあくまで兄を連れ戻すためだけに使うつもりです」



「元の世界に連れ戻す……か。本当にそんな事ができるのですか?」



「ええ。今はまだ条件が揃っていませんが、近い将来必ず兄を連れ戻すと約束します。だから皆さんがこれ以上兄貴と戦って傷ついちゃダメです。絶対ダメなんです」




「アカネさん……」

「アカネちゃん」



 この世界の理を乱す事を人一倍嫌うアカネ殿である。兄キリサキ・カイトとのこの世界に対する姿勢の違いは今までの旅の中で充分に証明してきた。彼女のその姿勢は信念と呼んでも差し支えないものだし、その信念は良識ある者には強い共感を得るだろう事疑い無かった。きっと彼らもその事を知れば彼女の言葉に偽りがない事を理解してもらえるだろう。しかし……



「…………近い将来、ですか。その日が来るまで我々はやつらに弾圧された現状を享受せよとおっしゃるのですか? また、キリサキ・カイトに殺された仲間たちの無念を晴らす機会を放棄せよと?」



「……兄がしたこと、それは謝って許されるような事じゃないのは重々承知しています。兄は殺されても文句は言えない事をしました。でも、それによってまたこのジャポネシアの人たちが犠牲になったり、争い合う事はもうしてはならないのです。だから……」



 アカネ殿がそこまで話したところで壇戸(ダント)さんが彼女の話を遮った。



「アカネさん。貴女のお考えはよく分かりました。我々は貴女の目的を否定するつもりはありませんが、残念ながら、我々も今までのやり方を変えるつもりはありません」



 そう。彼の言う通り、この話は平行線。お互いの目的を変え得る結論には至らない。共感すべき同じ価値観を有した者同士であっても、立場が違えば結論も違う。アカネ殿は「それでも話せば分かる」という苦い表情をにじませたが、それ以上壇戸(ダント)さんに反論はしなかった。



「我々は虐げられた民の意思で動いています。彼らが望む限り、サイタマ共和国への反抗はやめないし、機会があれば武力闘争も辞さない。そして、仮に我々の行動があなた方の行動によって阻害されるような事があれば、その時は……」



 壇戸(ダント)さんはこちらをジッと睨む。その視線の意味するところは明らかであったが、緊迫した時間は数秒ほどて、彼の表情は元の柔和なものに戻った。



「……ふっ! まあ、その時の事はその時考えましょう! 弥助(ヤスケ)!」



「はい!」



 壇戸さんは近くにいた小姓風の青年を呼ぶと、



「この方々に検問を抜けるための手筈を整えてあげなさい」



 と、指示を与えた。



「いいんですか?」



「ん? そりゃあ、もちろん。元々ここに来てもらったのは仲間を助けてもらったお礼をするためです」



 壇戸さんは流石に一組織の長だけあり、度量の大きいところを見せた。



「目的が一致しない事と、受けた恩義は関係ないですからね」



 俺たちにとっては彼らの期待を裏切ってしまっただけにその厚意を受けるのはややバツが悪いところだが、供されたもてなしを断るのも礼を失する。


 うむ、ここは申し訳ないが、その心意気に甘えさせてもらうとしよう。



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