第5話 王城からの使者!
前回のあらすじ:異世界転生でやってきた帝の妹マシタ・アカネにこの世界について説明するガンダブロウ。兄の蛮行を聞かされたアカネは悲し気な表情を見せる……果たしてガンダブロウはその顔に何を思うのか?
※途中までは通常通りのガンダブロウ視点で、最後の段落だけ三人称視点です。分かりにくくてスミマセン。
「あっ、太刀守殿! 魔女の様子はどうですか?」
俺が詰め所の玄関を開けると、すぐ外にサシコの姿があった。サシコにはまだ先の出来事の動揺と緊張が残っているようで、表情はどことなく硬い。
「……まだ眠っている」
先ほどマシタ・アカネと話をした事はサシコには明かさなかった。
今、サシコに彼女とのやり取りを話せばまた気を動転させてしまうかもしれない。
「私が見張りを代わりましょうか?」
「いや、かなり深く寝入っているようだから、しばらく見張り不要だ。縄で縛ってもある事だしな」
そうサシコに釘を刺したのは、あの娘……マシタ・アカネが兄の話を聞いたときに見せた悲しげな表情を思い出したからだ。今はそっとして置いたほうがいいだろう。
「それよりサシコ、司令府から伝令はまだ来ないのか?」
「ええ、まだのようです」
実は、タタミ砂漠から戻ってきてすぐサシコには極北軍司令府からの伝令がないかを見張り棟で待機して確認してもらっていた。
というのも、俺たちがタタミ砂漠から帰還した時には残っていた兵士が全員司令府に逃げてしまっており、オウマの見張り棟はもぬけの殻になっていたのだ。後で聞いた話では、一番安全な司令府への伝令役を誰がやるかで揉め、結局は権利平等を期して全員で司令府に行く事になったというのであった。その為、俺かサシコ、見張り棟に残るどちらか一人が司令府からの伝令を待って受付けなければならなかった。呆れたものではあるが、かえって余計な混乱を招くことが無かったのは好都合だった。
「……では、引き続き司令府からの連絡を待つように。伝令が来たら俺が応対するので、知らせてくれ」
「? 太刀守殿……どちらに行かれるのですか?」
「決まっているだろう。定刻になったので、草刈にいく」
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オウマの見張り棟の西は広大な原野となっており、生え放題の雑草野草は視界を深緑に染める。
この原野の端から端まで草を刈り続けること。それが帝より与えられた義務。つまり、奉公人としての俺の使命であった。
俺は鎌を片手に、今日もこの何の役にも立たぬであろう営為に励んでいた。
……まったく、我ながら馬鹿げている。こんな時に草刈りだって?
どうせ誰も気にしちゃいないのに……律儀に誰かの目を気にして命令を守ってるのか俺は?
忠義人気取りで、幼児のように思考を放棄し……言われた事をちゃんとやってるから偉いでしょ?ってか?
くっくっく、なんと融通の利かぬ男か。これではここの兵たちの事も馬鹿にはできんな。
そう自嘲しながらも、手だけは勝手に動いて、草を刈り続けているのだから本当に度し難い……
…………司令府から使者はそのうちやって来るだろう。そうすれば一連の事態について説明せねばならない。見張り兵としては当然の義務である。しかし、その時アカネ殿についてどう説明するか?
彼女から聞いた話など信じてもらえる可能性は極めて低い。帝の親類を騙る不貞な女として投獄すると迫られれば従う以外に選択肢はない。
まあ、あれほどの陰陽術の使い手なのであるから、極北指令府の官吏などその気になれば、難なく突破出来るだろう
しかし、その後はどうなる?
彼女が本当に帝を連れ戻すのが目的ならば、そのまま都に向かうだろう。そして、帝が元の世界に戻る事を望んでいれば、二人で異世界に帰っていってしまうのであろうか?帝が望まなければ、アカネ殿は諦めて一人で帰るのか?いずれにしても、もうあの少女に会うことは無い。
そして、俺はそんな王宮や別世界の事情など関係なく、毎日景色を眺めて草を刈るだけの日々が変わらず続くだけ……
それでいいのか?
ここであの少女と俺が会ったのはそれだけの意味しかないのであろうか?
俺が今、やるべきことは本当は何なのであろうか……?
「あのー」
「? …………おわッ!!?」
ふいに背後から話しかけられて振り返る。
と、そこにはマシタ・アカネが立っていた。
「な……アカネ殿、何故ここに……!? というか縄は??」
「あ、いや右手が縛られているだけなんで左手で普通にほどきましたケド……普通、こういう時って両手を縛りません?」
「へっ? …………あっ! そうか!」
い、言われてみれば確かに……
そういえば兵士になって10年経つが、人を縛ったのは初めてだったな。
「しかし……縄を解いたのなら何故すぐに逃げぬ? 何故わざわざ俺のところにやって来るのだ?」
「ガンダブロウさんには色々とお世話になったので、一言お礼が言いたかったんです……本当にありがとうございました」
この娘も大概律儀というか馬鹿正直というか……。俺が再び捕えようとするとは思わないのだろうか?
「では、行くつもりなのだな。上様の……キリサキ・カイト陛下のいる首都ウラヴァへ……」
「ええ、そのつもりです」
「……そうか。では行くがいい。首都ウラヴァはここからずっと南だ…………娘一人の旅路はちとキツイであろうから詰所にある水や食料を持っていくといい」
ん……?俺は何を言っているんだ?
「ご心配頂きありがとうございます」
「このオウマから首都へ向かう道のりは険しく入り組んでいるところもある。出来れば道案内をつけたいところだが……おお、そうだ。ウラヴァにいる俺の知り合いに書状を出そう。きっと何かの役に立つだろう」
「いえいえ、そこまでして頂くなんて流石に悪いですよ!」
わざわざこんな事を言って……俺は何かを期待しているのか?
「この国の地図も必要だろう。確か見張り棟に地図が……」
「あ、地図なら大丈夫ですよ、ホラ」
そう言うとアカネ殿は一枚の鏡板を取り出した。鏡板にはかなり詳細な地図が映し出されているようであり、触れることによって地図の位置や形状が変化していた。
そ……それは、まさか……
「神器・八咫鏡か!」
八咫鏡は帝が異世界から持ち込んだ事で知られており、選ばれし者が触れることで神々の叡智が映し出されるという話であった。八咫鏡を持っている事はまさしく異界人の証。しかも、帝曰く八咫鏡を使いこなせるのは異界人でも限られた者だけという事であったから、それを使えるアカネ殿が帝の血筋という話も偽りないのであろう……
「神器って……まあ、確かにこの世界の人にはスマホってそう見えるかも…………って、ううん? あれ? 首都のウラヴァって検索しても出てこないなあ。現在地もサイタマ共和国じゃなくて、エイモリア王国になってるし」
「エイモリアはかつてこの地にあった国の名前だな。サイタマ共和国建国時に併合された国の一つだ」
「え!? それじゃ、この地図更新されてないんだ! え~、いい加減だなあ~。あとで神様に文句言っておこう」
「よく分からないが…………やはり、地図は必要か?」
「……スイマセン、頂けると助かります」
「そうか。では、見張り棟の西の小屋に行くと良い。入口に入ってすぐ箪笥がある。その二段目に地図が入っていたはずだ」
「何から何まで本当にありがとうございます! 今は何のお礼も出来ませんけど……兄を連れ帰る前に必ずお礼をしに来ます!」
アカネ殿はそう言うと、深々頭を下げて見張り棟の方に向かった。
「あー、……うむ………………達者でな」
俺は言いかけた言葉を飲み込み、彼女の背中を見送った。
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「誰かおらぬか~~?」
一方その頃、オウマの見張り棟には一人の使者が来訪していた。
「アッ、ハイ! ここに!」
大柄な体格に褐色の岩のような顔つき。猛牛の紋をあしらった赤茶色の装束。そして、葵のレリーフの腕章。通常兵の装束ではなかったが、訪れた男が極北司令府からの使者である事は疑いなかった。
「ん~? 娘、お前はここの兵か?」
男はサシコの姿をやけに訝しく、品定めするように確認する。
「左様にございます。私は見張り兵見習い宮元住蔵子と申します」
「ふむ……トシはいくつだ?」
「? 14ですが……」
「ほうほう、そうか……若い娘が感心だ! ソレガシは御庭番十六忍衆が1人、阿羅船牛鬼と申す!」
御庭番十六忍衆とは、王城を守護するために選りすぐられた異能戦闘部隊であり、個々人の立場が一軍の将にも匹敵する。かつてはエドン公王直属の部隊であったが、今はキリサキ・カイトの直属兵であり、普段は首都ウラヴァにいるはずであった。
「なんと! 御庭番十六忍衆のお方が何故このようなところに!?」
「たまたま視察で極北司令府におったところに、ここのフヌケ兵どもが駆け込んできおってな。何やらタタミ砂漠で不審な爆発が起きたと言うので、ソレガシが検分に参ったのだ」
「そうでしたか! では、たち……じゃなかった。先輩の兵から詳しく状況を説明しますので、今ここに呼んで参り……」
「構わぬ。お主が話せ」
「? ……分かりました。ではお話しますので、どうぞ見張り棟の中に……」
そう言ってサシコは牛鬼を見張り棟に招き入れた。
「ぬっくっく、遠路はるばる北の果てまで来たのだ……多少の役得があってもバチはなかろう……」




