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兄を訪ねて三千世界! ~草刈り剣士と三種の神器~   作者: 甘土井寿
第2章 北方の旅路編 (ツガルンゲン~アイズサンドリア~キヌガー〜ウィツェロピア)
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第66話 沼御前の儀!

前回のあらすじ:修行を終えたサシコが一行に合流!



「ヒヒィーン!」



 厩舎に辿り着くと、すぐに見慣れた赤毛の馬体を確認した。



「おおー、アジトラちゃん!久しぶり~!」



 サシコが旅の最初期に用意してくれた馬、アジトラ号だ。村一番との太鼓判を押された体躯は確かに立派で、馬車を引くその力強さは北方の旅路でも証明済みだ。



「誰かに馬車を運んでもらうようお願いしてたけど…………まさか、サシコちゃんがきてくれるとはねぇ」



 マキもサシコが来るのは予想外だったようだ。


 七重ばあさんは、サシコに修行をつけるのに3ヶ月かかると言っていたはずだ。この3ヶ月という期間は一般的な六行の修行期間と比べるとかなり短く、付け焼き刃すらつけるにも不足と思われた。故に今の時点で彼女が修行を終わらせ、旅に戻り得るとは到底思えなかったのだ。


 だが、サシコはその3ヶ月よりも更に短い1ヶ月ほどの期間で名刀の刃を仕上げてきた。



「サシコよく戻ったな」



「ええ、太刀守殿もお元気になられた様で本当に良かったです!」

 


「ああ。しかし、本当に驚いたぞ。ついこの間までは自分の属性すら分からなかったというのに、たった1ヶ月で修行を終わらせ、あれほどの剣を修めるて戻るとは……」



「うっ! それが、実は……」



 サシコは顔を赤らめ、バツが悪そうに頭をかいた。



「恥ずかしながら、修行は途中までしか終わらなかったのです」



 なにィ?途中だと……!?


 一流の剣士といって過言のない腕を披露しておきながら、これでまだ途中と言うのか……



「サシコ……七重婆さんと一体どんな修行をしていたんだ?」



「あ、はい…………最初の数日は型稽古や遠当てなどの基礎訓練をしていただけなのですが、しだいに他の近衛兵の方々との試合や七重師匠直々に手ほどきを受けるようになり……」




───────────


─────


──




「ほらァ! 何倒れてんだい? 倒れていいなんて許可した覚えはないよ私は!」




「ぐ……ぐうぅ……」




「そんなもんかい、アンタの根性はァ! エエッ!」




「はぁ、はぁ…………ぃ、ぃえ…」




「声が小さい! アンタの根性はそんなもんかって聞いてんだよ! さっさと答えな!」




「いえ! いえ、違います!」




「なら、立ちな! 3秒以内にね! 立てないんならお前に稽古をつけるのはやめだよ!」




「…………は、はいぃぃ!」




──


─────


───────────




「……そ、それはもう、鬼のような特訓でして…………今も思い出すと吐き気が……」



 …………ふっ。思わずマキと目を見合わす。


 あの婆さんの鬼教官ぶりは昔から有名だ。その苛烈さは10人いれば9人が根を上げると言われるほどで、俺もマキも道場時代にはしごきにしごかれたものだが…………そうか、あの婆さんは今も相変わらずか。



「では、修行が途中で終わってしまったとは、あの婆さんのしごきに耐えかねて途中で投げ出してしまったという事か? まあ、無理もない事だが」



 まあ、逃げ出すのは無理もない。かくいう俺も婆さんのしごきからは一度ならず脱走を企てた事があった。その度に捕らえられては手酷い罰を受けたものだが……



「あ、いえ! 確かに七重師匠の指導は厳しいものでしたが、何とか耐えておりました。ですが、あたしが自分の属性にあった剣の型を一通りこなせるようになった頃、"沼御前(ヌマゴゼン)の儀"をするといって、裏山に連れていかれまして……」



沼御前(ヌマゴゼン)!? たった1ヶ月たらずでですか!?」

「おー、七重婆も思いきった事するわね~」



 マキとヒデヨちゃんが"沼御前(ヌマゴゼン)の儀"という言葉に反応した。



「なんだその"沼御前(ヌマゴゼン)の儀"とは?」



「近衛兵の間に伝わる修行法の一つよ。紅鶴御殿の裏山には【幻妖(げんよう)(うず)】と呼ばれる沼があってね。そこの沼には古来より蛇の(アヤカシ)が住んでいて、"沼御前(ヌマゴゼン)"とはその(アヤカシ)の事を言うのだけど……」



「むっ!では、まさか"沼御前(ヌマゴゼン)の儀"とはその(アヤカシ)と……」



「そう、戦うの」



 これは驚いた。確かに実戦経験は急成長には欠かせない要素だし、実際に俺もサシコには山賊と戦わせた事もあった。しかし、(アヤカシ)は六行の技を使える獣で、その危険度は山賊の比ではない。そんな死人が出る恐れのあるような修行をもちいるとは……紅鶴御殿おそるべし。



「ただ、戦うといっても、沼御前(ヌマゴゼン)自身の持つ呪力は非常に弱く、生身で戦えば普通の蛇以上の戦力はない。しかし、六行を使って戦う場合は別…………実は沼御前(ヌマゴゼン)には六行を持つ者が近づくと、その属性を吸収して式神を生み出す能力があってね。だから実際に修行者が相手にするのは沼御前(ヌマゴゼン)本体ではなく、その式神の方なのよ」



「な……なんと! それではまるで俺の……」



「そう。早い話が村雨くんの技の陰陽術版ね」



 がーん!俺が血を吐くような努力の末編み出した『逆時雨』と酷似した術を沼蛇ごときが使えるというのか!


 …………い、いや、それを言うなら逆か。はるか古来より生きている妖というなら、むしろ俺の技がその蛇の術と似ている事になる。無外流『逆時雨』は自分だけの唯一無二の技と思っていただけに、少し自信をなくすな……



「ちなみに最初にそこを訪れたのは紅鶴御殿の初代近衛兵長で、その時に召喚された式神が美しい女性の姿だったので、(アヤカシ)の名を沼御前(ヌマゴゼン)と呼ぶようになったとか…………で、その式神がちょうど自身と同じくらいの強さを示した事から、以来己の限界を越えるための修行法として近衛兵の間でその沼が用いられるようになったの」


「しかし、いくら自分と同じくらいの実力とはいえ、相手は六行の式神。修行者側もある程度実力がないと危険で、過去には死人が出た事もある。普通は1年以上の修行をしてからでなければ、"沼御前(ヌマゴゼン)の儀"はやらせてもらえないのですが……」



 ふーむ、なるほど。サシコはだいぶ飛び級して修行をしていのだな。確かにそうでもしなければ短期間で六行の技を身につけるなど到底できんだろうが…………それだけであれ程の実力に到達出来るものだろうか?



「何だかよく分からないけど、少年漫画の主人公みたいな猛特訓をしていたのね!」



 アカネ殿は何故か納得している様子であるが…………




「それで現れた式神を倒したという訳か」




「………………それが実は……沼につくと突然巨大な龍が現れて」




───────────


─────


──




「グゴオオオオ!!!!」




「なっ、何だいこのバケモノは!?」




「ど、ど、どうしましょう七重師匠……あたし?あたしが悪いんですか~」




「この巨躯、この呪力量……出現する式神の強さは相対する者の実力に比例する。とするなら……」




「も、も、もしかして、あれと戦わないといけないんですかあたし?」




「………………いや、"沼御前の儀"は中止だよ」






──


─────


───────────





「…………結局、その龍の式神とは戦わないまま紅鶴御殿に引き上げました。そして、その後すぐに馬車の手配を求める文が届き、馬車と共に太刀守殿たちと合流するよう命じられたのです」



 …………にわかには信じがたい話だ。確かにサシコは剣の覚えも早いし、努力も惜しむ事もない。才能に恵まれているといって差し支えないだろう。しかし、六行を覚えたてのサシコがそのような強大な力を発現させるなど、あまりに荒唐無稽な話。夢物語も甚だしい。


 何かの間違いだとしか思えんが……しかし、少なくともサシコが水準以上の剣技を現実に見せたのは事実であるし、七重婆さんが未熟者を旅に送り出しはしないという事も確かだ。



「うーーーん。そんな常識外れの事があってもいいのかな?」



 マキも首をかしげるが、それも当然だ。



「…………ねぇ、七重婆さんは他に何か言ってなかった?」



「うーん…………あ、そうそう。馬車と一緒にこれも持っていけと、渡されました」



 サシコは一振りの剣を馬車から取り出す。

 黒い束を掴み、黒い鞘から黒い刀身を抜いて見せた時にはまたまた驚かされる事となった。



「そ、それは……天羽々斬(アメノハバキリ)!?」



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