第4話 ジャポネシア今昔物語!
前回のあらすじ:タタミ砂漠から連れ帰った少女は異世界転生者だった! そして自分はこの国の帝の妹であると言う。その目的は兄を元居た世界に戻す事だと言うが果たして……?
※今回はほぼ舞台設定の説明回です。
「ねえ! ガンダブロウさん! 兄貴の事とかこの国の事とか……色々教えてもらえませんか?」
娘は俺に無邪気にそう言ってくるものだから俺は困った。
異界から来たと言う話はあの強大な術を見せられれば、信じる事も出来る。
また、帝の妹というのも真実だとしよう。だが、果たしてこの国の事について一兵士がペラペラと異界人に喋ってしまっていいものか?今日会ったばかりの得体の知れない娘を信じてもいいものだろうか?
まして、彼女は兄を元の世界に連れ戻すのだと言っている。それが、帝の望むことでないのだとすれば、俺が情報を教えるのは反逆行為に当たるのではないだろうか?サムライが主君に反するのは武士道にもとる行為なのでは……
と、さまざまな思考が脳内を巡る。
が……俺は結局、話すことにした。
理屈ではない。兵士としての責務や計算じゃなく、この娘を信じてみよう……という俺自身の直感に従ってみる事にしたのだ。
さて、俺はまずはこの世界について説明することにした。
この世界────つまり、我々が住まう大地ジャポネシアについてだ。
ジャポネシアは外海に囲われた広大な陸続きの大陸だ。今はひとつの国家に統一されているが、つい数年前まで大小多様な国が乱立していた。当然、同じ大陸に利害も主義も異なる集団がひしめき合っていたのであるから戦争も絶えなかった。
そんな乱世の中にあって「エドン公国」は6の同盟・12の属国の盟主であり、大陸最強の国家であった。治世も安定しており、王族の評判は上々。農・工・商の生産力も高く、何より軍事力が他国と比べて頭一つ抜けていた。巷ではエドンのジャポネシア統一の日もそう遠くないだろうと噂されていた。
しかし、5年前、状況は大きく変わる。
当時エドンが平定中であった弱小国家「サイタミニカ王国」がエドン軍の停戦勧告をはね除け、反攻に出た。無能な王が大局を見誤り、兵を玉砕させるというのは戦乱の世ではありふれた話だがこの時は違った。なんと国力が30倍以上もあるエドンを相手にサイタミニカが連戦連勝。そして、ついにはエドンの首都アラヤドを陥落させてしまったのだ。この間、わずかに3ヶ月。
エドン軍は当時大陸最強と謳われた歩兵部隊「サムライ師団」を有していたが、驚くべき事に彼らはほぼたった1人の男の前に敗れ去った。男の名はキリサキ・カイト──突如として現れたサイタミニカの王にして、別の世界からやってきたと自称する異界人であった……
「キリサキ……カイト? えっ、兄貴そういう風に名乗ってるんだ……へえー、ふふふ、なるほどねぇ……ふふ……フフフっ!」
「? 何か可笑しな事を言いましたか?」
「いや、アハ……何でも無いです。続けてください」
──異界人キリサキ・カイトは人知を超えた万能の力を有していた。彼が使うその神のごとき術の数々は「地異徒の術」と呼ばれ、戦闘においてはまさに無敵であった。彼の陰陽術は通常の術師が使うものの数十倍の威力があり、さらに歴戦のサムライ十数人を赤子の様に扱う超人的な武芸も会得していた。彼はその力を駆使し、瞬く間にエドンの兵を蹂躙していった。
「…………当時エドンの近衛兵だった俺も帝とは直接剣を交えた。命こそ失わなかったものの、一太刀浴びせる事も出来ずに無様に敗れ去りました」
「そう……じゃあ兄貴、たくさん人を殺したんだ……ガンダブロウさんの仲間も」
娘が悲しそうにつぶやく。
「それも戦士の運命です。俺もそれまで敵国の兵は幾人も斬って来た身。戦争での事を恨んではいません……しかし……」
そう、戦争で敗れたことは恨んではいない。
俺は俺が今まで相手を斬り捨ててきたのと同様に、己自身が斬り捨てられる事も覚悟の上であった。それが兵士としての矜持と思っていた。
しかし……
あの時の屈辱、敗北感は今もなお脳裏に焼きついて離れない。
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「ぐっ……馬鹿な!? 俺の剣が全く通じないなど……」
あの日、俺の剣は誇りとともに粉々に砕かれた。
驕っているとは思っていなかった。公王の養子となり、王城仕えになっても日頃の鍛錬を怠たっていた訳ではない。最強の称号たる"太刀守"の名に恥じぬよう、更なる研鑽を積んでいる……そのつもりだった。しかし、そんな弱者の淡い幻想をあざ笑うかのように、あの男はいとも容易く俺の剣技を打ち破って見せた。
「お兄様!」
「来るな、座鞍!」
先の戦いで生け捕りにされていた座鞍が悲痛な声を上げる。義理の妹とはいえ座鞍はエドン公王の実の娘……姫君を守ることもできず、無様に敗れて地に伏す姿をさらすのは耐えがたい屈辱であった。
「す、すごい! ジャポネシア最強の剣士に勝ってしまうなんてー!」
「ん? コイツが最強の剣士だったのか? 俺は全力の10分の1くらいしか出していないのだが」
取り巻きの少女たちが驚くと、あの男──キリサキ・カイトは澄ました顔で、わざとらしく謙遜して見せた。
「じゅ、じゅうぶんのいち~~!?」
「ん? 何を驚いているんだ? こんなやつに10分の1も力を使うのは弱すぎって意味か?」
「強すぎって意味ですぅ~~~!! あの太刀守に勝ってしまうなんて、カイト兄様がこの世界最強ですぅ~~~!!」
「妹たち」とキリサキ・カイトが呼ぶ取り巻きの少女たち。彼女たちはキリサキの一挙手一投足を殊更大げさに騒ぎ立てる。
「太刀守? なんだそれは?」
「太刀守は大陸最強の武芸者に与えられる称号なんですぅ~」
「…………そうだ! 俺は村雨"太刀守"岩陀歩郎! 最強の武芸者に与えられるこの誇り高き名にかけて……俺は負ける訳にはいかんのだ!」
俺は折れた剣を振りかざし、キリサキ・カイトに突っかけた。俺のすぐ後ろは玉座の間。ここを抜かれればエドン公国は陥落する。
敗れるわけにはいかない……! 俺はありったけの力を斬撃にこめた。しかし、彼のデタラメな受け太刀はことごとく打ち込みははじき、返す一撃で俺は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「ぐはあッ!」
「いやッ……お兄様ァ!」
「やれやれ、この程度で最強を名乗っていたとは恥ずかしいやつだな……はあ、やれやれ」
キリサキ・カイトは倒れた俺を一瞥すると、背後で怯える座鞍に近づいて言った。
「座鞍、約束は覚えてるな? 俺がコイツに勝ったら……お前が俺の"妹"になるという約束を……」
「……くっ!」
「そうすれば、約束どおりコイツもこの国の民ももう殺さない。まあ、君の父であるエドン王は投獄せざるを得ないが」
色狂いめが。「妹」と称して集めた女達とどのような行為に及んでいるかは噂で知っていた。しかし、それは乱世の覇王が持つ特権……力なき者に止める手立てはない。
「…………わ、分かりました……今日からカイト様が私の兄上です」
「ふむ。聞き分けがよくてよろしい。では、兄妹の契りを結ぶ儀式はのちほど行うとして、チャチャッと王を捕らえに行くとしよう」
キリサキ・カイトが満足げにそう語ると、今まで戦っていた者たちには興味を失ったと言わんばかりに死屍累々を無造作に踏み越え、玉座の間に向かった。
俺は最後の力を振り絞り、やつの足を掴む。
「待て……行くなら、俺を殺してからにしろ」
「聞いてなかったのか? 俺は約束でお前を殺せないんだ」
「王も姫もお守り出来ない剣士に生きる資格はない! 殺せ!」
キリサキ・カイトは俺の顔を見下ろすと、今まで飄々としていた表情が一瞬醜くゆがんだ様に見えた。
「まったく、腹立たしい顔してるねオマエ……ねえ、手足を斬るのは約束違反じゃいよな?」
「カイト様! それだけはお止めください!」
「ん? カイト様? 俺はお前の兄だぞ?」
「あ、……お、お兄様。その……その者たちにはもう……手を出さないでくだされ」
座鞍が、震える声でそう言うとキリサキ・カイトは剣を収めた。
「ふむ。可愛い妹の頼みなら仕方ない……」
やつは俺の手を振り払うと、背を向け捨て台詞を放った。
「ああ、そうそう。オマエ弱すぎたし、太刀守とかいう大層な称号は恥ずかしいだろう? だから俺が王になったら改名してあげる事にするよ。俺って親切だろ? 新しい名前は何がいいかな? 君のような虫けらでも得意そうな事がいいよなァ……あ、そうだ! 草毟守なんてどうだろうか!」
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「……」
「ガンダブロウさん? どうしたんですか?」
「あっ……いや、何でもない。まだ、説明の途中だったな」
どこまで話したか。そう、あの男がエドンを陥落させたところまでだったな。
──王都を陥落させたキリサキ・カイトはエドンの王族および中央議会の主要家老を投獄もしくは追放した。身辺には取り巻きの少女たちと媚びへつらう者だけを残し、一帯のエドン系列国家を合併して「サイタマ共和国」の建国を宣言した。それからはエドンの武力とやつ個人の神がかり的な力を持って次々と近隣国家を制圧、併合していった。降伏する国には非道な対応はしなかったが、逆らう国や民には徹底的に攻撃と弾圧を加えた。そしてわずか1年たらずで、誰も成し得なかった大陸統一を果たしてしまったのである。
「……という訳で今はこのジャポネシアにはキリサキ・カイト陛下が統治するサイタマ共和国しかない。共和国という名称ではあるが、実際は帝が議会の一切を取り仕切る独裁国家です。帝は首都ウラヴァにおり、ここからは千里ほど離れています」
「…………よく分かりました。ありがとうございます」
娘は憂いを帯びた表情で感謝の意を示した。
「なんだかすみません。ウチの兄貴がご迷惑おかけしていて」
「いえ、アナタが気に病むことはありません……ええと…………殿下? とお呼びすればいいですか?」
「殿下!? いやいや、普通に名前で呼んでくれればいいですよ! それに敬語も要りません! 普通にタメ語で話してください!」
名前……そうだ名前!
俺はまだこの娘の名前を聞いていなかったのだ。
「では…………名前をお聞かせ頂けるだろうか?」
「あ、そうでしたね。私は丸…………いや、マシタ・アカネ。私はマシタ・アカネと言います」




