第56話 昼下がりの事情!
前回のあらすじ:アカネ一向は大猿の妖を見事撃破!一方その頃、留守番中のヒデヨは……
※今回はヒデヨ一人称視点
「そいじゃ、ちょっくら行ってくるわ!ヒデヨちゃんはお留守番よろしく!」
マキ姉様がアカネさんを連れて妖征伐に出られたのは今朝方の事であった。私は宿で待機せよとの仰せ……はぁー、つらい。意気揚々と出発した姉様たちとは反対に、残された私はナムタイ山にかかる朝もやの様な悶々とした気持ちだ。
「はっ!」
宿の中庭を借り、日課としている剣の素振りを行う。稽古といえど一振り一振りに魂を込めて打つのが信条だが、今日の太刀筋は自分でも分かるほどに乱れている。
「……はっ!」
マキ姉様は時たま……というか、しばしば紅鶴の巫女に相応しくない、「おハッチャケ」をなされる事がある。この性分は紅鶴御殿内にいる時にも散見されるのだが、出先だとその傾向は更に強くなる。実際、遺跡の発掘と称して旅先でハメをはずしては、その度に問題を起こしてきた前科があった。ひどい時には賭博絡みで地元の極道と揉め事を起こした挙げ句、町に被害が出るほどの大立ち回りをしてその極道組織を壊滅させてしまった……という事もあった。あの時は事後処理でその年の紅鶴御殿の予備費のほとんどを使いきる事態となり、七重隊長からこっぴどくお叱りを受け1年間の外出禁止処分になった。
「…………はっ!」
その様な過去の悪例に習わぬよう、七重隊長からはマキ姉様には騒動の火種になるような事に首を突っ込ませるなと強く言い含められていた。しかし、此度の妖退治などは騒動の火種どころか燃え盛る騒動そのものの火中に飛び込むようなもの。お目付け役としては心苦しいが、事情が事情でもあるし、アカネさんも付いているという事なら、今回はおハッチャケもやむ無しだろう。
それは承知している。
それはいいのだ。
「………………マキ姉様……」
でも……
「何故……何故、私を連れて行って下さらぬのかああああ!!」
そう。私が不満に思っているのは何故私が留守番でマキ姉様のお側にいさせてもらえないのか、という事だ!私では姉様のお役に立てないというのだろうか?そりゃあ、私はまだ新米で近衛兵の先輩たちに比べれば剣の腕も未熟だ。でも、私は4年前に紅鶴御殿に入りお姉様の美しさに心を奪われて以来、お姉様を守るのにこの身を捧げると決めた。それなのに、マキ姉様ときたら「ヒデヨちゃん、誰かイイ男いないの?」だなどと平気でおっしゃる!
「……もう!!人の気も知らないで!!」
ぐぅぬー!何が男よ!
私はマキ姉様に認めてもらえればそれだけで良いのに!私がどれだけ姉様の事を思っているか知らないんだから、あんな事が言えるんだ!ホント罪なヒトよマキ姉様は!
「ぐすん、お姉様のバカァ!」
「…………そろそろいいかな。ヒデヨちゃん」
「ふえぁ!?」
ふいの問いかけに驚き振り返ると、中庭を囲う縁側に太刀守様が立っていた。
「太刀守様!? い、い、いつからそこに!?」
「1分ほど前から……」
「な、な、何か私、変な事口走ってませんでした!?」
「…………いや、何も」
ああーん、これはどっち!?
聞いてたけどあえて触れないやつ!?そういう優しさ!?
もし聞かれていて、万が一、マキ姉様に私の秘めた思いが知られてしまえば、きっと引かれてしまう!おドン引きされてしまう!あの人に嫌われたら私はもうおしまい……もう生きていけないわ~!
「そんな事より……」
そんな事!?
「マキは……どこにいったか知らないか?」
「えっ!?」
「今日は朝からマキの姿が見えんのだ……昨日聞きそびれていた事があったので改めて尋ねようと思ったのだが……」
これはマズイ!太刀守様にはマキ姉様から「私らが妖退治に行ってる事はくれぐれも秘密にしといて」と釘を刺されている。何とか適当な嘘ではぐらかさないと……
「マキ姉様なら買い出しに町に出られていますよ!」
「買い出し……?昨日も行っていなかったか?」
「え? そうでしたっけ……ええと……あ、そう! 太刀守様の呪いに効きそうな薬草を文献で見つけたので、市場に探しに行ったんですよ!」
「……俺のために?」
太刀守様は相変わらず具合が悪そうで足取りはふらつきがちではあるものの、今日は比較的落ち着いた様子であった。しかし、マキ姉様の話をしていると少しずつ、顔色が悪くなってきている様に感じられた。
「そうか、俺のために………苦労をかけて申し訳ない……ここの宿代も負担してもらっているというのに……はあ……」
病は気からというが、太刀守様はこの件では度々陰気で悲観的な態度を取られる。
「そういえば……アカネ殿の姿も見えんが……」
「あー、ええと……アカネさんは……」
太刀守様にはこれ以上心配をかけないようにしないと……あ、そうだ!
「アカネさんは今、町にお金を稼ぎに行っていますよ!」
太刀守様は旅の資金について大層気にされている様子なので、その心配を軽減させつつ、アカネさんの行き先もはぐらかす一石二鳥の回答。うむ、我ながら冴えている。
「アカネ殿に……そのような事を……」
「ええ、ええ。確か陰陽術の大道芸をするとかおっしゃってましたよ。以前にもそれで金銭を得た事があるそうで。これで資金の事も少しは……って」
「お、俺はアカネ殿に……なんとひもじい真似をさせてしまっているのか…………情けない。俺は何と情けないのだ……」
……んん?何か様子が…………
「ぐっ!!」
太刀守様が突然膝をつく。
「た、太刀守様!?」
私は急いで太刀守様に駆け寄り横にさせる。
額に手を当てると凄い熱だ。
「ど、ど、どうしよう?」
こんなに急に容態が悪化するなんて……
私にはこのような陰陽術の治療に関する知識はない。インチキ奇跡の湯には入れても意味ないし……
「はあ、はあ、ふがいない…………俺は……」
太刀守様は息を乱しながらもうわ言を呟く。
「…………お……俺は……あの人を……守ると誓った……のに……それなのに……」
「…………太刀守様……」
「役に立たないばかりか…………逆に足でまとい……にまで……」
太刀守様はこんなにもアカネさんの事を思って……
「はあ、はあ……これ以上アカネ殿に……心配は……」
私は太刀守様を楽な体勢にし、太ももの上に頭を乗せた。
「大丈夫……大丈夫ですよ」
この人は私と同じなんだ。
1つの強い思いを誓いとして自身に課し、誰に言われる事もなく守り通してきた。その克己心が太刀守という称号を得るまでにこの人をのし上げ、帝に反逆する力となっているんだ。
しかし、堅固で巨大な城ほど崩れた時の修復が難しい……
誓いを守る事が出来なくなってしまっている今の状況は太刀守様にとって耐え難い苦痛なのだろう。厳格であるが故の強さと弱さ……それが分かった時、何というか……太刀守様に凄く身近で幼子のような愛しさを感じた。
「はあ、はあ……ア、アカネ殿……?」
ふふ。朦朧とした意識の中で私をアカネさんと勘違いしてるのかしら?私は少しでも安心してもらう為に太刀守様の頭を優しく撫でる。
「大丈夫、大丈夫……よしよし」
少しずつだが、太刀守様の熱も引いてきたように感じる。やはり精神状態が病状に直結している……?熊野古道伊勢矢の術は識行の属性だというし、これはまさか……
「ただいまー!! ヒデヨちゃんお留守番ご苦労様ー!!」
ふいに背後からマキ姉様の声がした──次いでドタドタと人が近寄る気配……
「妖は無事倒したよー!本物の奇跡の湯もこの目で…………て」
一向と鉢合わせた時、確かに私の太ももの上には太刀守様の頭があり、誤解を生むに十分過ぎるほどの要素があったと言える。
「そのスケベな足で膝枕なんかして上げたら、男なんていくらでも落とせるのに」という、いつぞや聞いた台詞が脳裏をよぎった……
「こ、こ、これは、その…………ご、ご、誤解…」
「何やってんのーーーーーー!!!!!!」
この状況を正しく理解してもらうには、かなりの時間を擁したのは言うまでもない。そして私はしばらくの間、膝枕で太刀守を落とした魔性の女"ヒザヨ"として、マキ姉様に弄られる事となった。




