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兄を訪ねて三千世界! ~草刈り剣士と三種の神器~   作者: 甘土井寿
第2章 北方の旅路編 (ツガルンゲン~アイズサンドリア~キヌガー〜ウィツェロピア)
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第52話 見捨てられた町!

前回のあらすじ:山間の温泉街に見え隠れする闇……マキとアカネは宿屋の少年与市を問い詰める。


※一人称視点

マキ→アカネ



「おや、村雨くん。本日の湯加減はどうだったかしら?」


 夕刻前──宿の一室でぐったり横になる村雨くんを発見。少しちょっかいをかけてみる。すると村雨くんは立ち上がる事もなく、気だるげに視線だけをこちらに向けた。


「マキか……別にどうって事はないさ……」


 この宿に滞在してはや2週間。彼の体調は一向に回復の兆しが見えないものの、今のところは命に係わる程の症状は出ていなかった。しかし、膠着状態が続くとこちらとしては下手に動くことも出来ず、結果する事がなくなり手持ちぶさた極まりない。スマホをいじったり文献をあさるのも、いい加減に飽きてきた。


「せっかくこの世に二つとない奇跡の湯に毎日入ってるというのに反応が薄いわね」


「奇跡の湯と言っても見た目も入り心地も普通の温泉だからな……」


 そっけない返事。絶世の美女と会話している男子の反応がこれ?術の影響下で苦しんでいる彼にしてみれば、こういう雑談をするのも億劫なのかしら?


 んまぁ、村雨くんの場合、仮に健康体でもそんなに面白い返事は期待できないけどね。昔っから朴念人だもんな、こいつ。


 さて、それはそうと……


「奇跡の湯が普通、ねぇ………本当に何も特徴はないわけ?たとえばお湯の色とか……」


「いや……特に変わった点はない……」


 なるほど…… やっぱりねぇ。


 奇跡の湯の噂は紅鶴御殿にいる間何度か耳にしたが、そのいずれの話にも共通する二つの点あった。一つはどんな効果であれ、六行の術の効果が完全に治ったという点。もう一つは湯の色が墨汁と見紛うほど黒いという点だ。どうやら、この「なす乃」の湯はそのどちらの点にもあてはらないらしい。


 噂は噂。それが必ず真実を伝えているとは限らないが……ふむ、この件については宿の責任者に説明義務を果たしてもらう必要があるわね。


「なあ、マキ…………俺のためにここまで来てくれたのは素直に嬉しい……だが、もうこれ以上は迷惑をかける事は出来ん」


「はぁ?またそれ?」


 うわっ、出た出た。まーた始まったよ。


「時間を随分と無駄にしてしまった。一刻もはやく…………俺たちはウラヴァに向かわねば…………俺の体調も大分よくなってきたし……帝の追手が来たとしても……もう十分に戦え…」


「はい、また嘘! 毎日よく懲りずに同じ嘘つくねー? 大嘘つきの村雨くんにはジャポネシアいちの嘘つきとして"嘘守(ぱちのかみ)"の異名を進呈します!」


「んなっ……」


 まったく。責任感が強いのは結構だけど、それが仇になる事もある。コイツのこの馬鹿真面目な性格……やっぱり()()()()()()()()()は正しいようね……


「はぁ…………お前の方は……相変わらず元気のようだな……」


「そうねー。私、()()()()()を発見すると元気になっちゃうのよ…………あ、そうそう。今もちょうど、このスマホで面白い事を発見したとこだったんだよね」


 アカネちゃんから借りていたスマホ──すっかり使い方にも慣れてきたのだが、この神器は本当に面白い。特に「検索」という機能。これは革命的を通り越して開闢(かいびゃく)的だ。脳内に情報が止めどなく注ぎ込まれ、半ば麻薬の禁断症状のような浮遊感をすら感じられる。


「ほれ、この記事みてみ」


 スマホの画面を村雨くんに向ける。画面には薔薇の花言葉について書かれた記事が載っている。


「…………それがなんだ?」


「ふふふ。村雨くんのような教養のない人は知らないかもだけど、花にはそれぞれ花言葉というものがあるの。桜なら純真、睡蓮は信仰……とかね。それで、調べてみると、どういう訳なのかこのジャポネシアでもアカネちゃんの世界でも花言葉は共通らしいのよね」


「……はあ」


「それだけでも面白い発見だけど本題はここから。この記事によると、同じ薔薇でも色や形状、部位によっても花言葉が違うらしいの。それで、その中でも茨……つまりトゲの部分にも花言葉があるんだけど…」


「おいマキ…………俺は今、余計な問答をしてる余裕はないんだ……結論から先に言ってくれないか……?」


「ああ、そうね。つまり…………んん?あれは……?」


 ふと窓の外に与市少年の気配を感じ、視線を向ける。宿の前の通りから、裏路地の方面に走っていて、そのすぐ後ろから複数の少年たちが追う。何やら町の不良少年らしき集団に追い立てられているようだ。私は能力柄こういう身近な事件にはとても敏感なのだけど……ふふ。どうやら退屈凌ぎに苦心する時は終わったようね。


「村雨くん、この話はまた後で!」


「お……おい…………どこにいく気だ?」


「ちょっと面白い事が見物できそうなんでね♪」




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「す、す、す、すみませんでしたああぁーーー!!!!」


 与市くんの土下座は姿勢も勢いも実に見事なものだった。


「紅鶴御殿の司教様とは知りませんで……非礼の数々、ナムタイ山の火口よりも深くお詫び申し上げますぅ~!」


 不良たちへの威勢の良さはどこへやら。ごつん、ごつんと額を床に打ち付ける。うーーーん、マキ姉さんが地位の高い人物と知った途端にこの態度……調子がいいというか、何というか……


「騙しとったお金もお返し致しますぅ!!だから、何とぞ平に!!平にご容赦をおおおぉーー!!」


 温泉宿「なす乃」の奇跡の湯はまったくの偽物──マキ姉さんの追及も相まって与市少年は自分の罪を認めた。どうやらこの世界の司教という立場はある程度個人的な裁量で罪人を取り締まったりする事も出きるみたいで、民衆からは畏敬の対象となっているらしい。政教分離というのはわたしの居た世界での原則であって、必ずしもこのジャポネシアで当てはまるとは限らない。


「さ~て、どーしよっかなー。司教職が罪人に処せる罰はよりどりみどり。投獄、島流し、私財没収、もしくは打ち首……何がいいかしら?」


「ひぃ~!!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさーい!!」


 あはは、楽しんでるな~、マキ姉さん。まあ、与市くんには多少お灸を据えるのも必要ね。これに懲りたら今後はあんな詐欺のようなマネはやめて欲しいわね。さて、それはいいとして……


「でも、それじゃあ本物の奇跡の湯をどこに…………あっ、それとも奇跡の湯の噂自体がまったくの嘘だったとか?」


「いやいや!このキヌガーに奇跡の湯があるのは本当です!それは本当に本当なんです!」


「ほー、それじゃあ今度こそ本物の奇跡の湯に案内してもらいましょうか」


「うっ…………それが、その……今は…………」


 与市くんが言い澱む。

 やっぱり、何か隠している事があるみたいね。


「事情あるなら言ってごらんよ。わたしらが何か力になれる事もあるかもしれないからさ」


「…………じ、実は……奇跡の湯はナムタイ山の中腹にあって、そこにいくための山道が町外れから繋がっているんですが……最近そのあたりに(アヤカシ)が出るようりなって誰も近づく事が出来ないんです」


「「(アヤカシ)ですって!?」」


 与市くんは、そこから(せき)を切ったようにキヌガーの置かれた惨状を説明しはじめた。


「元々うちの宿屋も含めてこの辺りの店は、奇跡の湯目当てのお客相手に商売をしていました。それは何も詐欺紛いのような事じゃなく、ごくまっとうな商いだったんです。それが、(アヤカシ)が現れてからは一変してしまった……あのバケモノが人を無差別に襲うせいで客足はメッキリ途絶え、観光客向けの商売をしていた店も次々と閉まり、次第にこの町は廃れていってしまったんです……」


「それで町に全然人がいなかったのね」


 なるほど。そりゃ、通りで大道芸をしても人が集まらない訳ね。そんな不景気じゃ人を騙してでもお金を稼ぎたくなるのも分からなくもないけど……


「さっきのアイツらだって、バケモノが出る前はまっとうに働いていたんです。それが今じゃ、あんなに荒んじまって……」


「ちょ、ちょっとちょっと!そんな状態なのにお上は一体何してんのよ?いくら(アヤカシ)が強いったって、憲兵隊や国軍を派遣すれば倒せない事はないでしょ?」


「もちろん討伐の依頼は何度もしましたし、実際討伐隊が派遣された事もあります。しかし、首都の再開発計画に人が割かれてるとかで、こちらに送られてくるのは寄せ集めでしかもわずかな数の兵士だけ。結局、討伐隊は(アヤカシ)には歯が立たず、早々に諦めて引き上げて行ってしまいました」



 むむ。それは酷い話ね。



「しかし、お上が役に立たないなら腕利きの傭兵を雇うとか何か他に方法はないわけ?」


 与市くんは悔しそうに唇をぎゅっと噛み締める。


「それも無理なんです……キヌガーが所属していた旧トッチキム王国は統一の時に帝に歯向かった国の一つ。統一後も旧トッチキム領の町や村は色々な面で冷遇されています。傭兵たちも帝の機嫌を損なう事を恐れて誰も協力してはくれないのです」


「………まじかー」


 兄貴のやった事の影響がこんなところにも……

 ウラヴァの玉座に居るであろう兄は仮にも自身が治める国の民が、こんなに苦しんでいる事をどう思っているのだろうか?いや、もしかしたらこの現状をすら知らないのかもしれないな……


「与市くん、その(アヤカシ)についてもっと詳しく教えてくれる?」


「えっ!?」


「その(アヤカシ)、わたしが倒すわ!」



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