第50話 続・お金を稼ごう!
前回のあらすじ:ガールズトークinキヌガー温泉
「あ、ガンダブロウさん!」
温泉から上がると、待合室の長椅子にもたれかかるように座るガンダブロウさんの姿を確認。すでに浴衣に着替えている。やっぱりわたしらが長湯している間に奇跡の湯から上がっていたようだ。
「どうですか?体の方は……」
「ああ、なんとなく……良くなったような……」
そう話すガンダブロウさんの言葉に覇気はない。
確かに顔色は少しばかり血色を取り戻したようにも思えるけど、肩に撃ち込まれた呪力の紋様は依然として消えていない。言葉とは裏腹にまだ術が完治したとは言えないようだ。
うーん。しかし、こうなると……
「もしかして…………奇跡の湯でも、この術は治せないんじゃ……」
ヒデヨちゃんがわたしの心を代弁したかのように呟く。六行の術すらも治すという奇跡の湯の噂…………期待感が強かっただけに、こうなるとどんどん不安が募ってくる。
「はっはっは、お姉さん方。奇跡の湯といっても、そんなすぐに効果は出ないよ」
どこで待機していたのか与市少年が姿を現し能天気に言う。
「湯治ってやつは何日も繰り返し入ってようやく効果が出るもんさ」
更にそう続けると与市少年は空きっ歯を覗かせながら二ッと笑う。最初は無邪気に見えたこの笑顔も、今となっては胡散臭さが漂う。
まあ、でも彼の言うことにも一理あるか。肩こりや腰痛に効く温泉というのはわたしの世界にも多々あったが、テレビゲームの回復魔法じゃないのだから入った瞬間「はい、回復!」という訳には無論いかない。六行の術の効果だってそれは同様だろう。
「うぐ…………その必要はない。お、俺は…………もう、大丈夫だから……」
ガンダブロウさんは相変わらずやせ我慢で強がりを言う。復調を必死にアピールする事自体、まだ術が完治していないと言ってるようなものだ。
「まあ、仕方ないわね。とりあえず何回か温泉に入って様子を見ましょうか」
「マキ……だから言っただろ。俺の体調は万全だと……」
「はい、すぐにばれるウソはつかないの」
「だ、だが、俺たちの懐に悠長に湯治してる余裕は……」
「お金の心配ならしばらくは不要よ。こんな事もあろうかと、紅鶴の公費から少し余分に拝借してきてるからね」
そう言うとマキ姉さんは、懐をごそごそ探ると、パンパンに金貨のつまった財布を取り出して見せた。
「なっ、いつの間に……!司教の立場におられる方がそのような勝手を…」
お金に関してはマキ姉さんは以前にも前科があるとの事で、使い込みをしないよう出納管理するのもお目付け役であるヒデヨちゃんの役目らしかったのだが……
「そもそも以前にも七重隊長から厳重注意がありましたが、公費の無断持ち出しは重大な背信行為で、司教の免職事由にも該当しますし、それに…」
「えー、でも今回はしょうがないっしょ?正規の手続き踏んでたらいつ支給されるか分かったもんじゃないじゃん?少しでも遅れれば村雨くんの命に関わる可能性だってあるんだし、その辺は多少融通を利かせてさ………ね?多少は、ね?」
「…………」
「ここは、事後承諾ってことでさっ……ね?必要経費という事でね?」
マキ姉さんはヒデヨちゃんに何度もウィンクしてみせる。ううん、良いんだろうか……マキ姉さんの好意はとても嬉しいのだけれど、もの凄く罪悪感がある……というか、これモロに横領案件な気もするんですが……
「……し、仕方ないですね」
あ、許してくれるのね。ありがたい。
でも、なるほどね。こうやって、ナアナアに例外を認めていった結果、なし崩し的に汚職とか横領とかっていうのは行われて行くものなのね……社会の裏側を垣間見た気分ね。とても勉強になる。
「すまんな。マキ。この借りは必ず……」
「うん?もちろん、返してね。出世払いでいいからさ♪」
「…………かたじけない」
ガンダブロウさんが小さく頭を下げると、わたしも同じく頭を下げた。
「ありがとうございます!!」
マキ姉さんには何から何まで本当に助けられっぱなしだ。わたしも出来る限り、マキ姉さんに少しでも借りを返せるように頑張らなきゃ。
「毎度あり。でも今日はもうダメだよ。奇跡の湯は一人一日三十分の決まりになってるんでね」
「えー?なんでよー?」
「何せ人気の温泉だから、入浴希望者が多くてね。皆さんに平等に入って頂けるよう、時間制限するのもやむ無しなんですよ」
むっ……その割にはあまりお客が入ってるようには見えないけど……
「今日は宿に泊まって明日また入るといいよ。へへへっ、でも安心してくんな。お姉さんたち美人だから、宿泊代の方は特別にまけとくからさ~!」
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「ガンダブロウさん。どうです?体の方は……」
温泉旅館「なす乃」に滞在して、今日でちょうど2週間。もはや日課になりつつあるやり取りを今日もガンダブロウさんと行う。
「ああ、なんとなく……良くなったような……」
最初の頃はなんとなく肌つやが良くなったような気もしていたが、よく考えればどんな温泉でも30分も浸かれば血行はよくなるし、肌も火照って赤々とするのは当然だろう。体調の方はガンダブロウさんが毎度のこどく強がる(いよいよイラッとしてきた)のだが、端から見ても良くなっているようには見えない。
「もう大丈夫だ……だから、ウラヴァへの旅に戻ろう……ぬぐゥっ!はあ、はあ……」
それでもここ2週間、奇跡の湯を利用し続けていたのは、症状がそれ以上悪化しないのは奇跡の湯のおかげなのでは?という思いがあったのと、日を重ねる毎に積み重ねた出費が無駄になる事を恐れたからでもあった。宿泊費込みで、もう2千鍍瑠近いお金(おそらく日本の貨幣価値だと20万円ほど)を継ぎ込んでいて「効果ナシ」では痛すぎる…………ああ、あたしって株式投資やギャンブルで大損するタイプだとつくづく思う。
「うーーーん、太刀守様……今日は昨日より顔色が少し悪くありませんか?」
しかし、今日は流石に危機感を感じる。ヒデヨちゃんの指摘する通り、ガンダブロウさんの顔色も心なしな悪くなっているような気もするし、それに……
「お金の方も帰りの旅費を考えれば、そろそろ余裕はなくなってきていますし。これ以上効果が見えないようなら、そろそろ別の治療法を考えた方がいい気もしてきました」
ヒデヨちゃんとわたしは今後について協議を重ねる。マキ姉さんはというと……
「なるほどー!【稜威の高鞆】……もとい拳銃にも色々な種類があるのかっ!」
わたしのスマホをいじくっている。ここ数日はふらっと外に出る時もあったが、それ以外の時間はずっとそうしている。
「ふんふん、私の発掘したやつはコルトシングルアクション・アーミー……通称ピースメーカーというのねぇ」
マキ姉さんはスマホをいたく気に入り、教えてもいないのに使い方をマスター。暇さえあれば、わたしから借りたスマホで気になる事を検索したり、神様とトークアプリで雑談したりしているようだ。まあ、確かにスマホのような電子機器はこの世界の人たちにとってはとても興味を引くものだろうし、わたしも出来る限りマキ姉さんには恩返しをしたいので、使ってもらう事に異論はないのだけど、どうもここに来た本来の目的を忘れているのではないかと不安になる。
「おほん。まあ、今追加の資金をもらえないか紅鶴御殿に文を出しているところです。すぐに承認が降りて、証文が届けば公営金庫にて換金できますが、遅くとも3日のうちに証文が届かなければ、一度紅鶴御殿に戻らないといけないかもしれません」
リミットは3日。その間黙って文を待っているのではダメね。わたしも出来る限り金策しないと…………と言ってもわたしに出来る事は一つだけ。ツガルンゲンの町でやった路上大道芸をまたやってお金を稼ごう!




