第48話 秘湯の町キヌガー!
前回のあらすじ:サシコが修行のため旅から離脱。アカネ、マキ、ヒデヨ、ガンダブロウの四人は奇跡の湯を求め、目的地であるキヌガーに到着する……
「おおー、着いた~!」
マキ姉さんが馬車の荷台を飛び出す。キヌガーの温泉町についたのは紅鶴御殿を出発して5日目の夕刻、ちょうど日の入りの頃だった。
「これは驚きました。キヌガーはこんなに綺麗な場所なんですね!」
ヒデヨちゃんとあたしも、馬車を降りて眼下に広がる景色に目を向けた。渓谷の斜面を切り抜いた風情ある町並みが、夕闇と茜空が混じる黄昏模様のキャンバスに浮かびあがる。それだけでも充分に美しい景観なのだけど、あちこちから立ち上る霞みのような湯気とぼんぼりの薄灯りが幻想郷を彩り、美術館に飾ってあるような絵画のようにすら感じさせた。いつもであれば、この幻想的な風景をスマホの写真に収めているのだが、今回は目的が目的だけに流石に浮かれる気にはなれなかった。
「…………着いた……のか」
ガンダブロウさんが重そうに体を起こし、荷台の幌から顔を出す。相変わらずの容態で顔色もよくはないが、ここに来るまでに深刻な悪化を見せなかったのは不幸中の幸いであった。
「ふぅ…………では、私は今から馬車を厩に預けてきます。そうしたら件の温泉を探しに行きましょう」
ヒデヨちゃんも心なしか少し疲れているようだ。ここ数日、ずっと御者を努めてくれていただけに彼女にも温泉で疲労を回復してもらいたいものだ。
「ぐゥ……すまないな皆……」
「もーう、それは言いっこなしって何度も言ったでしょ?」
弱音を吐くガンダブロウさんもここ数日のお決まりだった。マキ姉さんは「やれやれ」と言いつつも、自然に肩を貸してガンダブロウさんを介助する。
「おや、そっちの兄さん、すごく具合が悪そうだね」
その様子を見かねてか、町の入り口付近にいた少年か話しかけてきた。
「ようこそ炎と水の町キヌガーへ!お姉さんたち、万病に効く奇跡の湯のウワサを聞いてきたんだろ?」
「え?何で分かるの?」
「ここに来る旅人の目的は皆そうさ」
年の頃は12~13歳くらいだろうか。少年はややマヌケそうな空きっ歯を見せてニコっと笑う。人懐っこそうな笑顔で、こちらも思わず笑顔になる。
「なあなあ、そのお兄さん、六行の術を受けたんだろ?オイラは与市ってんだけど、お姉さんたちみたいなのを奇跡の湯に道案内するのが仕事なんだ…………さあ、付いてきなよ」
おお、何て親切なの!これでウワサの温泉がどこにあるのか探す手間が省けたわ。
「よかった、到着そうそうツイてますねマキ姉さん……マキ姉さん?」
マキ姉さんは親切な少年をいぶかしげに見つめる。何か気になる事でもあるのだろうか?
「どうかしました?」
「いーや……」
「おーい、何してんだい?置いてっちゃうよー?」
少年に急かされるまま、わたしたちの一行は彼の案内で件の温泉を目指して歩いた。
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「ここだよ」
到着した場所は小さな宿屋だった。高名な温泉があるようにはとても思えない、よく言えば趣きのある悪く言えばみすぼらしい家屋で、受付にいる女将もどこかくたびれているような印象を受けた。
「あの暖簾の向こうが万病に効く温泉さ」
わたしたちは少年の案内を受けて、宿屋の「ゆ」と書かれた暖簾の前までやってくる。うーん、どう見ても普通の温泉ね……まあ、でも名泉ほど奇をてらわないという話しも聞いたことがあるし、肝心なのは見てくれじゃなくて中身の効能だしね。
「さあ、ガンダブロウさん、早速温泉に……」
「かたじけない」
ガンダブロウさんが温泉に入ろうとすると、少年が暖簾の前に遮るように立ちはだかった。
「おっと、待った!ここから先は入湯料を払わないといけないよ!」
……ああ、そりゃそうか。旅館の温泉である以上、無料な訳ないね。
「これは失礼しました。入湯料はおいくらですか?」
「三十分で百鍍瑠」
「え……そ、そんなに……!?」
百鍍瑠は日本円で言うと大体1万円くらいの感覚だ
「ちょいちょい。そりゃ、ちょっと高過ぎるんじゃないの?」
「我らを余所者とみてふっかけるつもりか!」
マキ姉さんとヒデヨちゃんも、あまりの価格設定に憤りを見せる。しかし、人当たりの良い少年はいきなり態度を豹変させ彼女たちに反論した。
「いやいや、お姉さん方。これほど貴重な泉質は他にはどこ探したって見当たらないよ?何せ、六行の治療も出来ちゃうんだからね。だから、むしろこの値段は安いくらいなんですよ」
うう…… 確かに陰陽術の効果すら治癒できるというのはこの世界でもとつもない希少価値なのだろう。楼蘭堂のボッタクリホストとは違い、それくらいの値がついたとしても何らおかくしくはない。
「くっ……」
「まあ、ウチも商売だからねぇ…………嫌っていうなら、別に入って貰わなくてもいいですけどねっ」
「…………背に腹は替えられないか」
黒石氏から支援してもらったお金はまだある。今なら払えない金額ではないものの今後の旅程を考えれば痛い出費……しかし、ガンダブロウさんの命が懸かっているのだ。決断は迷うべくもない。
「ま……待て……俺のためにそのような出費を見過ごすわけには……」
「はい、あんたは黙ってるの」
ガンダブロウさんの話はマキ姉さんに遮られる。彼のこのような自己犠牲的主張はわたしたちは無視する事に決めていた。彼を助ける事はこの旅の最優先の目的で、その点はガンダブロウさん本人を除く三人の共通認識だ。
「へへへっ!毎度あり!」
サシコちゃんがいれば値切ってくれたかもしれないな、と内心では思いつつも、百鍍瑠を支払ってガンダブロウさんの湯治の許可を得た。これでガンダブロウさんの体調が回復するなら安いものだ。
「お姉さんたちは入らないんですか?」
「そんな高い温泉にゃ、ほいほい入れないわよ」
「そうですか……それじゃ普通の温泉に入るといいですよ。そっちの温泉は宿に泊まって頂ければタダにしときますから。へへへっ」




