第3話 兄を訪ねて!
前回のあらすじ:タタミ砂漠で巨大な爆発が起こる!ガンダブロウが現場に向かうと、そこには一人の少女が佇んでいた……
「……あっ! 人っ!? ごめんなさい! もしかして近くにいたんですか!?」
娘は俺の姿を認めるや、そう言って深々と頭を下げたので、幾分か肩透かしを食らった。
いやしかし、油断はできない。俺は警戒しつつ、その姿をまじまじと確認する。
「本当にすみません………人が近くにいないと思って、神様に使えるようにしてもらった陰陽術を練習していたんですが……勝手がよく分からなくて」
「……」
肩までかかる純黒の髪と、登山でもするかのような異国情緒あふれる派手な色彩の厚着。そして、何より……いにしえの神系図に名を記す高天ヶ原のひめ神たちを想起させる……その美貌に。俺は言葉を失った。
「巻き込んじゃったりしてませんよね……って、あれッ! そういえば、私こっちの人と普通に喋れてる! 自動翻訳って言ってたけど、なんかスゴーイ!」
この娘が話す事の意味は全く分からない。しかし、ジャポネシアのどの文化や様式も感じさせない、娘の異質さ……この何とも言えない違和感には覚えがあった。
「太刀守殿!」
ふいに背後から声がする。振り返ってみると、そこにはサシコがいた。どうやら、馬に乗って俺を追ってきたようであった。
「きっ……気をつけて下さい! 見張り棟で……望遠鏡で見えたんです! 先ほどからの爆発を起こしていたのはこの女です!」
まあ、そういう事になるだろうな。一連の爆発はすべてこの娘が使った陰陽術──となると、この娘の正体は……
「太刀守殿から離れろ~!」
見張り棟から持ち出したのだろう。馬を降りたサシコが弓を引き絞って娘を威嚇した。
「うん、まあそりゃあ、こうなるよねー」
娘はその様子を見ると、バツが悪そうに頭をかいた。
「太刀守殿をお守りするんだ…………こッ……ここッ、この魔女め! あ、あたしが成敗してくれる!」
「待て、サシコ! 手を出すな!」
配属されて1ヶ月。志願兵のサシコには実戦どころか演習の経験もない。当然、このような不測の事態には慣れておらず、極度の興奮状態にあるようであった。
「まー、落ち着いて……って言ってもまあ、今は無理よね。じゃあしゃーない」
娘は矢に臆する様子もなく、サシコの方に向けて右手をかざす。陰陽術を撃たれると思ったのだろう。サシコは娘の動作に過剰に驚き、その拍子に矢を放ってしまう。
「あっ!」
撃たれた矢はまっすぐ娘に向かって飛んだ。しかし、矢が娘を貫く事はなく、虚空ではじかれチリとなって霧散した。これは……結界術!それも無詠唱!やはり、この娘はただ者ではない!
「そっ……そんなァ……」
サシコは実力差を察し、絶望してその場にへたり込む。
「驚かせてしまってごめんなさい。でも、私はあなた方に敵意がある訳ではないのです……迷惑をかけてしまったのならすぐにここから去ります」
娘がゆっくりとこちらに近づいてくる。俺は反射的に右手を腰に伸ばすが、帯刀はしていない。
「でも、その前にあなた方にいくつかお尋ねしたい事が……って、うん? あれ? なんか……いきなり眠く…………」
そこまで言うと、娘はどさっと地面に倒れこんだ。俺もサシコもその様子を立ち尽くして見ていたが、しばらくしても動く気配はなかった。恐る恐る近づいてみると、娘は寝息を立てて眠っているようであった。
「たっ、太刀守殿ぉ……な、なんなんですかこの女は!?」
「分からん。分からんが…………とりあえず、見張り棟に連れて帰ろう」
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「うーん、……はれ?」
「起きたか」
「んむ~、新庄センパイ?」
「? 誰と間違えているのだ?」
タタミ砂漠で捕らえた娘は数時間ほどしてようやく目を覚ました。
「んんーここはぁ?」
「オウマ見張り棟の詰め所だ」
この見張り棟にはあいにく牢屋が無い。まさか若いオナゴを物置に縛りつけておくという訳にもいかないので、俺の部屋の寝台で寝てもらっていたのだ。
娘はしばしばと瞬きをしながら、寝ぼけ眼で自分の右手につけられた縄を見た。
「すまんが、縄をつけさせて貰った」
「……」
「話を聞く間もなく、お主がいきなり倒れて眠ってしまったのでな。悪く思わないでくれ」
「………………ふーん、そうか。陰陽術を使い過ぎるとこうなっちゃうんだ…………やっぱ無理してでも呪力量MAXはあったほうが良かったかなァ」
娘は俺の言葉を聞いているのかいないのか。何やら独り言を呟いた後、俺の方に視線を向けた。その澄んだ瞳でこちらをジッと見つめられると思わず視線をはずしてしまいそうになるが……いや、油断はならん。この娘は強大な陰陽術を使う危険人物なのだ。監視を緩める訳には……しかし、それにしてもキレイだ……って、イカンイカン。
娘は次いで己自身に視線を向ける。服やら何やらをペタペタと触って身体に相違ないかを確かめているようであった。ふむ、倒れた時にケガをしたり、何か持ち物を落としていないか確認したいのだな。当然のことだ。
「ふうん。アナタ紳士なんですね」
「は?」
「アナタお名前は?」
なんというか……サシコ以上に調子が狂う。
「……俺は村雨岩陀歩郎。この見張り棟の兵士だ」
名乗りを終えると、照れてばかりもいられないので、娘の瞳をまっすぐ見据えて質問した。
「お主、一体何者だ? 何故あの様な場所にいたのだ? それにあの強大な陰陽術は……」
俺はそう問いかけながら、娘の姿を改めて観察する。
やはりかなり若い。年の頃はサシコより少し上で、16~17歳と言ったあたりであろうか。少なくとも幾年も陰陽術の修行を積んだ術士にはとても見えない。
「ナニモノカ、ナニモノカ…………うーん、なんと説明すればいいのかな? まず、私、異世界転生してきた別の世界の住人なんですけど……と言って信じてもらえるかどうか……」
それは予想していた答えと同じであった。この世界の住人であれほどの陰陽術を「触媒」も無しに発動できる者はいない。出来るとすれば異界の者しかいないのだ。そう、異界からやってきたあの男のように……
「なるほど。やはりそうか」
「……あれ? 信じてくれるんですか?」
「ああ、他にも異界人を知っているからな」
俺がそう答えると、娘の表情がいきなり明るくなった。
「えっ!? 本当ですか!? じゃ、じゃあ、その人が今どこにいるかって分かりますか??」
「ああ、知っているとも。この国の住人なら誰でも知っている……何故ならその異界人はこの国の帝なのだからな」
「帝!? 兄貴、帝やってるの!?」
……聴き間違いだろうか。今……“兄貴”と……
そう言ったように聞こえたが……
「うっわ~……よりによってあの根暗がねえ! でも、兄貴なら神様から貰った能力で調子に乗りそうだし、有り得るかー」
「お主……今、帝を…………兄貴と、呼んだのか?」
「えっ? ああ、そうです。その異界人の帝ってたぶん私の兄です。私は兄を連れ戻しにこの世界に転生して来たんですよ」




