第45話 覚醒!
前回のあらすじ:マキにマガタマの話を聞こうとしたその時、ガンダブロウの体に異変が……!? 一方サシコは訓練の間にて紅鶴御殿の近衛兵たちの修行を見学していた。
※今回はサシコ視点
「はあっ!!」
日出代さんが剣を振るうと、畳5枚ほど先にある金属性の薄い板状の的がバシン!と音を立てて揺れる。これは六行使いの剣士が行う、最も基本的な稽古で「遠当て」というらしい。
「うう……やっぱり羨ましいっ!」
室内訓練場──太刀守殿が去った後、後学のため近衛兵のお姉さんたちが六行の技を練習するのを見学させてもらっていると、六行を使えない自分へのもどかしさが沸き上がって来る。
「サシコさんも何年か訓練を行えばきっと出来るようになりますよ」
励ましてくれる、日出代さんの優しさがまた辛い……
「…………やっぱり六行を使えるまでって結構時間はかかりますか?」
「そうですね。私の場合は11の時に修行を初めて一人前になるまでに3年……」
「それでも速い方よね。あたしなんか、一人前になるのに6年かかったわ」
「あたしは7年」
実戦で六行の技を使えるようになるまでは才ある者でも数年の修行が必要……というのは既に太刀守殿から聞かされていた事だったが、改めて具体的な年月を言われると、とてつもなく長い道のりに感じられた。
「あっ、でもコジノは1年だったわね」
「あー、でもあのコは特別だからねー」
「コジノ……さん?」
「ええ、以前に紅鶴御殿史上最高の天才と言われた人がいましてね……その人は修行開始からたった1年で近衛兵になりましたが、それは異例中の異例の事なので、あまり参考にはならないかもです」
うっ、紅鶴御殿に集められるのは選りすぐりの天才だけと聞くけど、その中の最高の天才をもってしても1年……まったく気が遠くなる。
いや、もともと分かっていた事だ。どんなに頑張っても今回の旅で太刀守殿と肩を並べて戦えるようになるのは難しいという事は……だけど、どんなに頭で理解していてもやっぱりもどかしいものはもどかしいし、悔しいものは悔しい!
自分と歳のそう変わらない日出代ちゃんが六行の技を使っているのを見てしまうと、余計にそう思える。
「サシコちゃん、焦る気持ちも分かるけど、気負い過ぎもよくないよ」
「そうそう。感情を自分で抑えるのも六行の修行のうちだしね」
あたしの思い詰めた様子を見かねてか、他のお姉さんたちにも優しい言葉をかけられる。
「そうだ!そんなに六行使いになりたいなら紅鶴御殿で修行しない?」
「えっ!?」
意外すぎる誘い──あたしが紅鶴御殿で修行!?
「あ、それいいね!サシコちゃん、筋がいいから隊長もたぶん許してくれるし」
「ウチの修行は厳しいけど、六行を覚えるにはこんなに良い環境他になかなか無いと思うよー」
なんて優しい人たち……!
涙が出そうになるほど嬉しい誘いだけど、でも……
「とても有難いお話です。出来るなら私もここで修行したい。でも……あたしは太刀守殿のお側で旅のお役に立たなければいけないし、それにあたしの師匠は太刀守殿一人だと決めているんです」
あたしが六行の力を得たいのは太刀守殿のため。それならここで離ればなれになってしまっては意味がない。あくまで、太刀守殿のお側にいながら六行の技を覚えて強くなる──それがあたしの信念だ。
「サシコちゃんは太刀守様が好きなんだね」
「…………はい」
「そっか。それなら仕方ない。恋する乙女は止められないからね~。でも、自分の六行の属性を調べるのだけはやっておいた方がいいよ」
あっ、そうだった。太刀守殿が六行の技を覚えるにはまず自分の属性を知る事が必須とおっしゃっていた。確かあの吉備牧薪が六行の属性を調べる事ができるとか……
「そうですね。お願いしたいです」
正直、あの淫乱女の力を借りるのはシャクだけど、背に腹は代えられない。太刀守殿のお役に立てる可能性が少しでもあるなら、あたしはどんな事でもしなくちゃ。
「よし、決まり!それなら、隊長に言って属性を調べる許可をもらわないと……」
「何やってんだい、暇人ども?」
「おっ。噂をすれば、だ!」
七重お婆さんが訓練室へと入ってくると、近衛兵のお姉さんたちに呆れたように眼を向ける。
「まったく、剣の修行もいいけど、今はやる事がたくさんあるんだから現場の方に出な。人手が全然足りてないんだよ」
七重お婆さんは避難していた町の人を家に帰したり、楼蘭堂の残党の行方を調べるなど、紅鶴御殿の近衛兵たちの指揮を採っていたようである。昨日あれほどの戦闘を行った後だというのに、その疲れなど全く感じさせないのだから凄い。
「は~い! ただ、その前に一つ許可頂きたい事が……」
「何だい?」
「六色検知の儀式をサシコちゃんにしてあげたいんですけど」
「なんだ、そんな事なら構わないよ。サシコは今回の戦いでも貢献してくれた事だしね。儀式が出来る巫女たちで今手が空いてそうなのは……ああ、マキがいるね。あのコに頼めばすぐに…………ん……ちょっと待ちな。この気配……」
七重お婆さんは、その厳格な視線を今度はあたしに向ける。
えっ?えっ?
あたし、何か気に障るような事、しちゃってました?
「まさか…………いや、有り得ない事ではないけど……」
「ええっと? あの……何か……?」
「…………サシコ。ちょっとあの的に向かって剣を振ってみな」
的って六行使いの「遠当て」用の的の事よね……んんっ?
ええと、つまり…………どういう事だろう?
「遠当てをやってみろ、と言ってるのさ。近衛兵の稽古を見てたなら、何となく勝手は分かるだろう」
「え?あ、ええ、分かります。でも、あれは六行の技を試すためのもので、あたしはまだ六行の属性すら分からないですし、それに……」
「いいから!やってみなさい」
「はっ、はい!」
訳が分からない。でも、七重婆さんの眼は真剣そのもの。あたしは七重婆さんに言われるがまま、訓練用の木剣を握る。
「さあ、集中して。あの的を本当に斬るつもりで打ち込むんだよ」
こんな事して何の意味があるかは分からないけど、格好だけでも六行使いのつもりで…………すぅー、はぁー。深呼吸して剣を構える!
「てやあ!」
あたしは気合いを込めて剣を振った!すると……
パシッ……
微かだけど、的が揺れた……!
「えっ!? 当たっ……なんか出た!?…………て、えっ!?何で??!」
あたしが自分のした事に驚いたのと同様に、周囲で今の様子を見ていた近衛兵のお姉さんたちも心底驚いていた。
「う、うっそお!?」
「今のって、風行の技だよね?」
「すごいですよ、サシコさん!」
あたしが風行の技を……!?
でも、どうして?今まで六行の修行をした事ははおろか、自分の属性すら知らなかったのに……
誰もが混乱する中、七重お婆さん一人が納得したように頷き、事の真相を教えてくれた。
「サシコ。あんたは熊野古道伊勢矢の風行の技を喰らったと言ったね」
「は、はい。あたしは気絶してしまったのでよく覚えてはないですが……」
「うむ。通常、六行というのは才ある者が何年も修行をして、ようやく身につける事が出来るものだけれど、稀に自分と同じ属性の六行の技を受ける事で、強制的に六行に覚醒する事があるのさ」
「えっ? そうなんですか!?」
えー!そんな方法があるなんて初耳です!
周りの近衛兵のお姉さんたちも驚いているし……
「ああ、この方法なら数年はかかるとされる修行を行わずに六行を会得できる。ただ、これは非常に危険な方法で、下手をすると命に関わる事だから六行修行では禁じ手とされ、広く知れ渡ってはいないのさ」
「な、なるほど……つまり、あたしはたまたま属性が風行で、熊野古道伊勢矢の技でたまたま覚醒したということですか?」
「そのようだね。戦場で六行使いが悪意を持って技を振るう場合、六行を使えない者は命を奪われるか、後遺症が残るほどの重傷を負う事がほとんどなんだけど…………今回は本当に運が良かったよ」
確かに熊野古道伊勢矢は技の力を抑えていた上にあたしが気を失った後、怪我の治療までしてくれたという……これは熊野古道伊勢矢に感謝しないといけないかもね。
しかし、そうと分かればこうしちゃいられない!
「あっ、どこいく気だい?」
「太刀守殿に報告しにいくんです!司教の間というのはどっちですか?」
居てもたってもいられなかった。今すぐにでも太刀守殿にこの事を知ってもらわなければ!そして、今度こそちゃんとした六行の技の指導をしてもらうんだ!これであたしが皆の足を引っ張る事はなくなるし、太刀守殿も喜んでくれるはず。
「太刀守殿!あたし、六行の技を……」
喜び勇んで司教の間に駆け込んだ時──目に移った光景にあたしは言葉を失った。




