第41話 対決・御庭番十六忍衆③! VS熊野古道伊勢矢(後編)
前回のあらすじ:熊野古道伊勢矢は風行と識行の2つの属性を持つ六行使いであった。風行を解禁した熊野古道伊勢矢の前にマキは劣性に立たされる。果たして突破口はあるのか?
「風行【笠刃】!!」
「くっ……!」
熊野古道伊勢矢の風行の技に押し込まれると、ついに壁を背にするところまで後退してきてしまった。
「さあ、早く降参するんだ!君が苦しむ顔はもう見たくないよ」
「そう!それなら、貴方が退いてくれないかしら!」
今はなんとか凌いでいるけど、このままではジリ貧。何とか状況を打開したいけど、もう少し間合いを詰めないとどうしようもないわね……ええい!村雨君はまだ来られないのかしら?
「では仕方ない……風行は加減が難しいので乱用はしたくないのだが……」
熊野古道伊勢矢が手をかざすと、黒い風がかまいたちとなって迫り来る。
私は横っ飛びし、攻撃を回避。すると黒い風は私のいた場所の壁に直撃し、轟音とともに大穴が空く…………あ!しまった!そこは……
「「「「 きゃああああああ !!!! 」」」」
大勢の悲鳴……そこは西鶴翼の間!町の人たちの避難場所だ!
「おお、姫たちよ。そこに居たのかい……!」
熊野古道伊勢矢にも当然気づかれる。しかし、彼は目的地にたどり着いた喜びを見せる素振りもなく、むしろ動揺している様子であった。
「ああ、僕はなんたる非礼を……女性たちが居ると知っていればこのような無粋なマネはしなかったのに。みなさん、ケガはないですか!?」
馬鹿にしているのか、本気で言っているのか……何にせよ誘拐しにきた女たちの身を案じるとはつくづく可笑しな男だ。
「司教様! 助太刀します!」
「あっ! 待った……」
避難場所の警護をしていた近衛兵が熊野古道伊勢矢に斬りかかる。しかし、実力差は明らかであり、斬撃は結界であっさりと阻まれた。
「怒らせてしまってすまない。この埋め合わせは後ほどするよ。だけど、今は……」
「うっ!?」
熊野古道伊勢矢が白いひなげしをかざすと、近衛兵は即座に意識を失う。熊野古道伊勢矢はご丁寧に彼女が倒れる前に抱き止め、床にそっと寝かせた。
「さて、と」
熊野古道伊勢矢は視線を町の女性たちに向ける。頼りにしていた近衛兵が一瞬で倒されたのを見た彼女たちは激しく動揺した。
「なになに!?ここは安全じゃなかったの!?」
「嫌! こっち来ないで!」
「あ、でも結構イイ男……」
まずいわね。彼女たちに熊野古道伊勢矢の悪意ある陰陽術に対抗する手段はない。なんとか、彼女たちを守りながら戦わないと……
「あら、まだ私を相手にしてる途中なのに別の女に目移り? まったく失礼しちゃうわね」
「おっと、失礼。しかし、僕を必要とする女性はまだたくさんいてね」
私は町の人たちから気を反らすべく式神【征矢雀】を放つが黒い風に弾かれ届かない。
「名残惜しいが君の接客時間はここまでさ。そろそろ眠っていてもらおう」
熊野古道伊勢矢は再び黒いかまいたちを発生させる。私だけならまだ避け続ける余力はあるけど、動き回れば町の人にも被害が出てしまう。もう猶予はない。まだ確実な間合いじゃないけど、イチかバチかアレを使うしかないか。
私がアレを取り出すため懐に手を入れたその時──熊野古道伊勢矢の背後に飛びかかる影!あ、あのコ……
「とやあー!!」
「むっ!?」
サシコちゃん……!?
しかし、熊野古道伊勢矢は結界を使っている!六行を使えない彼女では結界は破れないはずで……
「ぐゥッ!!」
熊野古道伊勢矢はこちらに風行の力を集中させ無防備になった背中に斬撃を浴びる!
「や、やった!」
こ、攻撃が当たった!? 六行使いの近衛兵でも簡単に攻撃を阻まれたのに、一体どうやって結界を…………あっ!
「その刀っ……!」
サシコちゃんが持ってる刀……あの特徴的な漆黒の刀身は、かつて七重バアが戦場で使っていたとされる伝説の名刀・天羽々斬だ!天羽々斬はそれ自体に六行を破る不思議な力が宿っていると聞いた事がある。七重バアがこんな時の為にその刀を授けていたのね……さすがは百戦錬磨の老兵!いざという時はホント冴えてるわね!
「こうなったら、もう一太刀……!」
深追いはダメ!と、声を上げる間もなく更にもう一撃加えんとサシコちゃんが仕掛ける。
「てぇい!」
鋭い踏み込み!
…………が、奇襲が通じるのは一度まで。熊野古道伊勢矢は振り向き様、風行の力でサシコちゃんの攻撃を阻んだ。
やばい!六行を使えない彼女はヤツの技を防ぐ術がない!
「きゃあッ!?」
「な!?……しまった!?」
風行を受けたサシコちゃんは勢い余って畳数枚分ほど後方に吹き飛び、床に倒れた。熊野古道伊勢矢は相手が六行使いの近衛兵と思ったのだろう。とっさに風行の技を使ったが、加減を間違えて彼女を傷つけてしまった事にひどく動揺していた。
「くそっ!僕としたことが何たる不注意!」
熊野古道伊勢矢はサシコちゃんにかけよると、意識を失った彼女に一輪の花をかざした。
「これは梨の花……花言葉は"癒し"」
熊野古道伊勢矢は自身も傷ついているにも関わらず、自分の治療よりもその傷をつけた相手の治療を優先した。その背中は全くの無防備であり、今攻撃を仕掛ければ恐らく彼を倒す事は容易いだろう。
「…………」
しかし、流石に今は仕掛ける事はできない。私はサムライじゃないし、決闘の作法など馬鹿馬鹿しいとすら思うが、ここで攻撃をしてしまうほど心を邪悪には出来ない。
……悔しいけど彼の信念は本物だ。
「このお嬢さんはあの時の…………それにこの剣。なるほど、七重さんの策か。どうやらあの人の明敏さはあの時から少しも衰えていないようだな」
治療が終わると熊野古道伊勢矢は立ち上がり、おもむろにこちらに振り返る。
「どうやら、これ以上悠長にはしていられない様だ」
彼の表情に余裕はない。戦力的に追い詰められた訳ではないが、戦いがこじれて誰かが傷つくような事を避けたいのだろう。よくよく思い返せば、彼が今回用いた作戦は徹底して女たちを傷つけない事に焦点を置いていた様な気がする。
「無礼は承知の上、多少強引にいかせてもらう……!」
正門に雑魚ばかり配置したのは、簡単に倒されることを計算の上で、近衛兵が傷つかないための配慮。こちらの戦力を一極集中させようとしたのも、主戦力を秘密裏に潜入させようとしたのも、なるべく遭遇戦を避けたいと考えたため。まったく惚れてしまいそうな程に完璧な紳士ぶりだが、目的が女たちを誘拐して歓楽街に連れていく事なのだから、やはり見過ごせない。
「 経緯に編み織る綺羅糸に…… 幾百連なる幻夢の相……」
陰陽術の詠唱。この気配……今までで最大の術を使う気ね!
「 四季七曜の折りなすは…… 風花雪月の万華鏡…… 風識合行【千編万華・絢吹雪】!!!」
熊野古道伊勢矢が術を発動させると、彼の周囲に幾千幾万もの多彩な花が出現する!アジサイ、ひなげし、桔梗、ヤマユリ……そして薔薇!視界はまるで万華鏡のような華麗さであった。
「はれぇ……?」
花に触れた町の女性数人の眼が虚ろになる……ま、まさか、この花すべてに精神干渉の効果があるというの!?
「ふふふ、美しい眺めだろう?まさに百花繚乱……いや百花楼蘭の風情だ! お察しの通り、この美しさが奪うのは人の視線だけじゃない……花に触れれば、その花言葉が触れた人の心を支配する!御庭番十六忍衆・熊野古道伊勢矢の最大の術さ!」
まったく、何て規模の陰陽術なの……!これほど無数の花は私の結界だけじゃとても防ぎきれない……まして、町の人を守り切るなんて到底無理!
だけど、同時に付け入る隙も見えた。これ程の大規模な術には大量の呪力が要るが、いかに熊野古道伊勢矢といえどこの術を維持しつつ、透明化や結界を張ることは出来ないようである。つまり、この術をうまく掻い潜る事ができれば、こちらの攻撃も当てられるという事……!
「ここが勝負所ね……!」
乗るか逸るか、五分五分のところ……だけど、ほんの少しだけこっちに天運が向いてきたかな? 感じる……西鶴翼の間に走ってくるこの気配……ようやく来てくれたわね!
「火行【濃灯火壁】!!」
「何ィ!?」
町の人たちの前を遮るように炎の結界が展開すると、同時に歓声が上がる。
「何これ!よく分かんないけど助かった!?」
「これは、あのコの結界なの?」
「やだ……あのコ、可愛いじゃない!」
黄色い歓声を背中に受けるのは、最強の剣士ではなく奇異な服を来た華奢な女の子……
「アカネちゃん! いい所で来たわね!」
「はあ、はあ、ギリギリセーフ! 間に合ってよかったー!」
増援到着!村雨くんより先に彼女が来たのは意外だったけど、結果としてはアカネちゃんの結界術はこの場の状況打開にはドンピシャ最適解!識行の無数の花は、みるみる炎の銀幕に飲み込まれ数を減らしていく。
「くっ……僕の花が……!」
先ほどまで豪雪のごとく視界を覆っていた花吹雪も今や細雪程度。熊野古道伊勢矢の姿もこの眼でしっかり捉えた。距離はおよそ畳五枚半。この間合……これならいける!
「ゼハー、ゼハー! 吉備さーん! あたしも限界近いんで、あとよろしくですー!」
十分よ、アカネちゃん!今なら一瞬で決められる!
何せ、コレには術の詠唱も矢をつがえる時間も不要……遺跡の発掘で見つけた私の切り札。片手で持てる小さな砲門・神器【稜威の高鞆】!!
私は狙いを熊野古道伊勢矢に定め、引き金を三度引く──その度に火薬が爆ぜるパンッ!という渇いた音が響く……
「が……がはっ!」
うち一発が熊野古道伊勢矢の胸部に命中!血を吐き、熊野古道伊勢矢が膝をつく。
「え!? 今のって…………け、拳銃!?」
アカネちゃんは酷く驚いた様子。やはり異界人はこれを知っているのね……
「げほっ、何だこれは…………術ではない……鉛? 小型の大砲のようなもの……か?」
熊野古道伊勢矢の負った傷は相当深い。だが油断はできない。残弾は三発。私は【稜威の高鞆】を構えたまま、倒れた熊野古道伊勢矢に近づき確実に頭を狙える位置まで距離を詰めた。
「ぐうぅ、血が流れ過ぎて…………治癒も間に合わない……このままでは、体が……僕はあの姿になる気は……こ、ここではマズイ……ダメだ…………まだ…………が、があああっ!!」
な、何!?熊野古道伊勢矢の気配が突如禍々しさを増し、呪力も増幅していく……これは一体!?




