第38話 三正面作戦!(後編)
前回のあらすじ:【南】アカネVS見呼黒子(肆號)、【東】ガンダブロウVS楼蘭堂幹部四人衆、【西】マキVS熊野古道伊勢矢。紅鶴御殿を舞台にした三ヶ所同時の戦いは戦局が大きく動き出す。
※一人称視点 アカネ→ガンダブロウ
「……………………ふうっ! 危なっ!」
私はせまりくる砲弾に対し、大きく10メートルほど横っ飛びした。着地時に2、3歩よろけるも、なんとか回避成功だ。
「すー、はー!」
からくり人形の空中からの一斉射撃を上手くかわせた事に安堵し、ひとつ深呼吸をする。
「ほお、これはまた驚きました! 今の身のこなし……身体強化の術を使っていましたね?」
「ええ、まあね」
お察しの通り。普通の女子高生の身体能力で大砲の弾など回避できる訳がない。
私はここに到着する直前に身体能力を一定時間の間数十倍に強化する火行【媒倍火】という術を使っていた。そのため結界との衝突で減速していたとはいえ、常人の動体視力では到底捉えられない砲弾の形や弾道を難なく見極められたし、豹のような瞬発力とジャンプ力で跳躍する事もできた。しかし、今までの人生でドッチボールの投球より危険なものをかわしたのははじめてだ。流石にちょっとドキドキしたぞ。
ふぅ、スリリングなのは良かったんだけど、当たってしまって痛いのは勘弁だ。それにやられっぱなしというのも気分が悪い。今度はこっちのターンといきたいところだけど、その前にどうしても1つ聞かなければならない事があった。
「ねー、あなた痛みは感じるの?」
「…………はい?なんですって?」
「痛みです。攻撃が当たると人形でも痛かったりするんですか?」
ウン、やっぱりこれは聞いとかないとね!
この前は特に何も考えず、人形=人間ではない、と思って陰陽術で黒子"参號"を破壊してしまった。でも元いた世界の常識は通用しない世界なのだ。人形だって痛みや苦しみを感じるかもしれないし、人権?だってあるかもしれない。
あれからその事が少し気がかりで、それを聞くためにも志願して人形との戦いにのぞんだのだけど……
「…………」
あれ?黙っちゃった。
どうしたのかしら?もしかして今の言い方はちょっと失礼な聞き方だったのかな?人形差別的な……
「…………ふっ! ふはははっ! 戦闘中に何を言い出すかと思えば、敵の心配ですかっ? しかも人形の私に!? これは傑作だ! ほっほっほっほ!」
人形にはよほど私の台詞がおかしかったのだろう。ひとしきり人を見下すような笑いを上げてから吐き捨てるように問いに答える。
「安心してください! 私は痛みなど感じませんし、破壊されたからといって辛くも悲しくもない! 人形はあなたがた人間のような惰弱な感情を持たないのです!」
「……ふーん」
「私が感じる感情はただ1つ! 弱者を蹂躙した時の"悦び"! それだけです! ほーほっほ!」
そう言うと人形は邪悪な笑い声と共に体中に隠されていた砲門を展開した。
「そっか」
私の考えが甘いのはよく分かってる。元いた世界の倫理観をこの世界に持ち込んだとしてもきっと意味などないという事も……ただ、それでも人を思いやる事が争いを避け、お互いの関係をよりよくするのだと信じたかった。
「さあ! 今度こそ死んでもらいましょう!」
先程よりも激しさを増した砲撃──迷っている暇はない!
「ヒモンガくん!」
足元に火行【鼯火】を二体召喚し、私はその上に両足を乗せて空中に飛び出した。
「なっ、なんですと!?」
空中にいるアドバンテージから接近されるとは思っていなかったのだろう。からくり人形は慌ててこちらに射線を向けるが、私のスピードが上だ。砲弾の雨をかいくぐり、術の射程距離まで一気に間合いを詰めながら陰陽術の詠唱を行う。
「 熱砂の床這う 矮獣の覇王よ 尖歯の矢を射て 巨獅の牙城を討て……火行【鬼火天竺鼠】!!」
巨大な炎のカピバラさんを出現させ、からくり人形に攻撃を仕掛ける。
「おッ……おおォ……!!」
「ヂュヴゥ~!!」
突っ込んだカピバラさんの炎の歯が人形の腹部に直撃!
人形はバチバチと火花を散らし、煙を上げながら落下する。そして、地面へ激突すると同時に爆発炎上した。
「ぐ…………な、なんたる威力………………耐熱の【須天烈合金】製のこの体を火行の術で破壊するとは…………し……しかし……」
私も機を見て炎上するからくり人形"肆號"の近くに着地する。
「ほほほ…………異界人の戦闘力…………情報収拾…………させてもらいましたよ……」
むっ!こいつ、やけに挑発してくると思ったら、私の戦闘データを集めるのが目的だったのね!これでまた次は更に対策を練ってきた人形を送り、それを倒されてもまたその次もっと対策を練った人形を送ってくる……人形使い本体は危険を冒さず、それを私を倒すまで延々続けるという訳ね。確かに合理的だが、まったく地異徒と呼ばれる異界人のわたしが言うのもなんだけど、呆れるほど卑怯な作戦だ。
「お人形さん……」
勝ったというのにまったく爽快さはない。炎上する人形を見下ろしていると、腹いせのダメ押しを撃ち込みたい気持ちが沸いてくるが、ガンダブロウさん曰く「決闘の勝者は敗者がどんな相手であっても、敬意を忘れてはならない」との事。ここはグッと堪えて、私もその慣習に習おうと思う。
「ええっと……辞世の句はあるかしら?」
ガンダブロウさんの受け売りで人形に問うてみる。
「くくく、これまた面白い事を……異界人がサムライ気取りとはね…………人形……は…………そのような感傷を……垂れ流しは……」
そこまで話したところでからくり人形は機能停止。それ以上は動かなくなった。同時に私の身体強化に使用していた火行【媒倍火】も解除する。
「はあ……しんどーい」
一安心すると疲労がどっと押し寄せる。陰陽術に呪力を消費すると走ったりする以上に疲れるのは分かっていたが、実戦だとここまで疲労を感じるものとはね……いやー、練習の時の何倍も疲れたよ。
一旦休憩したいところなんだけど、まだ他の場所ではガンダブロウさんと吉備さんが戦ってるはず。ここはいそいでヘルプに行くのが筋ってものよね。
…………私はこの世界の人には、たとえそれがどんな悪人であっても地異徒を使って直接危害を加えるつもりはない。もちろん最低限、自分の身は守るけどそれ以上の事をしてしまえば、どんな理由であっても兄貴と同じになってしまう。だから、たとえどれだけ非難されてもこの誓いを破るつもりはない。私はこの世界の住人じゃなく、いわば仕様外のバグのような存在だ。善であれ悪であれ、バグはなるべくこの世界に干渉してはならない。
ただ、それでも…………矛盾しているかもしれないけど、ガンダブロウさんやサシコちゃんたちを見捨てるような事もしたくはない!
今はその矛盾に答えは出せない。でも、相手を傷つける術を使わなくとも、何か出来る事はあるはずだ。少しでも、みんなを手伝える事がわたしにあるのなら…………やっぱり、すぐ行かなきゃ!
「さて、東と西……どっちに向かおうかな?」
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「死んじゃえ!!」
キィーン!と耳に残る刃と刃の衝突音。
俺は7度目の連携攻撃に対して、真っ向から刀を撃ち合った。
「ふんッ」
「おっとと!」
四人のうち、唯一深く打ち込んできた美少年風の男をつばぜり合いからはじき飛ばすと、再び敵の陣形とは間合いが開いた。
「おら、オキタ! 連携乱して深追いしてんじゃねえ!」
色黒の男前が檄を飛ばす。
「はいはい、分かってますよっと!」
ふーむ、やはりこいつら中々強いな。四人がかりとはいえ、元太刀守である俺と剣術戦で渡り合える者はそうはいない。連携戦術の錬度も太刀筋も見事である。しかし、彼らが俺とここまで互角に戦えているのには、それ以外にも大きな要因があった。
「お前ら、六行の技は使わないつもりか?」
そう、ここまで7度の攻撃を仕掛けてくる中でやつらは1度も六行の技を使ってこなかったのだ。
「さて……どうでしょうかね?」
俺の無外流【逆時雨】は"後の先"の返し技だ。相手の六行を吸収できなければ威力を出す事はできない。
「ふっ、からくり人形の入れ知恵か」
やつらが六行の技を使わないのは明らかに俺の剣術の特性を知り、技を出させないよう警戒しているからだ。現に何度かわざと隙を見せて相手の大技を誘ったが、普通の剣撃以外は仕掛けてこなかった。
やはり、あの人形から俺の戦い方の情報を得て対策を練ったのだろう。考えてみれば、今まで敵対者で俺の技を知って生き残った者はほとんどいなかった。だから戦いの前にここまで対策を練られた事はほとんど初めての経験だ。
……やり辛さはある。しかし、だからと言って、その程度の工夫で倒されるほど太刀守の名は軽くない!
俺は草薙剣を鞘に納めると、それを床に置き目を閉じた。
「さあ、来い!!」




