第2話 目覚めの暁!
前回までのあらすじ:オウマの見張り兵・ガンダブロウは帝の命令で毎日草むしりをさせられていた。無限に続く無為で退屈な日々……しかし、そんな徒然なる日常も終わりが近づいていた
明け方、突然の轟音に目を覚ます。
いや、正確には音が伝わる前に衝撃波が寝床を揺らしたので、強制的に起こされたと言う方が正しいだろう。
「何事か!!」
俺は外の様子を確かめるためにとっさに詰め所を飛び出した。野盗の襲撃とも思ったが、音のした方角がタタミ砂漠の方であった事からその考えはすぐに消えた。代わりに純粋な疑問符だけが残る。
「なっ……何だあの噴煙は!!?」
時刻は明け方の6時前。辺りにはまだ夜の薄暗さが残っていたが、タタミ砂漠に巨大なキノコ雲が立ち上っているのがハッキリと確認できた。
「なななな、何だこりゃあ!?」
「ど……どうなってんだよ一体……」
俺が外に飛び出してから遅れること数十秒。詰め所にいた兵士たちがゾロゾロと外にまろび出て、異常事態を把握する。チッ、呑気なヤツらだ。
「皆、聞いてくれ!」
俺が声を張ると、兵士たちは寝ぼけ眼をこちらに向けた。
「詳細は分からぬが、明らかに緊急事態だ! 誰か数名の者は極北指令府まで馬を飛ばし、状況の一次報告をせよ! 残った者たちは司令部から指示があるまで武装して見張り棟を固めるんだ!」
そう俺が指示を飛ばすとすぐに「何故そんな危険な事をやらねばならぬのか」「今は勤務時間外だ」「連絡係りの者だけ危険が少なく不公平では無いか」などと不満の声が吹き上がった。次いで、俺に対する抗議。
「お前は指示を出すだけで何もやらぬのか!」
「元近衛兵だからと言って俺たちに指図する権利はないはずだ!」
「一人だけ安全な所に逃げるつもりでは無いか!?」
全く、この期に及んで……
「俺はこれより現場に直接検分に参る!」
「なっ!? 独断専行が過ぎるぞ! 状況が不明な以上、ここは増援を待つべきで……」
「それでは見張りの意味が無かろう! ここで仕事をせずにいつ仕事をすると言うのだ! 誰ぞ、付いてくる者はおらぬか!」
「い……いや……」
その時再び轟音が鳴り響く。先ほどよりは幾分か衝撃が少なかったが、見るとタタミ砂漠にもう一本の噴煙が上がっていた。
「う、わああ!」
詰所の兵士たちの狼狽はいよいよ酷く、持ち場を捨てて逃げる者、すくみあがる者、無益な議論を始める者などで溢れ返った。これ以上の問答は無意味だろう。どのみち、危機が目の前まで迫てきたのなら各々対処せざるを得ないのだ。俺は詰め所から見張り棟に向かって走った。
「どうなってんだよ! 聞いて無いぞこんなの!」
「オイ、こういう時はどうすればいいんだ!?」
「何で俺の当番の時にこんな事が起こるんだ!」
見張り棟の兵たちも、案の定浮足立っていた。
「オイ!! 誰か状況を説明できるやつはいるか!?」
一応聞いてみるが、返ってくるのはしどろもどろで要領を得ない事ばかり。二階の見張り台に目を移すと、サシコが怯えた顔でいるのが見えた。相当動揺している様子だが、無理も無い。
土煙が立ち上る地点までは目測およそ半里(約2km)。彼女に話を聞くよりも自分の目で事を確かめた方が早いだろう。そう思った瞬間には草履を脱ぎ捨て、国境の壁を飛び越えていた。
「あ…………た……たっ、太刀守殿……」
見張り台のサシコが俺の姿を確認し、何かを伝えようとする素振りを見せた時、三度目の爆発が起こった。
地平の先に橙色の閃光が弾けるのをはっきりと目にとらえた。やはり尋常ならざる何かが起こっている。サシコの話を聞きに戻る余裕もなく、俺はタタミ砂漠を走りだした。
後で思い返せばこの時、見張り棟の者たちと連携しようとせずに飛び出したのは、何も彼らが烏合の衆と化していたからだけでは無かった。
俺は緊迫した状況の中に、何とも説明できない高揚感を抱いていた。変わり映えのしない退屈な日々からの解放を密かに期待していたのかもしれない。
だから、居てもたってもいられなった──結局はそれが答えだろう。俺は戦士の本能に従うまま、無人の野を風になって駆け抜けた。
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俺は武器一つ持たず、予感めいた何かに引き付けられるように爆心地を目指していた。
相変わらずタタミ砂漠では断続的に衝撃音が鳴り響いている。その度に火柱やら閃光やら竜巻やらが視界に現れた。どれも最初の爆発ほどの威力は無いようであったが、目の前でそのような超常現象が起こる毎に鼓動が段々と早まっていくのを感じた。
「うっ……これは……」
爆心地周辺にたどり着くと、辺りには何ヵ所もの大穴が空いていた。もっとも大きいものではおよそ数百畳ほどの広さがあった。落雷ではこれ程の大穴が空く事はない。何百貫もある爆薬か超大規模の陰陽術か……いずれにしても凄まじい程の破壊力だ。
これほどの事が出来る者は俺の知る限りでは一人だけ。そう、あの帝だけしかいない。
しかし、帝がこんなところでこれほど強大な陰陽術を使っていたのだとしたらそれは一体何のために?戦争兵器の実験でも行っていたというのか?
「ムッ!」
大穴から少し離れたところに気配を感じた。まだ真新しい噴煙の向こう側に誰かが立っている。その人物は両手を虚空にかざし、何か言葉を呟いていた。
「地母の孕裂きし焔脈の大蛇よ…… 六道四界総てを飲みて…… 赤き一宇の光点とならん……」
「これは……陰陽術の詠唱ッ!」
瞬間──激しく大気が震え、巨大な火柱が現れた。赤々と燃え盛る壁がブナの巨木の何倍も高くそびえ立つ…………なんという威力ッ!触媒を使わずにこれほどの陰陽術が使えるとは……
「えっと、今のが、火行【極星核鎚】か……うーむ、オンミョー術ってのは強さを制御するのが難しいんだなァ」
少しずつ炎が消えていくと、大穴の縁に立っている者の姿がおぼろげながら見えてくる。どうやら女人……それもかなり若いようであった。
「貴様、何者だ!」
俺が声を上げると、女は驚いてこちらに振り向いた。




