第36話 三正面作戦!(前編)
前回のあらすじ:紅鶴御殿の正門を攻める楼蘭堂の手先は美しき近衛兵たちに次々と撃退させられる。しかし、この動きはあくまで囮と見抜くマキ──敵の真の狙いはいかに!?
ズドン!と何かが爆ぜる音が響くと、南の外壁に黒煙が立ち上る。
「うしろ!? 挟み撃ちか!」
北側の正門を攻めて意識をそちらに向けさせ、反対の南から奇襲するのが敵の狙いか。ならば戦力を正門の第一波に集中させなかった判断は大正解である。
「あっ! あいつ!」
いつの間にか用意した双眼鏡で爆心地を観察していたアカネ殿が叫ぶ。煙のあたりには人型の何かがフワフワと宙に浮いていた。俺も双眼鏡を借りて、攻撃者の姿を確認する。
「あれは……無線傀儡!」
能面法師とかいう奴が操るからくり人形だ。虹の泉で伊達我知宗と戦った時にいた奴とほぼ同じ形状──奴が増援に来たという事は、楼蘭堂から逃げたのがアカネ殿であるという事がバレたようだな。
「ほっほっほ! さあ、出てきなさい!」
再び爆発音が響く。今回の人形が前の人形と異なっているのは、腕部が大筒になっている点。そこから南壁面に砲撃を仕掛けて穴を穿つつもりの様であった。前回の戦いで俺たちの力を知り、戦闘に特化した人形を派遣したのだろうが……ふん、上等だ!
「よし! 今度こそ俺が……」
「ちょい待ち!」
今度はマキに出撃を止められる。
「騙されちゃダメよ。あれも陽動。攻撃と同時に東側と西側の城壁に誰かが登ってくる気配を感じたの。恐らく敵の真の主力はこの東西の部隊だね……ふっふふ! あたしの目は誤魔化せんよ~!」
なんと……では、あの人形も囮で更に本命は東西挟撃という訳か。二段構えの陽動とは敵方もなかなかやる。
しかし、多方面作戦は包囲網を敷くには適しているが、戦力を分散して一方面における兵力差を自ら縮めてしまうという弱点もある。狙いさえ分かれば頭数の少ないこちらとしてはむしろ望むところであるが……
「敵さんがここまでこちらを分断する事に固執してるのは何でかな? 戦力差を生かして一ヶ所に集中攻撃する事もできるはずだが……」
「いや、奴らの作戦は正しいよ。こっちの弱みは城内に女たちを匿っている事。敵はそこを突くつもりさ」
なるほど。今この紅鶴御殿には町から避難してきた女たちや、戦闘力のない巫女たちがいる。紅鶴の近衛兵に太刀守と異界人……こちらの戦力とまともにぶつかっては被害が大きいと見て、彼女たちを直接狙う作戦に出たという事か。
「むー、ひきょーね! 男のくせして!」
アカネ殿がそう罵る通り実に女々しい作戦だ。だが、理にはかなっている。
アカネ殿と七重バアの話を聞くに御庭番十六忍衆の熊野古道伊勢矢という男は識行の中でも精神干渉を得意とする使い手のようである。つまり、奴が城内の女たちを見つければ、精神を操って誘拐する事など造作もないという事だ。更に人質として俺たちに投降を迫る事もできるというなら、低俗・卑劣のそしりを受けても実行の価値がある作戦と言えるだろう。しかし、敵の大将が自ら討って出てきたというなら、こちらの作戦も単純明快だ。
「マキ。東西どちらかからの侵入者に熊野古道伊勢矢がいるはずだ。どちらにいるか分かるか?」
「うーん、探ってるんだけど、なかなか尻尾を掴ませないのよねえ」
流石は御庭番十六忍衆の一人。マキが感知出来ない程に呪力の気配を断つとは、やはり相当できるな。となれば、東西どちらが大将首かは完全に二択……出来れば俺が御庭番十六忍衆と当たりたい。七重バアも、その采配には少し悩んでいるようだった。
「東と西の侵入者、南のからくり人形、はてさて、誰をどこに派遣するかだが……」
「あの人形は私がやっつけます!」
七重バアの問いに一番に答えたのはアカネ殿であった。七重バアは彼女を戦力とは考えていなかったのか少し驚いた様子だった。
「アカネ、あんたが只者じゃないのは分かるがね。あの人形の火力は並じゃないよ。ここはアタシが行くからあんたはおとなしく待って……」
「いや! 指令官はなるべく前線に出ちゃダメですよ! ここに残って指示を出さなきゃ!」
確かに正論ではある。アカネ殿の啖呵に七重バアもやや気圧され気味だ。
「だけどねえ……」
「色々と六行について教えてくれたお礼です! それにわたし、前に似たような奴倒した事ありますから! 任せてくださいよ、七重お姉さん!」
「な……お姉……!?」
七重バアはそんな若若しい呼び名が似合う歳じゃないが、本人もその呼び名には少し嬉しげである。おだて上手というか、なんというか……まあ、そのおだてに乗った訳ではないのだろうが、彼女の実力は七重バアも何となく察していたのだろう。七重バアはマキに目配せして、彼女が頷くのを見てから渋々アカネ殿の出撃を許可した。
「まあ、一人でも戦力は要る状況か……不本意だが、仕方ないね」
「そうこなくちゃ、ね!」
アカネ殿はジャポネシアの人間には直接危害を加えないという掟を自らに課しているが、基本的には無敵に近い陰陽術を行使できる最強の存在だ。掟の範疇にないからくり人形相手に負ける事はまずあるまいが、そうはいっても戦場において絶対はない。楼蘭堂で眠りの術を受けて捕まった事からも、彼女自身の油断によっては不覚をとる可能性もありうる。
「アカネ殿。俺は君の強さを知っているが、それはあの人形使いも同じだ。能面法師とやらが馬鹿でなければ何かしらの対策をしてきているはず」
元太刀守である俺と異界人たるアカネ殿に対抗する事を想定しているなら、何か秘策を用意しているかもしれない。能面法師とやらは俺を知っている様だったし、得体がしれない内は用心するに越した事はないのだ。
「アカネ殿に万が一の事があれば俺は……」
「心配してくれるんですね? でも……私も神様から与えられた力全てを見せた訳じゃないですから」
そう答えるアカネ殿の表情にはハッタリではなく確固たる自身があるのが分かった。アカネ殿は守るべき者であると同時に信頼する仲間でもある。かつてのエドンの同僚のサムライたちがそうだったように、信頼する仲間がそう言うのなら、俺は彼女を信じるしかない。
「分かった」
「決まりだね! アカネは南外壁のからくり人形! ガンダブロウは東の侵入者、マキは西の侵入者! グズグズしないで、配置につきな! 負けたら承知しないよ!」
七重バアの檄が飛ぶ。
「ラジャー!」
アカネ殿は颯爽と南へと走って行く。
「ふふ。あの娘、あたしの若い頃にそっくりだね」
いや、それは断じてない。
「もう、人使い荒いなあ。これでも一応ここの司教なんだけど……ふふ。まあでもアレを試すには良い機会か」
マキも文句を言いつつ、こちらに目を向け「そっち任せたよ」と一言声をかけて西へと向かった。
俺も東壁面へと足を向けたが、出撃の前にサシコの姿がふと目に入った。両の拳を握りにしめて立つ彼女の姿は「太刀守殿! 私もいきます!」と喉まで出掛けた言葉を圧し殺しているかのように見えた。少し前のサシコなら迷いなくそう口にしていたはずだ。しかし、いくつかの実戦経験を経た事で自身がこの戦いでは足手まといにしかならないという事を理解出来たのであろう。
若さゆえの無力。その気持ちは俺にも痛いほど分かる。
「サシコ! 中の護衛は任せるぞ!」
「え!?」
ふっ、護衛か……我ながらとんだ気休めを言う。
正門のチンピラたちならまだしも武装人形や六行使いたちが相手では今のサシコでは幾ばくかの戦力にもならない。しかし、もしも俺が逆の立場なら自分も戦いに少しでも貢献したいと思う事だろう。だから、俺はサシコに持ち場を任せた。一人の戦士として、仲間として。それを、七重バアも承知したのか、こくりと小さく頷いた。
「頼んだぞ」
「……は、はい! 頑張ります!」
サシコもまた俺たちとは別の方向に走り出した。




