第35話 紅鶴のヴァルキリー!
前回までのあらすじ:ついに紅鶴御殿に御庭番十六忍衆が率いる楼蘭堂が攻めて来た!
「行くぜ!!」
交渉成立。それなら善は急げだ。敵勢迫る正門へと最短で向かうべく外廊下の欄干を飛び越そうとした時──
「ちょっと待ちな!」
背後からの声に俺は出撃を寸でで取り止める。七重バアだ。
「まったく、師匠に似てせっかちな奴だね」
ため息を一つ入れると、七重バアが続ける。
「紅鶴御殿の警備は私ら近衛兵の領分。戦うんなら兵隊長の私の指示に従ってもらうよ」
七重バアはマキに視線を移す。
「この攻撃……あんたはどう思う?」
「んー、いかにも陽動くさいね。奇襲にしても正攻法にしても中途半端な数だし」
「同意見だね」
「パッと見、強そうなやつらも見えないしね。こっちの戦力を集中させて別動隊で側背を攻撃ってのが本線じゃないかしら? 」
な、なるほど……マキの六行の属性は"識行"。形象知覚の特性を持ち、戦場においては探知・索敵に大いに活用できるという事はいくつもの実戦で証明済みだ。それに加えマキ自身の優れた洞察力を加えればその見立ての正確さは相当なものになるだろう。しかし……
「ちょっとちょっと! いいんスか! そんなに呑気に話してて!
敵はすぐそこまで来てるんですよ!」
俺が口にする前にサシコが先に疑問を差し挟んだ。作戦会議も必要だが、目前まで迫った敵勢は侵攻を待ってはくれない。完璧な作戦を立案したとしても、時間を喰って、敵に囲まれてしまっては元も子もない。
「サシコちゃんと言ったわね。攻められてるのが普通の建物なら焦るところだけどね」
マキが視線を階下の正門付近に向ける。
「オラァ! 出てこいクソアマどもォ!」
既に敵勢は正門前に陣取り、武器を掲げて威嚇している。
「やっぱり正面の敵は雑魚ばっかりね。それなら……」
すると、閉ざされていた正門扉が音を立てて開き始めた。
馬鹿な!?
門を堅守し、敵の攻め疲れを狙うのが籠城戦の定石。自分たちから門を開いてしまったら籠城にならぬではないか。
「おやおや、こっちから伝令を出すまでもなかったね。あのコたちも大概血の気が多いねえ」
「門が開いたぞ! 攻めこめえ!」
案の定、楼蘭堂の兵隊たちは勢いよく紅鶴御殿の中へ侵入せんと突撃する。これはまずい!
「ぐわっ!?」
しかし、楼蘭堂の兵隊は開いた扉の前で将棋倒しのようにバタバタ倒されていく。
「紅鶴御殿をナメんじゃないよ!」
扉から現れたのは剣や弓を携えた女たち。紅鶴御殿の近衛兵だ。
「てめぇらこそ楼蘭堂ナメんじゃねえ! 行くぞォ!」
怒号と共に楼蘭堂の兵は再突撃をかける。彼らは200〜300人ほどの規模の勢力だが、紅鶴御殿の近衛兵たちはせいぜい十数人。兵数の差は圧倒的だが、倒されていったのは楼蘭堂の兵たちの方であった。それもそのはず…
「フォクシマ理心流【陽炎】"松明灯"!」
「同じくフォクシマ理心流【岳風】"磐梯颪"!」
近衛兵たちは六行の技を駆使した。それぞれが遠目にも熟達した技前である事が分かる。いや、まったく見事だ。噂には聞いていたが紅鶴御殿の近衛兵がまさかここまで強いとは……楼蘭堂の手勢は苦戦の末、次々と後退していく。
「おおー! 凄い!」
それまで事態を静観していたアカネ殿も感嘆の声をあげる。うむ、あれほどに鍛えられた戦士たちが城を守っているのならマキと七重バアが動じないのも納得だ。
「私と同じ女なのに、あんなに強いなんて……」
サシコも驚きと共に憧憬の眼差しを彼女たちに向ける。
それもそのはず。今、紅鶴御殿の正門で戦う女たちの姿こそサシコの目指すべき戦士そのものであった。
「サシコさん。私たち近衛兵は皆、七重隊長に鍛えられた六行の戦士……かつてのエドンのサムライにも劣らぬ強さだと自負しています。あのような武器を持っただけのチンピラは何人いようと物の数ではないのです」
近衛兵の日出代が誇らしげにサシコに語る。
「ええ!? じゃ、あなたも六行が使えるの!?」
「え? ふふふ……まあ、ね」
日出代は照れくさそうに胸を張る。だが、マキの家の前での一件を考えるに、正直このコの実力は今前線で戦っている戦士たちにはまだ及ばないだろう。まあ、それでも年齢を考えれば十分に凄いのだが。
「ふん、新米がいっちょ前に言うようになったじゃないか日出代!」
七重バアが少し呆れた口調でそう語りかけると、日出代は少しバツが悪そうに頭をかいた。
「さあ、あんたもいっといで! ぺーぺーが実戦経験を積むまたとない機会だよ!」
「はい!」
元気よく返事すると、日出代は小太刀を握り、正門へと走り出した。
「日出代さん……私と同じくらいの歳なのに……」
同年代の少女が、六行使いの一人の戦士として戦いを任せられる──サシコの目にはこの光景がどう映っただろうか?
俺が同じ立場であれば、なんとも堪えられない思いだろう。
サシコよ、今は耐えるのだ。
「さて、と! 正門はとりあえずは大丈夫だろうが、問題は敵の次の手だろうね」
七重バアは再びマキに視線を向ける。
「紅鶴御殿自体を【触媒】として張られた結界はかなり強力だった……これを破った奴がまだどこかに控えてる。問題はそいつがいつ、どこから攻めてくるかだけど、まだ何も感じないのかい?マキ」
「そうね。なかなか気配を悟らせない所をみるに……かなりの使い手のようね。それも多分同じ"識行"使い」
マキは目を閉じ神経を研ぎ澄ましている様子だが、彼女の感知能力をもってしても敵の出方が読めないようであった。
「あ、それなら私たちを眠らせた陰陽術……多分"識行"だったと思うんですが、使い手は御庭番十六忍衆のクマ何とか言う奴でしたよ!」
アカネ殿がそう報告するとマキが頷く。
「やはり、熊野古道伊勢矢ね……」
「それに六行使いの側近たちもいるはずだが……ガンダブロウ!」
ふいに七重バアに呼ばれる。
「奴らが次の動きを見せた時、あんたにも働いてもらうよ!」
「お、おう!」
なるほどな。奴らが最強の戦力を出すまで、こちらも戦力を温存する作戦か……それで俺とマキと七重バアはどちらから攻撃がきてもすぐ動けるよう、あえて後方待機を選択した訳だ。さすがは百戦錬磨の七重バアだ。戦局がよく見えてるぜ。
しかし、後の先の剣を使う俺だが、性分としては待ちの一手というのはどうもあまり好かん。来るならもったいぶらずに早く来て欲しいものだ……と考えた矢先。轟音と共にその心配は一瞬で霧散した。




