第34話 マガタマ博士の異常な愛情!
前回のあらすじ:アカネが元の世界に戻るための鍵を握る伝説の宝具マガタマ。ガンダブロウはマガタマ研究の第一人者であるマキに情報を聞き出そうとするが──
「……やっぱりダメね。マガタマについて教えるのは」
「なにィ?」
突然、マキが前言を撤回する。
「何故だ!」
「この紅鶴御殿で研究した事はみだりに外部に漏らしては行けない決まりになってるんだったわ。そういえば」
「嘘ぉ!?」
そ、そんな……紅鶴御殿にそのような取り決めがあったとは……。
これではわざわざ険しい山道を通り、アカネ殿をここに連れてきた意味がないではないか。
「そこを何とかならぬだろうか? 昔のよしみで……なっ?」
「ダメね~」
「どんな些細な情報でもいい。情報を得られるのなら俺が出来る範囲で謝礼もする。だから……」
「……ふうん。村雨くんがそこまで言うなんてねえ」
と、その時、また一段とマキの口角が上がるのが見えた。
「まあ、どうしてもって言うなら条件があるわ」
「条件? 一体なんだ?」
マキはつかつかとこちらに歩みより、顔を寄せて耳元で囁いた。
「今からあたしの部屋にきて」
「……ど、どういう事だ?」
「今夜一晩、あたしの相手をして」
「あ!?」
「それが取引の条件よ」
「なっ、一晩てお前……つまり、その……」
「ん? 複数の解釈ができるような言い方をしたつもりはないけど」
こ、こ、こいつめ!また俺をからかうつもりか!?
いや、しかしマキの表情は到って真剣に見える。が、こいつの場合、表情とか仕草から真意を見抜くのは至難の技だし……案外本気の可能性も……て、ええい!静まれ俺の鼓動!
「はっ! 何を言い出すかと思えば……俺はさっきお前の悪ふざけには乗らないと言っただろ!」
「ふざけてるつもりないよ」
マキは髪をかきあげながら、危険な芳しさを放ちつつ固まっている俺の横をすぅー、と通り抜ける。
「私だって寂しい夜もあるの。ここじゃあ、男の人はいないし。それとも私なんかじゃあ、不足かしら?」
横目に映るマキのは整った鼻筋とやや垂れた涼しげな眼。そして、くっきりと凹凸のある艶かしい身体つき。悔しいがマキのやつの美貌は認めざるを得ない。
「それとも剣術と違ってそっちには自信がないとか? まさか村雨くん初めてじゃあ、ないわよね?」
「な、舐めるな! 初めてじゃねーし! 確かに自信があるかと言われればないが俺もいっぱしの男で……て、あーもう! そういう事じゃなく!」
くそ!マキの調子に巻き込まれてまた訳の分からぬ方向に話が……いや、このままでは埒が空かぬ。
「いい加減にしろ! 俺は真面目に話をしている!」
俺は一喝して言い放つ。
「あら、教えてもらう立場なのに態度が大きいわね。どうしてそこまでして、マガタマの情報が欲しいのかしら?」
「マガタマはアカネ殿が元の世界に帰るのに必要らしいのだ。確かにこっちはお願いする立場だが……俺はアカネ殿に恩を返すために、なんとしても彼女の役に立ちたいんだ」
「ふーん、なるほど、元の世界にね……という事はやっぱりあの娘は異界人か。で、村雨くん、あなたは本当にそれでいいの?」
「どういう意味だ?」
「…………ふふ、まあ、それはいいわ。で、答えはどっち? 条件を飲むの? 飲まないの? 飲まないならマガタマの情報は教えられないだけだけど」
「マキ……お前……」
ほ、本気なのか?
いや、この女の事だ。男女の交わりなど遊びのような感覚なのかもしれん。それに、お互い夫婦がいる訳でもないし、一夜を共にするだけで実利を得られるならむしろ一挙両得。据え膳食わぬはジャポネシア男児の恥とも言うし、何を迷う事があろう?俺は旅に出る時に自由に……そう、自由に。心の赴くままに生きると決めた。そうだ。俺は己が意思を通し帝にすら背いた逆賊。劣情にまかせて奔放になる夜があってもいいじゃないか。
しかし、何故だ。何故……何故、俺の心はこれほどにざわつくのだ?
「ねぇ、ほら、早くしないと夜が明けちゃうよ? さぁ……」
マキが背後から俺に抱きつき、艶かしく手を俺の腰あたりに這わせる。
「マキ……俺は……」
理性と欲望のはざま。
俺が何か自分でも意外な言葉を口にしようとしたその時……
「「だめーーーーー!!!!」」
ふいに扉が開くと、サシコとマキの屋敷にいた近衛兵の少女が揃って乱入してきた。
「サシコ!? いつからそこに!?」
「太刀守殿! いや、下衆守殿!」
「ええ!?」
「あなたはどうしてそんなドスケベで節操がないんですか!」
「あっ、いや、これは誤解だ! 誤解!」
くっ……サシコめ。俺とマキのやり取りを見ていたのか。気配を消す方法を教えたのが、こんな事に使われるとは……
「あらあら、日出代ちゃんまで……」
「マキ姐様! 破廉恥すぎます! 司教の立場にある方がこのようなどこの馬の骨とも知らん男とその……し、し、親密に接されては紅鶴御殿の威信に関わりますぅ!」
日出代と呼ばれた少女は凄い剣幕でマキにせまる。
「いいじゃん、こいつ幼馴染なのよ。それに、一応これでも元太刀守だし」
「この男が太刀守!?」
日出代は驚いた顔で瞬時に視線を俺に向ける。
「本と全然違う……」
お前もあの衆道書読んだのかよ!どうなってるんだ紅鶴御殿のやつらは?
「あれ? なんか楽しそう? どうしたの?」
今度はアカネ殿がひょこっと姿を表す。
「アカネ殿! 楽しくなんてない!」
「ねえねえ、それより、ガンダブロウさん! 紅鶴御殿てほんと凄いね! いま自動認証システムの仕組みとか、六行についての最新研究を七重お婆さんに教えてもらってたんだけど……いやー、六行の活用って実に奥が深い!」
アカネ殿は相変わらずのマイペース。興味の赴くままに行動する奔放さはどこにいてもブレないようだ。全くこっちがマガタマの情報を引き出す為にやっきになっていたというのに。ん?待てよ……
「おい、マキ。紅鶴御殿の研究内容はみだりに人に話してはならないのではなかったか?」
「あれ? そんな事言ったっけ?」
「…………まさか、お前……」
なんと! この女、また俺を謀ろうとしたのか!?
くそっ! やっぱり油断ならぬやつ……危うく騙されるところであった。何度も引っかかる俺も俺だが……
「はあ、どいつもこいつも……マキ。さっきの話だがな……」
そう言いかけた時──ふいにマキが手で俺の発言を遮った。
「この気配……近いわね!」
「な、マキ、今度は一体どうしたってんだ?」
「私に気づかれずに結界を破りここまで来るとは……中々やるわね。さて、どうしたもんかな」
「おい、まさか」
遅れて俺も気付く。強力な呪力の気配……そして…
ズドオン!
爆音が響く!
「え!?? 何!??」
サシコたちが驚く。アカネ殿はすかさず音の方に眼をやり臨戦態勢。うむ、さすがだ。そして、矢継ぎ早に七重婆さんの声が響く。
「敵襲だよ! 楼蘭堂のやつらが攻めてきたよ!」
外渡廊から見える御門の方向には総勢数百名からなる軍勢が攻め登る姿──いよいよか!
「マキ、さっきのマガタマの話だが……」
「ん?」
「奴らを倒すのに手を貸すのが条件ってのはどうだ?」
マキがニヤリと笑う。
「ふふ、いいわよ」
「よし、取引成立だな」




