第32話 紅の巫女たち!
前回のあらすじ:楼蘭堂から逃れ、女性だけの秘密の園、紅鶴御殿におとずれたガンダブロウ一向。その先に見たものとは──
※前半部分がガンダブロウの一人称視点で、後半が三人称視点です
「ああっ、黄緑式部様の【幻師物語】の新刊! なんと素晴らしいのかしら! 尊すぎて死んでしまうわあ~!」
「……ふへ!?」
ところせましと立ち並ぶ机。
その上には大量の書物が置かれ、回りには群がる女性たち……
「混少納言先生の【鞍馬草子】はもう売り切れ!?」
「やっぱエドン・サイタマ戦争ものは燕木サマの総攻めよねー!」
「やだ! 推しが被ってるじゃない! あんた趣味がいいね~」
「【剣刀乱舞】の島はどこかしら!?」
女性たちは書物を手に取り、一喜一憂を繰り返す。
彼女たちは一様に、鼻息が荒く、目が血走っている。
そして発せられる常軌を逸した熱気……
こ…………これは一体…………!?
「あれは……衆道春画!」
アカネ殿が興奮気味に声をあげる。
「知っているのかアカネ殿!?」
「ええ……! BLとは気品を持ち、慎み深く成熟した高貴な婦人たちが嗜むとされるいにしえの文化……BL本は美しい男子同士の緊密な関係性を夢想し、その様を赤裸々なまでに描いたとされる禁断の書よ。この書を読んだ女子は魔道に落ち、一生元には戻れないと聞くわ。実際私の友達にも何人か犠牲になったコがいた……」
「なんと!」
たしかに彼女たちが手にする本の表紙などを見るとその異常性、危険性、悪魔性がよく分かる。
たとえば、一番近いところに居る小太りの女性。彼女が手にしている本には「悲哀の天才・燕の剣」とあり、表紙には半裸の美男子が艶かしい表情で描かれている。あれは多少美化されているが旧エドン公国で美剣士として名を馳せた燕木哲之慎の絵であろう。
道場の同期でエドン・サイタマ戦争当時に同僚であった俺は彼が女人に人気があったのをよく知っていた。だが、まさかこのような形で(おそらく)勝手に書物化されているとは……
見渡せば他にも実在、空想問わず、様々なイイ男たちがあられもない姿で本に描かれているのが分かる。
「うーん、やっぱり、女子の考える事はどの世界でも同じかァ」
アカネ殿は何故か納得したようにウンウンと頷く。
「えっ? えっ? これってどういう……?」
サシコは新たな世界を目の当たりにし、困惑している様子だ。
「はい、サシコちゃんは見ちゃダメねー」
う、うむ……こういうのはサシコにはまだ早かろう。
しかし、若い男がくんずほぐれつする危険極まりない写本を見て、汚い悲鳴をあげる……これが秘密の園の真実とは……!
あらあら、うふふとお上品にお茶を嗜む淑女たちはどこに?
ああ男の幻想が音を立てて崩れてゆく……
「こら~! ここは男子禁制だぞー!」
ふいに背後から、声がする。
そして、その声に呼応するように衆道春画に熱中していた女たちが一斉にこちらを向く。
「ぎゃあー! 男~!」
「侵入者じゃ~! 取っつかまえろ!」
「見てんじゃねーよ! くそ野郎!」
とても気品と慎みがある貴婦人とは思えないような罵詈雑言……ぐっ、それしてもこれはマズイ。
「いやいや、ご婦人方、俺は善良で健全なサムライでして、決して……ねっ? 邪な思いがある訳ではなく、ね? あいや、そもそも俺はここに入る許可をだな…」
「言い訳すんじゃねーよ!女々しいな!」
「近衛兵はどこ? こいつはやく、つまみ出して!」
「死んで! ほんと死んでくれ!」
だ、だみだ……全然話しを聞いてくれん……!
七重バアは一体どこに!?
と、その時背後で「あはは」と笑い声が聞こえた。
「その言い訳がましい性格……変わってないな~」
振り向くとそこには七重婆さんと──多少大人びているものの、忌々しくも見慣れた懐かしい顔があった。
「…………マキ!?」
「よっ、久しぶり」
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「おやおや、これは随分と派手にやられましたね」
床に大穴の空いた部屋に佇む熊野古道伊勢矢に背後から話しかける生気のない黒装束の男。
「黒子……また催促かい?」
熊野古道はやや不機嫌そうな声ながら表面上は礼節をもって無線傀儡に問いかける。
「こちらは見ての通り、今少し取り込んでいてね。用件は手みじかに頼みたいのだが」
黒子人形はスーッと音もなく床に空いた穴に近づく。
「この穴の焼け方は【火行】によるものですね? もしや犯人は不思議な身なりの少女ではありませんか?」
「……ん? ああ、その通りだ。にわかに信じがたいが異界人と名乗っていたよ。しかし、何故それを?」
「なるほど。では、その娘の近くにはサムライ然とした若い男はいませんでしたかな?」
「逃げる時にそういう男が手引きしたと聞いている」
「ほー、やはり……であれば"参號"の発した情報とピタリ一致しますねぇ、くっくっく!」
黒子が自分だけ事を理解したように笑うと、熊野古道|は明らかに不快そうな顔をした。
「どうやら君は僕の知らない情報を持っているようだね。すまないが、分かるように説明してくれないかな?」
「ああ、すみません。報告が遅れてしまったのですが、実は先立って阿羅船牛鬼、伊達我知宗の両名がこの北ジャポネシアで任務中に戦死しましてね」
「なに!? あの二人を!? 一体何者の仕業だ!」
「くっくっく。それが何とあの小娘の一味の仕業でしてね。サムライ風の男はかの村雨太刀守……両名は彼によって倒されたのです」
「なっ、太刀守……その情報は確かなのかい?」
「ええ、間違いありません」
「なるほど……辺境に流刑されたと聞いていたが流石は気骨の男。ついに雌伏を終えて動き出したか。しかし、それならば……」
「ええ、我々の計画を遂行する上ではこれ以上ない好材料にも成り得ます。しかし、厄介なのはあの異界人を名乗る黒髪の小娘の方でしてね。なんと帝の妹であるなどと自称しており、元の世界に兄を連れ戻すと言っておるのです」
「なんと! それは真実なのか!?」
「いえ、本当の所は分かりませんが、彼女の陰陽術の実力をみるに、異界人たる帝との繋がりにある程度の信憑性があるのは確か……となると、彼女の存在は非常に危険です」
「…………」
「我々としても、このまま黙って手をこまねいている訳にもいきません。この事が広く知られる前に手を打たねば……」
「…………それが、あの方の意思……という訳か」
「ええ、そうです。で、やつらの行方はつかめているのですか?」
「報告ではおそらくは紅鶴御殿に逃げ込んだ、と」
「おやおや、紅鶴御殿ですか。これはまた厄介な……これ以上事態がややこしくなる前にこちらから仕掛ける以外にありませんね。それが多少強引な手でも」
「…………」
「もう悠長な事をしてる場合ではないのは分かりますね? さあ、熊野古道さん、兵を集めて下さい。紅鶴御殿を攻め落としますよ」




