第30話 炎上楼蘭堂!
前回までのあらすじ:楼蘭堂に捕えられたアカネとサシコは自力で牢を破って脱出!一方、ガンダブロウは幼馴染・吉備牧蒔の屋敷に現れた老婆にアイズサンドリアが置かれている危機的状況について説明を受けていた……
※このエピソードから再びガンダブロウ視点
「…………という訳なのさ」
「なるほど。それで、その楼蘭堂とかいう連中と婆さんたちで事を構えてるってわけか」
幼なじみ吉備牧蒔の屋敷内。「外じゃ目立つから」と七重の婆さん──本名は新島七重というが──に中に招きいれられた俺は、この家の家主の不在の理由について説明を受けていた。
「今は町の若い娘たちは紅鶴御殿に籠城していてね。紅鶴御殿の司教でもある吉備牧蒔は今、そこの防衛の指揮を取っているんだよ」
司教とはこの国の神事にまつわる役職では大司教に次ぐ位だ……あいつ、紅鶴御殿の巫女になった事までは知っていたが、いつの間にそんなに出世したんだ?かたや同期の俺は左遷された単なる見張り兵……しかも、それも辞めて今は無職。なんとも差をつけられてしまったものだ……
しかし、合点はいった。どうりで、町で若い女人をほとんど見かけなかった訳だ。
今聞いた話を一度整理してみよう。
首都ウラヴァに娼館を含む一大歓楽街が建設される計画
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店で働く娘が必要になってジャポネシア各地で人さらいや女衒行為が横行する
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数ヶ月前に楼蘭堂を名乗る輩が町に現れ女衒行為を始める
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町の女人たちが紅鶴御殿に助けを求める
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楼蘭堂と紅鶴御殿の勢力間で対立
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吉備牧蒔と、紅鶴御殿の近衛兵長である七重婆さんを中心に紅鶴御殿に籠城して抗戦
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最重要標的の1人である吉備牧蒔の家に楼蘭堂の手勢がやってこないかどうか紅鶴御殿の近衛兵が見張りをしていたところに、俺が現れる
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今に至る
という訳か。そういえば山賊に捕まっていた娘たちもそのような話をしていたな。
「しかし、婆さん。あんたとマ……あの女がいればその辺の山賊やチンピラなんて何人いようが相手にならんだろう。籠城なんて面倒な事をしなくとも、そいつらの根城に乗り込んで頭をちょっと締め上げりゃあ、それで終いじゃないのか?」
紅鶴御殿の近衛兵長でもある七重婆さんは並の使い手ではない。このアイズサンドリアの伝説になっている女戦士の直系という事もあり、この地域がエドンと同盟国であった時代には戦場で数々の武勲を立てたと聞く。俺は修行時代、エドンに招かれていたこの婆さんから六行の指導を受けた事がある。もっとも俺には六行の素質がなく、散々しごかれただけで何の成果もなかったのが、その時に目にしたこの婆さんの腕前は今でもよく覚えている。そして、その指導された中で一番の素質を見いだされたアイツの強さも……
「ふん。それが、そう簡単な話でもないのさ。連中の元締めが御庭番十六忍衆の熊野古道伊勢矢という男でね。あたしらといえど、迂闊には手が出せないのさ」
「なっ!? 御庭番十六忍衆がこの町にいるのか!?」
「そう。これが厄介な奴でね。人を操るヤツ自身の陰陽術に加え、手勢にも六行を使う手練が何人かいるときた。それに奴は帝の直属兵だ。表立って事を構えれば、帝をも敵に回してしまう可能性が……」
「どこにいる!?」
「あ……?」
「ソイツは今どこにいるんだ!?」
「中央広場にある遊郭まがいの店が拠点だけど……ってどこに行く気だい!?」
「アカネ殿とサシコが危ない!」
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「はあ、はあ。ここか」
楼蘭堂と書かれた大仰な看板と、いかにも怪しげな色彩の外装…………急いで中央広場に向かった俺はすぐにその店を見つける事ができた。俺は店の入口から少し離れた路地で様子を伺う。
「さて、どうするか」
俺は長年の戦場での経験から冷静な状況判断を計る。
…………やはり今回ばかりは山賊狩りの時のように正攻法という訳には行かないだろう。いかに俺といえど、六行使いの敵が複数待ち受ける建物に正面切って突入するのは賢いやり方ではない。多勢に囲まれて乱戦になるよりも、大将である御庭番十六忍衆を見つけて一騎討ちで倒す事が好ましい。その為には、まずは敵の情報収集だ。手始めに熊野古道伊勢矢というヤツの顔を知らねばならないな。あとはヤツの行動の規則性、建物内の間取り、敵の総人数や武器の種類……てっとり早く調べるには誰か楼蘭堂の奴を捕まえて情報を吐かせるか。もしくは、奴らの手の内に詳しく情報提供に抵抗のない者、たとえば敵対勢力の誰かに話を聞くのが望ましい。上手くすれば協力を得られるかもしれないしな……だが、奴らの情報を持っていそうな敵対組織がそう都合よくいるはずは……
…………。
って、アレ!?
七重バアに情報を聞いてから来ればよかったんじゃないか!?
なんで俺はいきなり飛び出してきちゃったんだ!?
冷静に考えればそもそも今この店に御庭番十六忍衆の野郎がいるとは限らない。それに奴らが俺たちに気づいていないのならば、こちらから仕掛けるのはわざわざ居場所を教えるようなもの。ヤブ蛇になる公算大だ。
アカネ殿が危ない! と思い込んで、後先考えずに出てきちまったがこれはとんだ勇み足だったのでは……?
大体アカネ殿たちが御庭番十六忍衆に見つかってると決まったわけじゃ無いし。そもそも、こんな怪しげな店に自分たちから好き好んで近づく事は無いだろう。仮に見つかったとしても、アカネ殿がいればそう簡単に捕まることは…
「おい、アンタ!」
……!?
「店の前で何してるんだ?」
背後からふいに話しかけられる。
派手な髪形の色男……おそらく楼蘭堂の店員だ。
「ここらじゃ見かけない顔だが……ウチに何か用かい?」
……これはマズイな…………。
「まさかとは思うが、紅鶴御殿の女どもの仲間じゃないよな?」
……! 勘の鋭い奴だ……!
くそっ! 騒ぎになるのは避けたかったがこうなっては致し方ない。
「ん? そういやアンタの顔……どこかで……」
俺が意を決して腰の草薙剣に手をかける。その瞬間──
ドオォンン!!!!
突然、店の中から爆発音が鳴り響いた。
「なっ……なんだ!?」
男の気がそれる。
凶兆……同時に僥倖!
俺はその一瞬のスキをついて店の中に駆け込んだ。
「あっ、テメ……待てコラ!!」
何だかよく分からないが、店の中でなにかのっぴきならない事態が起こっているのは間違いない。
俺は直感の赴くまま、爆音の響いた方向に店の中を走った。
……この状況……最初にアカネ殿と会った時に少し似ているな。
そんな事をふとに考えながら、狼狽する店員たちの間を縫って廊下を駆け抜け、突き当りを曲がった瞬間、俺は自分の勘が間違っていなかったことを悟る。
「ガッ、ガンダブロウさん!?」
「アカネ殿……それにサシコ!!」
目の前に現れたのはアカネ殿とサシコであった。
その背後には土煙と真新しい瓦礫──そして、天井に空いた大穴。
「た、太刀守殿……なぜここに……!?」
それはこちらの台詞でもあった。二人が何故ここにいるのか?御庭番十六忍衆との間に既にイザコザがあったのか?この破壊がアカネ殿の術による作用なのか…………それらの疑問の答えは定かではない。
しかし、今やるべきことが何であるかは疑いようもなかった。
「いたぞ! あそこだ!」
背後から数人の男たちが迫る。
手には各々武器を所持していた。
「逃げるぜ!!」
俺はそう言うと同時に剣を抜き、廊下の壁に斬撃で穴を穿つと、二人を連れて外に出た。
すると、その頃合いを見計らったかのように店に面した通りに馬車が勢いよく駆け込んできた。
「乗りな!!」
「七重バア……!」
おおっ、まさか、こうなると見越して先回りして助けに来てくれたのか?さすがは歴戦の老兵。何も考えず突っ走った俺とは大違いだな。
「太刀守殿……この人は!?」
「説明は後だ! 乗れ!」
俺たち三人は一も二も無く馬車に飛び乗ると、追手の怒声を背に楼蘭堂を後にした。
「はあ、はあ……助かったぜバアさん」
「ったく! 無鉄砲なのは相変わらずのようだね!」
うっ……返す言葉も無いな。
「そっちの娘たちも大概の様だけど」
七重バアが荷台のアカネ殿とサシコに視線を軽く向けて言う。
「あははー、すいません。助かりました」
アカネ殿が申し訳なさそうに頭をかく。
「ふん、どうやらアンタたちについても色々と事情を聞く必要がありそうだ」
「ああ……そうだな。だが、その前に追手を撒かないと。奴ら今頃血眼になって俺らを探してるはずだぜ」
「そうだねえ……」
七重バアは今度は俺の方をじっとにらんで、深くため息をついた。
「……緊急事態につき仕方なし、か」
「え?」
「ホントは男子禁制なんだけど……この町で奴らが簡単に手を出せない場所はあそこだけだからね」
男子禁制……ということはまさか……
「紅鶴御殿に向かうよ」




