第29話 バイトするなら!
前回のあらすじ:アカネとサシコはばったくりホストにハマリ、御庭番十六忍衆の一人、熊野古道伊勢矢に囚われてしまう……
「アカネさん!!」
「うにゃうにゃ…………はれぇ……サシコちゃん、おはよー」
サシコちゃんの声に目を覚ます。
気が付くとそこはいかにも高級そうなベッドの上であった。
かたい馬車の荷台に直敷きの寝袋(元の世界から持ってきた)とは明らかに違う。
優しい肌触りと悪魔のフカフカ感が、深淵の二度寝へと誘う極上の寝心地……
「うーん、あと10分だけ寝てようかしら……」
「もう、寝ぼけてないで! あたしら捕まっちゃったみたいなんです!」
「ん、ん~…………って、あ! そういえば!」
ふぁっ!?
そうだ!!寝てる場合じゃないんだった!!
パッと飛び起き辺りを見渡す。
立派な調度品が置かれた(元の世界でいうところの)欧風なしつらえ。
至る所の豪奢な飾りつけも随分と趣向を凝らしており、まるで●ィズニープリンセスのお部屋かと見紛うほどだ。
ただ一点、入り口の前に設置された鉄格子だけがこの部屋の異常性を知らせてくれている。しかし、私たちを捕らえたものたちが、先日の山賊のような輩とは違う一定以上の品格を持ち合わせている事が十二分に理解できた。
「ぐぅー、私としたことが油断した~!」
不覚……。ホストに現を抜かしてるうちに、ボッタクリバーにハマって、挙句代金のカタにワルい男に拉致されるって……典型的ダメオンナ過ぎるだろ。
きっと世の女性たちもこういう感じで男に騙されるんだろうなぁ。
いやー、恥ずかしい限り。
私が自分のふがいなさに猛省している時、ガチャリと鉄格子の向こうの扉が開いた。
「お目覚めのようだね」
現れたのは店で店長と呼ばれていた派手な衣装の色男──確か熊野古道伊勢矢とかって名乗っていた……ハッ、そうだ!この男自分のことを御庭番十六忍衆の一人だと言っていた!
「コラ色男! ここはどこなの!?」
サシコちゃんが鉄格子の前の男に食って掛かる。
「おやおや、怒るとせっかくの可愛いお顔が台無しだ。ここはお店の二階の貴賓室。長旅でお疲れのようだったから少し休んでもらっていただけさ」
懐から一凛のバラを抜き、その匂いをかぐようなキザな仕草をしつつ熊野古道伊勢矢は一応質問には回答した。
「ならもう疲れてないから早く出してよ!」
「ふふふ、そうしてあげたいのはヤマヤマだけどね、お嬢さん。ここから出るには条件があるんだよ」
「条件!? なによ条件って!?」
「君たちへの接待にかかった代金の支払い……これを働いて返してほしいんだ」
ガーン! これが噂に聞くソープに沈めるってヤツ!?
なんか十年分くらいのアウトロー経験をイッキにしてる気がするわ。深夜にやってるホストドラマの見すぎかしら?
「だが心配はいらない。僕の斡旋する仕事の待遇は悪くはない。代金分が払い終わればすぐ自由の身だ」
そういう大人の商売ごとを見学するのもちょっと興味があるかも……いや、働くのはイヤだけどね。
って、ん? 待てよ……
「君たちの美しさなら、代金分なんてすぐに稼げるさ。でも、なんなら、そのまま仕事を続けてもっと稼ぎを増やしても……」
「あのー」
「ん? なんだね?」
「あなた……さっき御庭番十六忍衆とかって言ってましたよね?」
「ああ、いかにも」
「御庭番十六忍衆って兄……じゃなくて、帝の直属兵なんですよね?」
「そうだ」
「帝に信頼を置かれた超エリート兵で、国の極秘任務なんかも任せられるっていう……」
「照れるじゃないか。そんなに褒めてくれるな……だが、それがどうかしたか?」
うーん……この人やっぱり……
「い、いや、いつも悪い奴と戦ってくれてたすかってるなー……と」
「ああ、ありがとう! 僕の手にかかれば謀反人や野盗どもなど指先一つ、いや花びら一枚で倒して見せるさ……はっはっは!」
私らのことを知らないみたいだ。
てっきり、兄貴に歯向かった私らを捕まえに来たのかとばかり思ったけど……
どうやら同じ御庭番十六忍衆といっても完全に情報が共有されている訳ではないみたいね。でも、これはかえって好都合かも。うまく話せれば、敵の情報を引き出せるかもしれない!
サシコちゃんに目くばせすると、サシコちゃんもそれを察して小さく頷く。
「ええーと、でも……御庭番十六忍衆の人がどうしてこんなところで女衒の様な事を?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた!」
熊野古道伊勢矢がパチンと指を鳴らす。
すると背後の扉から数人の男たちが現れる。さっきお店にいた男たちだ。
彼らは背丈ほどの大きな巻物の両端を持って展開して見せた。それはどこかの町の地図がベースのようで、建設中の建物の図面も描かれていた。
「これは首都ウラヴァ周辺の地図さ……ここをごらん!!」
熊野古道伊勢矢は地図の南側の一帯を指し示す。
「実は今政府は都のカワーグ地区に一大歓楽街を建設する計画を立てているのさ! 僕は政府の勅命を受けて、その歓楽街で働くオンナの子たちを勧誘しているんだよ!」
ううむ、なるほど。そういえば山賊につかまっていたコたちも、そんな事を言っていたな。
それで各地からイタイケな女の子たちをイケナイお店で働かせるために誘拐まがいの事をしてたって訳ね……まあ、きっとこの世界は中世くらいの文明レベルなのだろうし、もしかしたらこういう事は珍しい事では無いのかもしれないけどさ。その指示出してるのって兄貴だよね?
ガンダブロウさんの話からあんまりモラルを期待はしてなかったけど……いや、なんていうの?
普通にひくわー。
「僕は君たちのような美しい女性にはそれに相応しい居場所と役目があると思っている。君たちには土や野草にまみれた仕事はふさわしくない。こんな山間の田舎町もね……君たちの事をよく知らないが、首都に行けば今より遥かにいい暮らしが待っている事を約束するよ。絶対に後悔はしない……さあ、音楽を!」
再び熊野古道伊勢矢が指を鳴らす。
すると今度は取り巻きの男たちが前に出て歌を歌いながら踊りだす。
「ソレ! パーリラ、パリラ! パーリラ、求人!」
「パーリラ、パリラ! 高収入!」
「パーリラ、パリラ! パーリラ、求人!」
「パーリラ、イセヤのアルバイト~!」
やたらと耳に残るメロディー。
やたらとハイテンションな男たち。
「さあ~、君たちも明日から体験入店だァ!!」
曲の締めに熊野古道伊勢矢がバサッと扇子を広げる。扇子には「百花楼蘭」の文字…………う、鬱陶しい………………
しかし、事情はよく分かった。
「はあ。熊野古道さん……せっかくのお誘いですけどお断りします」
「おやおや。これは君たちにとっても悪くない話なのだよ?」
「ええ、でも……私たち連れを待たせているの。だからもう行かなくちゃ」
「やれやれ、頭の固いお嬢さん方だ。では仕方がない。不本意だが首都に連れていくまでまた眠っていて……む!? これは……」
熊野古道伊勢矢はそれまでの軽薄な態度を瞬時に改め、こちらを警戒しつつ睨め付けた。
「同じ手は二度は通じないよ」
「これは結界術か!?」
そう、彼らが踊っているスキに私は二つの陰陽術を無詠唱で発動していた。
一つは催眠の陰陽術を相殺する結界。先ほどのようにスキをついて眠らされないようにね。
「チュウ~!」
「て、店長! 部屋の中にネズミが!」
「それも何匹も!」
もう一つはここを脱出する為の、少々荒っぽい術だ。
こっそり召喚してベッドや家具の下に隠れていた20匹の火鼠くんたちが私とサシコちゃんの周りに円形に布陣する。
「火行の式神……!? 詠唱なしでこれほどの数を召喚するとは……どうやら君は、タダモノでは無いようだね」
熊野古道伊勢矢が戦闘態勢を取るが、時すでに遅しだ。
「サシコちゃん準備はいい?」
「ふぇ!?」
サシコちゃんは戸惑った表情を見せたが、説明している暇はない……
私は火行の呪力を火鼠くんたちに送る。
「君は一体何者だ……?」
「美少女異界人! …………火行【二十火鼠】!!!!」
次の瞬間、20匹の火鼠たちが一斉に小爆発。私とサシコちゃんの周りの床が抜け、階下に落下した。




