第25話 河のほとりで!
前回のあらすじ:修行は山賊狩りが一番!
アイズサンドリアのはずれ──
小高い丘の上に、様々な色の木々と堀に囲まれた美麗なる殿舎があった。
紅鶴御殿と呼ばれるこの屋敷は、古来より男子禁制とされており、神事や儀式を行う選ばれし巫女たちとそれを警護する女戦士たちが集う。
「この気配……こりゃまた、めんどくさい事になりそーねぇ」
アイズサンドリアの町を一望できる屋敷最上階の外廊下。手すりにもたれ、夜景を眺める藤色の髪の巫女はそうつぶやいた。
「あーあ、やだねー」
「今より面倒なことがあるってのかい?」
背後に控える長身の老婆が怪訝な表情で尋ね返す。
「まあ、勘だけど……」
「フン、アンタの勘はよく当たるからねえ」
藤色の髪の巫女は「はあ~」と長めに嘆息し、忌々しそうな表情の老婆と共に部屋に入った。
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
「さあ、かかってきなさい」
夕暮れの時刻。ここ十日ほどの日課をこなすため訓練用の木剣を握る。
「太刀守殿……では、遠慮なく!」
河川敷で対峙したサシコは木剣を振りかざし、まっすぐ間合いを詰めてくる。
「てやあー!」
霞の構えから気迫とともにサシコが踏み込む。
「おぉ!?」
俺は軽くいなそうと片手だけで木剣を構えて受けたが、想像以上の威力にわずかに押し込まれた。
むーう、今のは中々に鋭い打ち込みだ。
「やぁー! とぉう!」
二撃目三撃目の打ち込みは、しっかりと力を込めて受ける。
ふむ。やはり……サシコのやつ、かなり筋が良いな。
ヒロシンキの町を出て、十日あまり────
旅の道すがら、俺は約束どおりサシコに剣術の指南をしていた。剣の持ち方や戦闘姿勢の維持に始まり、基本的な剣の振りと受け、足運びなどを一通り教えた。
道場での稽古ではないので設備が十全ではないのだが、そんな中でもサシコは日に日に腕を上げていた。
型の覚えも早いし、訓練に時間を惜しむこともない……もともと見張り兵見習いであった事から、日々の訓練で基礎体力が身についていたことも良かったのだろうが、それを差し引いてもサシコの才能は群を抜いていると俺は感じていた(事実、当初興味を示して一緒に稽古をはじめたアカネ殿はあまり上達しないまま、稽古をやめてしまった)。
「てぇい! はぁー!」
何より実戦での対応力がある。先の山賊狩りを通して見せた順応力は目を見張るものがあった。
実戦では体格と筋量を考慮し、長刀ではなく小太刀を使用させたのだが、それも見事にハマッている様であった。
「をりゃ! むぅー!」
世が世なら稀代の剣士になっていたやもしれぬな……が、今は……
「まだまだ工夫が足りないな!」
俺は十何度目の打ち込みの拍子に合わせ、先に踏み込んでサシコの木剣をはじき飛ばした。
「ああんっ!」
そして、すかさず間合いを詰めて木剣をサシコの首につきつけた。
「う…………ま、参りました……」
「踏み込みの鋭さはいい。だが、同じ拍子で決まった型の攻撃だけを繰り返していては、一流の剣士には通じないぞ」
俺はサシコに剣の基本的な型しか教えていない。だが実戦を想定した剣術において、応用技や奥義などというものを手取り足取り教えなければ戦えないのであれば、その者は戦いには向かないだろう。何故なら戦場というのは常に不安定で不定形で不穏なものだからだ。むろん基本的な稽古は必要不可欠なものだが自分で考えて即興で太刀筋を選択できる能力がなければ、一人前の剣士にはなれない。そしてその事はサシコもよく理解しているようであった。
「はぁ、はぁ……ありがとうございました!」
サシコはペコリとおじぎすると、はじき落とされた木剣を拾う。
「ま、その辺りはおいおい出来るようになるさ。サシコはスジがいいから、乱取りと実戦の場数を踏めばいずれ…」
「それじゃ間に合わないです。ウラヴァに着くまでにもっと力をつけないとお二人の足を引っ張ってしまいます。それに……いくら剣の腕だけ上達しても……」
「六行の技が使えなければ意味はない、か?」
サシコはこくりと頷く。御庭番級の使い手はまず間違いなく、六行の技を使った戦いかたをする。いかに剣術の腕を極めようとも、呪力を操り、六行の技を駆使する術がなければ、筆持たぬ弘法、馬の無い騎兵だ。勝負の土俵にすらあがれない。それは先の山賊の頭や御庭番十六忍衆との戦いでも明らかだろう。
「太刀守殿……私には呪力の扱い方を教えてくれぬのですか?」
「うん、それなんだが……」
「二人ともー、できましたよー!」
背後から声が聞こえる。それと食欲をそそる芳ばしい匂い。
振り返ると馬車を停めた脇で夕食の準備をしていたアカネ殿が手を振っていた。
「おお、今日の晩飯は鍋か! それにしてもいい匂いだ!」
「これはカレーって言ってね! ちょっと作るための素材が多いいんだけど、サシコちゃんに教えてもらったこの世界の食材とか香辛料を使って作ってみたんです! わたしの世界ではこういうキャンプのときとかによく食べる料理なんですけど、お口に合うかどうか」
むむ、辛印……確かキリサキ・カイトの居城でだけ食べられるとかいう伝説の宮廷料理がそんな名前だったな……そのような高級料理を大した料理器具もなく作ってしまうとは流石アカネ殿。
「アカネさん凄いっす……この世界の食材を少し教えただけでこんな不思議な料理を作ってしまうなんて……もしやこの料理術も地異徒の術のひとつですか?」
「いやいや、ただスマホでレシピサイトを検索して作ってみただけなんだけど……って言っても分からないか」
美人で明るく、料理の腕も良い……アカネ殿が元いた世界では知らぬが、少なくともこのジャポネシアでは彼女のような女性はまさに良妻賢母の見本であり、異界人でさえなければ嫁にしたいという男が殺到することだろう。ジャポネシアの民と異界人……この身分の差、文化の差はアカネ殿と話すたびに感じるものでもあるが、少なくとも俺自身はそれを理由にアカネ殿が分かり合えない人間とは思わない。それならばキリサキ・カイトもあるいは──
「さて食べましょうか!」
川原の平べったい大石を椅子にみたてて座り、両手を合わせる。
「「「 いただきまーす! 」」」
ふむ。アカネ殿の世界もジャポネシアも、食事の前に食物へ感謝をささげるのは同じらしいな。
さて、伝説の料理の味の方は……むうぅ!?
「なっ!? う……ウマッ! 辛ッ! なんだコレは……!」
「はふ! はふ! やみつきになりそうです!」
「ふっふっふ! アカネさんお手製マッサマン風カレー! やはりカレーを美味しいと感じる舌は全国……いや全異世界共通のようだね!」
キリサキ・カイトが帝になって始めてやった国策が食文化の開拓であった。ジャポネシアに無い多くの料理を創造し、大陸中に浸透させたのだが……異界人の食に対するこだわりは凄まじいものがるようだ。
「さあーまだまだジャンジャンありますよー!」
アカネ殿が人差し指を立てると料理の過熱を担当していた火行の式神「火鼠」が、鍋の下で強火をボッと起こして見せた。
「チュウ!」
「ああ、ダメだよヒノチュウくん、そんなに火力を上げちゃ焦げちゃうよ……もっとじっくりコトコト……そうそう、イイ感じ」
当初は呪力の加減に手を焼いていたアカネ殿も、いまや料理に陰陽術を応用するまでに至っていた。彼女もまたサシコ同様、己の技を鍛えるため旅の道中ずっと陰陽術を練習していたのだ。
陰陽術をここまで日常のものとして使いこなしているというのも珍しい。いや、そもそも陰陽術とは戦闘や破壊に使うことを想定されたもので、このような使い方をすること自体ジャポネシアの人間の発想外である。
「ホントすごいなあ、サシコさん。呪力をこんなに自在に使いこなせて」
サシコが羨ましげにアカネ殿の陰陽術を眺めながら言った。
「ああ、これは神様に与えられただけの力だから……わたしがスゴイ訳じゃないんだって」
「でも、いいなあ……私も呪力さえ使えれば……」
サシコがチラリとこちらを見る。
潤んだ瞳は呪力の使い方を早く教えてくれと言わんばかりである……サシコめ、大人になったらとんだ悪女になるかも知れんな。
「ガンダブロウさん。サシコちゃんに呪力を使う方法を教えてあげられないんですか?」
「うむ、その話なんだが……実は俺ではすぐにサシコに六行の技を教えることは出来んのだ」
「え?」
「呪力を超自然現象として扱うにはまず己の持つ六行の属性を知らなければならないが…………順を追って説明しよう」
俺は改めてこの世界の戦闘のキモ、呪力について二人に説明した。
「アカネ殿は神様に直接与えられた力だから例外として……通常、この世界の住人は潜在的に呪力と、六行の属性を持っているんだ。才あるものなら意識せずとも呪力をその身に宿し、判断能力や運動能力の強化に使っている事もあるが、六行の技を自在に使いこなすとなると属性に合った正しい修行が必要になる」
「……とすると、まずはサシコちゃんの持つ属性を調べないといけないって事ですね」
「その通り。そして、この属性を知るには識行の属性を持つ特殊な術士の力が必要になるんだ」
「じゃあ、その特殊な術士と会えないうちは自分の属性を知ることも……六行の技の修行も出来ないんですね……」
サシコは肩を落として下を向いた。向上心の強さゆえに、次の修行行程に進めないもどかしさを感じているのだろう。
「ああ。だが、そう悲観することも無い。何故ならこれから会いに行くマガタマの研究者……彼女はその特殊な力を持った術士でもあるからだ」
「えっ? そうなんですか?」
「ああ。かくいう俺も…………やつに六行の属性を調べて貰った事がある。ちょっと性格に難はあるが、腕の方は確かだ。ついでに調べてもらえばいい」
サシコはその言葉に「やった!」と喜んでみせたが、アカネ殿は逆に何かいぶかしむ様な素振りで俺に尋ねた。
「ふーん……ガンダブロウさん、随分その人の事をよく知ってるんですね?」
「ああ、よーく知ってるよ……アイツは俺の幼馴染だからな」




