第259話 錯迷の帰還!
前回のあらすじ:突如現れたアカネに砦から転移させられたサシコと孫悟朗は反乱軍の野営地へ帰還する。
※一人称視点サシコ
「んん……ここは……?」
壁にかけられた燭台の灯に照らされた狭く薄暗い砦内の通路から、マガタマの力で転移し視界が突然開ける。肌に生暖かい夜風と草の香り。建物の中ではない。夜である事は変わらないが星明かりといくつかの大きな篝火に照らされずっと明るい。
簡素なとばりで仕切られたその空間は近くに大勢の人の気配があり、どこか物々しい雰囲気と緊張が漂っていた。
えっ? ここって……
「うおっ!? 反乱軍の駐屯地じゃねえか!?」
同じく飛ばされてきた孫悟朗が仰天する。
「どうなってんだ!? オイラたち今、砦にいたよな!?」
マガタマの瞬間移動の力を知らない彼が混乱するのは無理もない。あたしだって混乱している。
なんでアカネさんがマガタマを持っていて、あたしたちを反乱軍の駐屯地に転移させたのか?トロイワ砦から撤退する為にマガタマを使ったという事なのか?それじゃあ待っていればアカネさんや太刀守殿も転移してくるのだろうか?アカネさんは戦いは終わりと言っていた……でも、あのアカネさんの悲しそうな表情……事態が万事解決したとはとても思えない。
「宮元住殿! こんなところにいたのですか!」
突然の声に振り返るとそこには反乱軍の二番隊隊長・織江夢國の姿があった。
「昨日から大本営は大騒ぎですよ! 太刀守殿が姿を消し、あなたや踏越死境軍の連中まで…」
うっ……そりゃそうよね。
アタシたちも太刀守殿も誰にも告げずに行っていしまった。総大将とまがいなりにも実働部隊の隊長が2人も消えれば残った彼らが困惑するのも無理はない。
「今までどこへ行っていたのですか? 太刀守殿も一緒だったのですか?」
「え、えーと……」
うーん、なんと説明すればいいか……
皆で勝手に敵の砦に突撃して大将同士の一騎打ちや御庭番を相手に大乱闘したりしていました、しかもその中で反乱軍の幹部が実は御庭番の一員だったと判明し反乱軍の蜂起自体が仕組まれたものだと分かりました、でも戦いの佳境で囚われていたはずのアカネさんが出現し伝説のマガタマの力を使ってアタシたちはここに強制送還させられました……てちょっとどういう順番でどこまで話すべきなのか全然頭がまとまらない。そもそも正直に全部話してもどこまで信じてもらえるか分からないし……とか考えているうちに……
「太刀守ならさっきまで近くにいたぜ」
やっぱり孫悟朗が何も考えずに言ってしまった。
「なんと!? では今はどこに!?」
「なんとかって砦だよ。そこで帝の手先と戦ってたんだよ俺たちは」
「な、それは本当なのか!? 何故そのような勝手な事を…」
……まー、当然のツッコミ。
しかし、そう非難されるのは分かった上で衝動に従ったのだ。言い訳はできない。
「とにかく他の隊長たちも浮足だっています。吉備司教がなんとか場をしのいでくれていますが、何があったか我らにも説明をお願いしたい」
織江さんが憮然とそう言い放つと本営の帷幕の方へと誘われる。
正直アタシだって状況を全て把握しているわけではない。むしろ分からない事だらけでアタシの方こそ誰かに説明して欲しいくらいなのだけど、そんな事を言っても仕方ない。今分かっている事、見聞きした事を、自分なりに彼らに伝えなければならないだろう。それが最低限の責任というものだ。
本音を言えば今からでもトロイワ砦に戻りたい。しかし今から大急ぎで戻っても半日以上かかるし、アタシ1人が戻っても恐らく何の助けにもならない。
アカネさん……コジノさん……そして太刀守殿。
今アタシがあの人たちに出来るのは信じる事だけ。アタシはアタシで自分の出来る精一杯をやります!
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「なんと! 総大将たる者が何の相談もなく決闘とはこれいかに!」
「無双の剣を持つ太刀守殿とはいえあまりに軽率! 浅薄極まりない!」
本営に集まった反乱軍の各隊の隊長たちに事の経緯を説明すると(流石にマガタマのくだり等は信じてもらえぬので割愛したけど)案の定、場は紛糾した。
「しかもいまだ戻らぬという事はよもや槍守に敗北したのでは!?」
「よしんば勝っていたとしても敵の陣中深く。他の兵に囲まれれば多勢に無勢で太刀守殿といえど討ち取られていてもおかしくはない」
太刀守殿の安否についても激しく議論がなされる。反乱軍の総大将、それも旗印としてその勇名を祭り上げられた太刀守殿が討ち取られたとなれば反乱軍にとっては大打撃。勝手な行いでそんな窮状にいきなり立たされたとあれば、彼らにとっては文字通りの死活問題。心配にも批判にも憤怒にも十二分に値する。
そんな事はアタシにも分かっていた。分かっていたはずだが、彼らの今にも斬りかからんばかりの必死の形相から事の重大さを今更ながら痛感させられた。何十万の人の命を左右する戦況を総大将とはいえいち個人のこだわりと独断で決めてしまうなんて呆れてしまうほど愚かだ。太刀守殿……たとえその地位が望んだものでないにせよ、貴方の選択の結果がどう帰結するにせよ、この選択の責任は大きいですよ。そして、それに加担したアタシにもその責任の一端は間違いなくある……
「しかし帝の妹……マシタ・アカネの行動はいかなる了見か」
「まさかキリサキ・カイトに寝返ったのか!」
「だから異界人など信用出来ぬと言ったのだ!」
アカネさんの意図は正直アタシには全く見当がつかない。いや今となっては本当にアレがアカネさんだったのか、極限状態でアタシが見た幻だったのではないだろうか。そんな風にすら思えてしまう。
「いや、それよりも亜空路坊殿の裏切りが問題だ!」
「そうだ、こちらの情報は帝に筒抜けではないか!」
「御庭番の連中が砦に集まっているという情報も捨て置けぬ! もしも太刀守殿が敗れていれば、やつらは大挙してここに攻め込んでくるに違いないではないか!」
いずれにせよ考えるべき事は多事多端。怒号飛び交う喧々諤々の議場はまとまりを見る様子はない。当事者だったアタシにも全く理解が及ばない現状。この混沌に道筋を示す事ができるとすればやはりあの女しかいないだろう……
「……サシコちゃん」
ここまで黙ってアタシの話とそれに呼応して紛糾する隊長たちを眺めていた吉備牧薪が静かに口を開く。
「どうやら色々と確認しないといけない事が多そうね」
そう言うや席を立ち、帷幕の外へと向かう。
「クギに戻るわよ。吾妻榛名に聞かないといけない事がある」




