第258話 絶望のカーテンコール!(後編)
前回のあらすじ:姿を現した能面法師がガンダブロウに告げた衝撃の事実とは──
───────────
─────
──
「岩陀歩郎」
低く威厳のある声がエドン城祭事の間に響き渡る。
「サムライ師団第一連隊・村雨太刀守岩陀歩郎よ」
俺は跪きながら、顔を上げるまでもなく声の主が誰なのかを知っていた。
リャマナス侵攻での撤退戦を終え、エドンの王都アラヤドに帰還した俺はしばしの休養の後、荒涼たる戦場ではなく雅なる公王一族の居城へと招聘された。エドン城は当代最強といって差支えないエドン公国が誇る絢爛にして鉄壁の城──かつての戦の戦勝報告やサムライ師団への入団式の時などに訪れた事はあるが、このような直接王族が祭事を行う場所に訪れた事はなかった。
「此度のリャマナスでの戦功……そして太刀守の称号の継承。誠に大義であった」
俺自身は太刀守の称号を継承する事を八百万協会から告げられていたが、戦自体はリャマナスの攻略どころか山を越えることすら叶わず部隊はさんざんに打ち破られた。師団長は戦死し、俺が率いていた部隊も離散、多くの仲間を失って慕っていた明辻先輩も重傷を負った。その中で個人の武功をもって俺一人がこのような華やかな場所で称賛される事は後ろめたさしかなく、素直に喜ぶ事はできなかった。
「我が国の悲願であるジャポネシア統一。その覇業はそなたの戦神の如き働きによって大きく近付いた。そなたこそ我がエドン公国の誇りであるぞ」
しかし目の前におわす我が殿……エドン公王は俺の気持ちなどお構い無しに武勲と太刀守の権威を称える。近年のエドン公国は、大きな戦においては連戦連勝を重ね、同盟強化による外交や六行の研究・促進政策による成果も顕著でまさに戦国の覇権国家たる地位を不動の物としていた。そして、満を持してジャポネシア大陸統一の大事業に着手しようとした第一歩目にあの大敗である。少しでも敗北の印象を払拭しようという意図があるのであろう。
「……ははっ。身に余る光栄……」
明辻先輩にも言われた事だ。此度の作戦失敗の中で唯一の好材料が俺の太刀守襲名だと。死んだ仲間を思うならそれこそ太刀守になれ、と。恥知らずとの誹りも俺自身の忸怩たる思いも抱えながら、あえて俺は太刀守の名を背負う。俺の身はもう俺だけのものではない。これからは実のない名ばかりのハリボテだろうと何だろうと私的な感情は捨て太刀守としてその責務を全うする為に生きるのだ。その覚悟はもう決まっている。
「そして、これからそなたは私の息子だ」
そう。俺は恐れ多くも王家に迎えいれられた。
無論、これは形式上の事で実際に王位継承権や王家直轄領の相続権などはなく、王統の姓である徳川を名乗る事も許されない。武芸に関わらず学問、商業、芸術などで突出した業績を残した者を王家に迎えるエドン王家の伝統で、王族の末席に名前が乗る、ただそれだけだ。これは大変名誉な事であり、実際いくつかの特権も得られるらしいが、では今日からいきなり王族として振る舞えと言われても難しい。
「そのジャポネシア最強の秘剣を我が王家の一員として、これからも存分に発揮して欲しい」
「……はっ」
存分に……か。確かに太刀守の名を継承した以上は先代太刀守がそうであったように戦場でその名に違わぬ剣の力を示し続けなければならないだろう。かつての俺がそうだったように戦場で名を上げたい剣士・武芸者にとってはかっこうの的にもなり、その挑戦を退けるには今まで以上の心構えと鍛錬を重ねる必要がある。敵味方双方の屍の上に乗った血塗れの大看板はやはり血肉の塗装でしか守れない。無論その覚悟はしているつもりだ。
しかし、公王の言う「存分に発揮」はそういった事とは少し意味が違うらしい。謁見の前に軍の上層部から聞かされたところでは俺は最前線で戦うサムライ師団から王族の警護を主な任務とする近衛師団に転属になるのだそうだ。末席とはいえ王族の一員となり、かつエドンの武威を示す象徴としての「太刀守」たる俺は万が一にも敗北は許されない。箔をつけるために一方的な勝ち戦には出陣する事もあるだろうが、今までのように危険な先陣や趨勢を決める重要な局面の戦に参加する機会は激減するだろう。本来の太刀守の在り方とはかけ離れており、俺自身もそういった地位に守られる事は不本意極まりないが、政治的な判断というものもある。しばらくは公人として滅私に徹するしかあるまいが、どこかで公王には我が意を伝える必要があるだろう。
「そもそも我が王家はかつての大エドンの時代に最大の勢力を有したエド徳川家の血統で、大陸を統べる正統なる歴史を有している。そなたも一族に入る以上はその血統に恥じない行動を意識してもらいたい」
うっ……
そうか、血族ではないとはいえ、俺もエドン王家に入る以上ただの兵士ではいられない。そのあたりの振る舞いも公人として覚えていかねばならないな……
「そなたには今まで以上の大きな責任がある。我が国の国民のみならず同盟各国や敵国に至るまでがそなたの行動に注目し、その一挙手一投足が…」
「はー、お父様。硬すぎ」
不意にエドン公王の言葉が遮られる。
「座鞍! 祝辞の途中で……!」
「だって退屈すぎますよお父様。家族になるのに責任だなんだと……単に仲良くしましょう、これからよろしくね、でよろしいじゃないですか」
あ、いや、そんな転校生じゃないんだから……
この方は確かエドン公王の子女で座鞍姫……一度お姿を見たことはあったが、まさかこのような場で公王に軽口のような事を口にされるとは……王族の礼儀作法としては流石によろしくない言動であろう。
しかし……
「第一公女の身でありながらなんと不遜な! というか公の場ではお父様ではなく公王様と呼べとあれほど……」
「はいはい、王父様」
「混ざってるゥ!」
その場違いなやりとりに参列する他の王族や近衛兵たちから笑い声が漏れ聞こえる。俺としてはどう反応すればいいやら困惑するばかりだが、厳かなはずの儀式の雰囲気が和やかになったように感じられ、緊張が少しばかりほぐれた気がした。
この方は知ってか知らずか場の空気を掴み人を惹きつける不思議な魅力を持っているようだ。それはある意味では人民を率いる王族として天性の資質であるとも言える。エドン公国は男系が王にならねばならぬ決まりはなく、仮に彼女が今後王位を継承する事になり、それが平和で安定した時代であればこの資質は非常に重要になってくりだろう。少なくとも俺にとっては好意的に感じられた。
「……ふっ」
……しかし、どうやら俺もだいぶ肩の力が入りすぎていたようだな。公人としての使命ばかりに気を取られ過ぎて、家族として彼らと接するという側面を忘れていた。生まれながらの家族ではないし、礼儀作法や形式張った事が必要なのは間違いないが、彼らも同じ血の通った人間。道場時代や村に住んでいた幼き頃のように人間同士交流をする事もまた自然の成り行きで、ある種必然的に求められる役割なのだ。
「はい。それじゃあ、これからもどうぞよろしくお願いしますね。ガンダブロウお兄様」
──
─────
───────────
「な、何を言っている……? 初めて会った時から……だと? そ……そんな馬鹿な事、ある訳なかろう……俺がはじめて座鞍に会ったのは……」
そう言いかけた時に能面法師は己のつけていた能面をおもむろに外しその素顔を晒す──
「……!? なっ!?」
ば、馬鹿な!!?
これが能面法師の正体だと!!!?
そんな……いや、しかし、これならば今まで俺の事をよく知っていた事も統制者と深いつながりがあったのも合点がいく……だが、まさか……そんな……
「ふふ、まあこういう事です。ご納得頂けましたか?」
能面法師はそう言って能面を再び装着する。
「おーい、もうその辺でよいじゃろ!」
「もう夜もいい時間だし、そろそろ上がらせてほしいね」
待機している御庭番2人がそう告げると、やれやれといった仕草と共に能面法師は再び俺に向き直る。
「……という訳でネタバラシはここまでです。貴方は今までよく働いてくれましたがもう役目は終わりです」
そう言って能面法師がスッと右手を上げると黒子漆號が動き出し、俺の身体を無造作に持ち上げ首を締め上げはじめる。
どうする事も出来ない絶望感と無力感。
しかし、今の俺にはもう抗う力も恨み言や辞世の句を口にする気力もない──万事休す、か。
「さようなら、我が英雄……貴方の英雄譚は千年語り継がれる事でしょう」




