第256話 絶望のカーテンコール!(前編)
前回のあらすじ∶突然トロイワ砦に現れた座鞍は満身創痍のガンダブロウに死を宣告する!
「死んでくださいますか?」
座鞍がそう言うと彼女の背後から浅黒い肌の長身の男が飛び出し、陰陽術で出現させた赤茶色の呪力弾を何発か放ってきた。
「……猿飛丈弾!!」
二、三度跳躍して呪力弾を回避!
くっ……咄嗟の為、逆時雨を発動できない!いや、そうでなくても燕木との死闘で消耗した今完全な技を発動させられるかは分からないか……
「疲れてるのによくやるねえ」
なおも放たれる呪力弾を回避する。
こいつが出てきたという事は地備衛はもう……いや、今考えるのはよそう。感傷に浸っている余裕などない。この窮地をどう打開するか。そしてここに現れた座鞍の真意は一体なんなのか。今はそれだけに集中するのだ。
「座鞍! ここでこいつが仕掛けてきたという事は……貴女は御庭番と繋がっているのか!」
そう座鞍に問い掛けるが返事は帰ってこない。
「貴女は反乱軍を裏切ったのか! それとも何か事情があるのか!」
「……」
「答えてくれ! 貴女の真意は一体……」
そこまで口にした時、背後の壁面の向こうから凄まじい呪力を感じ背筋が凍る。これは……先程砦を変形させた六行の技と同じ呪力の気配!
ズドン!という音と共に壁を突き破って大男が姿を表す!
「こいつが太刀守か!!」
そう言うや男は金棒の横薙ぎを放つ!
俺は辛うじて草薙剣を合わせるが、衝撃を全て受け流す事はできず痛打を浴びる!
「ぐあっ!!」
くっ……恐らくは呪力を込めただけの追加効果のない単純攻撃だがなんという威力か!腕力と呪力だけでもその強さが並の六行使いを遥かに凌駕するものだと分かる!
「ん〜? なんじゃあ、この手応えは? 横綱どころか三役にも足りん。この程度で太刀守を名乗る事を許されたとは到底思えんが……」
俺は辛うじて受け身を取ると、すぐに姿勢を立て直し正眼に草薙剣を構えて大男を見据える。
この男……確か膰䳝梵蔵とか燕木が言っていたな。これほどの力を持つ者がまだ御庭番にいたとは……もしサシコやコジノちゃんがコイツとまともに戦ったとすればひとたまりもないだろう。彼女たちは果たして無事なのだろうか……
膰䳝は警戒を強める俺を尻目に追撃をしてくることも無く、金棒を肩に乗せて回りをゆっくり見渡す。
「……ああ、なんじゃ。燕木の奴と戦って消耗しているのか」
そう言うや膰䳝梵蔵は見るからにやる気を無くした様子で呪力の圧も一段下がり、猿飛丈弾に目配せする。
「……丈、あとお前がやっていいぞ」
「そういう訳にもいかんでしょうが」
にじりよる御庭番の強者2人……燕木との死闘を終えた直後で呪力の消耗激しい今、果たして勝負になるかどうか……
撤退。ここはもうそれしかない。そもそも今回燕木以外の御庭番とは戦うつもりはなかったのだ。アカネ殿の救出さえ叶えば、敵を全て討ち倒す必要などない。サシコとコジノちゃんが首尾よくアカネ殿を解放し、かつ御庭番の追撃も振り切って砦を脱出してくれていればいいのだが、今その確認をするすべは無いし今更どうこうしたって彼女たちの手助けにはならない。ならば俺も彼女たちの成功を信じて目前の敵を振り切って砦を脱出するのみ……元々そういう手筈だった。しかし……
「……」
俺は御庭番2人の背後に控えて無感情に戦闘を傍観する座鞍に目をみやる。
やはり突然現れた彼女の存在だけが気がかり!御庭番と結託し俺を邪魔者として排除しようと示唆した彼女の言動が本意なのか、はたまた何かそうせざるを得ない理由があるのか……言葉を投げかけても答える気配はないし、裏の事情があるならば今すぐその真相を知る事も出来ないだろう……ならば!
「はあ、はあ…………エドン無外流『逆時雨』……」
「「 むっ!? 」」
満身創痍の中、気力を振り絞り、先ほど放たれた猿飛丈弾の技からわずかに掠め取った土行と空行の呪力で技を発動させる!
「" 秘 剣 ・ 籃 球 返 し "!!!!」
俺は呪力球を放ち、膰䳝・猿飛両者の中間ほどの足場を狙って撃ち込む!
「おおっ!?」
「これは……目眩しかい!」
そう、技に奴らを倒せるほどの威力は今の俺には込められない。故に土埃を煙幕にして一時的に奴らの視界を遮断、逃走する隙だけ作るのに全集中……だが、すぐに逃げない!俺は膰䳝・猿飛両者の間合いを避けつつ、座鞍の方へと跳躍!彼女の腹の辺りを抱え込み、そのまま加速して戦闘領域からの離脱を計る!
「兄様……!」
今、詳しく事情を聞いている時間はない。しかし、俺を殺そうと指示したのにはきっと何か理由がある。だから、一旦はこの場から彼女を連れ去り安全な場所まで移動して事情を聞くしかない。
「私は貴方を殺そうと指示したのですよ……私は貴方を裏切った。それなのに……」
考えられる可能性としては反乱軍の仲間や民衆が人質に取られているとか……もしくは処刑されたとされている彼女の親族、つまり元エドン王家の誰かが生きていて捕らえられているという可能性もある。
「貴方は優しすぎます。貴方の大儀はもう私ではないはず。それならば私は今の瞬間に斬られていてもおかしくなかった」
そうだ。御庭番や統制者の奴らは明辻先輩の時もその手法を用いたではないか。今回も同じ様な事を仕掛けてくる可能性は充分にある。
「それを斬らなかった。いや、斬るべきなのに斬れなかった。やはり貴方は……」
「座鞍もういい。話は後で……」
「やはり貴方は英雄に相応しくない」
「……え?」
腹に冷たい感触と、凝縮された痛みが爆ぜる。
「あ!? ……がっ、ゲフッ!?」
俺は堪らず背を丸めその場にへたり込む。
「……ぐはっ、げっ……な、これは……!?」
止めどなく流れ出る血……それ以上に生命力が急激に抜けていく感覚。これまでも何度も戦闘で敵に傷を負わせ、また負わされてきた経験からこれが致命的な深手である事がすぐに分かった。
俺はなんとかその痛みに呆ける事なく、顔を上げると冷たい視線が惨めな敗北者を見下ろしていた。
「な、何故……」
俺の問いに対して座鞍は答えない。無言で佇まいながら、ただ赤く染まった手刀から鮮血がポタリポタリと落ちるだけで身動き1つしない。そう、まるで人形のように……
「何故、か。ククク、よいでしょう。お答えしますよ。貴方は今まで大いに私の為に働いてくれたのだから、それくらいはするのが筋でしょう」
そして、俺の問いに答えを返したのは不気味な能面の男──
木陰から幽霊が姿を現すように音もなくスーッと出現したその男は座鞍のすぐ隣までやってくると慇懃無礼な口調で語り始めた。
「わざわざ出てくるとはね。いい趣味してるぜ……なあ、能面法師さんよ」




