第23話 狩人たち!(前編)
前回のあらすじ:黒石氏のミッションを達成し、資金と物資を得て旅の準備は万端。ガンダブロウ一行はマガタマに詳しい人物に会うため、一路アイズサンドリアを目指すのであった。
「なんじゃお前らァ!!」
山賊の根城に突然怒号が飛び交う。
「ぐわっ!!」
次いで響いたのは彼らの悲鳴──
「おい!! どうした!! 何が起こってる!?」
山賊たちは狼狽した様子で、あわただしく走り回る。
「お、おやびん! 敵です! 殴り込みです!」
「なっ、なんだとォ!? ふざけやがってェ……どこのどいつだァ!!」
山賊の頭が不快な声でがなりたてる。そしてほのかに血の匂いが香る……
一体どうしてこんな事になったんだろう。
私の名前は天童花。近くのヨ二ズワ村に住む、ごく普通の農家の娘……
これといって人に自慢出来るようなものは無いけれど、毎日真面目に畑仕事にせいを出し、戦争で死んでしまったおっ父の教えをよく守って慎ましく平和に暮らしていた。神様へのお祈りを欠かした日だってない。町の不良連中とは違い、欲をかいて怪しい商いにも手を出したりもしなかった。
多くは望まない。ただ、今の生活がずっと続いてくれればそれでいい。そう思っていた。
それなのに……アイツらが村にやってきて、そんなささやかな平和はいとも容易く消えさってしまった。
「オラァ! 俺たちゃあ泣く子も黙る煉獄鬼神會のモンだ! この村の若い娘を全員連れてこんかい! そうすりゃ命だけは助けてやる!」
二日前──突然やってきたやつらはそう宣言し、若い娘を探して村を荒らして回った。
小さな村にやつらに歯向かう力などあろうはずもない。私も畑仕事も途中のまま、やつらに捕まり、ほかの娘たちと一緒にこの山城に連れてこられた。
「ヘッヘッヘ! こいつらを都の連中に売れば大金になるぜ!」
どうやら都に大規模な歓楽街が建設される予定らしく、そこで働く女たちを徴集すべく、この辺りの山賊たちはこぞって女狩りをしているらしかった。
そこでどんな仕事をさせられるかは、いくら田舎娘の私でも容易に想像がつく。
私たちは、都会の金持ちたちの下卑た遊びのために売られるのだ。それだけで人生を絶望するには十分だったが、今まさに更なる災厄が私たちに襲いかかろうとしていた。
「村を襲ったことは役人どもにも話が通ってるはず……とすれば、ヨソの賊がウチの女どもを奪いにきたか、村のやつらが雇った用心棒か!?」
得体の知れない襲撃者に山賊の頭がそう訝る声が聞こえた。しかし、残念ながら助けがきたとは考えにくい。村には腕の立つ者も用心棒を雇う金もない。そしてお役人までもが味方でないのなら、今山賊を襲っているのは正義の味方などではなく、私たちの運命をかき乱す新たな脅威であるに違いなかった……
「ぶっ殺すぞ!! この野郎!! 」
叫び声。次いで、ガチンガチンと金属がぶつかり合う音が響く。
この牢のすぐ近くだ。
「ゲハァッ!?」
山賊の断末魔が聞こえると、それ以上は音が聞こえなくなった。
私たちを攫った山賊をすら蹂躙する力──それが今まさに目の前まで迫ってきていた。他の村娘たちは牢の隅で怯えている。
ああ、神様……何故…………何故、このような惨い運命を私たちに与えるのです?
私たちが一体どんな罪を犯したというのか?このような運命に見舞われるのなら今まで節制し、真面目に仕事に取り組んだ事は一体何の意味があったというの?
私が神と己の無力さを呪って、膝をついたその時、牢の前に「新たな脅威」が姿を現した。
「はあ~、ここの山賊は大して強くないなあ。はずれだ、はずれ」
そうぶつくさと独り言を述べる男は、あくびをしながら頭を掻いた。
褐色の羽織に、灰色がかった黒髪。体格は中背で筋肉の厚みもさほどではないものの、その身体からは悠然とした力強さを感じさせた。大地に深く根ざす古木のような……そんな不思議な雰囲気を持つ男であった。
一見して男からは山賊たちのような粗暴さを感じられない。しかし、その手には血の滴る太刀が握られ、海千山千の山賊たちを打ち倒した「脅威」を男が秘めている事は疑いなかった。
この人は一体…………?
「おっ、何だ君たち!? 何故こんなところにいる?」
私が彼という存在をどう評価するか迷っている時、彼のほうも私たちの存在に気がついた。
「あ……あの……私たち山賊にさらわれて……」
「むむ。そうであったか……なんと哀れな……」
どうやら男は私たちがここに囚われていたことは知らなかったらしい。では一体何のためにこの山城に訪れたというのか?
「はァっ、はァっ……! ちょっと……た、太刀守殿ぉ……待って……待ってください!」
「お、サシコ。ようやく来たか」
男の後に息を切らせてやって来たのは私よりも齢が低そうな若い女の子であった。
女の子は実に可愛らしい容姿で、特徴的なくりっとした金色の瞳と猫の模様をあしらった明るい橙色の着物姿はとてもこのような場には似つかわしくない風体であったが、その手にはしっかりと小太刀が握り締められていた。
「こんなトコで置き去りにしてくなんて……修行にしたってヒドイっすよ!」
「スマンスマン。だが、どうだサシコ? ひい、ふう、みい……山賊の根城を攻めるのもこれで5回目だが、そろそろ慣れてきたんじゃないか?」
「慣れないですよ~!」
「ははは、まあ命のやり取りで緊張感を持ってもらうのもこの修行の目的の一つだからな。ウン、やっぱり、剣の修行には山賊狩りが一番だな」
な、なんなの、この人たち……
修行とか言ってるけど、私たちが心底恐怖していたこの万魔殿のような山賊の砦を、まるで近所の野山を散歩するかのような気軽さでいとも容易く蹂躙するなんて……
「太刀守殿、ところでこのヒトたちは一体……!?」
「ああ、ここの山賊に人攫いにあって牢に囚われているらしい。不憫なのでついでに開放してあげようと思うのだが…」
「コラァ!! ふさけやがって!! テメエらどこのモンだァ!!」
その時、牢の奥にある部屋から山賊の頭が3人の子分を引き連れて現れた。
「俺たちが誰だか分かってんのかッ!? 泣く子も黙る煉獄鬼神會のォ…」
「オッ! ようやく頭目のお出ましだな!」
「ああんっ!?」
「ふーん……見た限りあの頭目と戦うのはサシコにはまだ少し早いな。よしっ、俺がアイツと戦るから、サシコは周りの雑魚と戦ってくれ」
「えっ!? さ……3対1ですよ!? 無茶です! 無謀ですゥ!」
「いやいや、今のサシコなら十分倒せると思うね、俺は」
「そんな~!」
「ああ、あと言いつけ通り殺しはダメだぞ。今は戦乱の世では無いのだし、人は殺さなくて済むならそれに越した事は無いだろうからな」
この期に及んでも、そんな呑気なやり取りに終始する二人……
ただでさえ根城をここまで荒らされた挙句、まるで倒されることが確定事項のように扱われた山賊の頭は面白いはずがない。
「けっ! クソが! ふざけやがって! 煉獄鬼神會の頭目"ヤマガの雷神"鬼雷坊を舐めるなよ!」
そう言うと山賊の頭は得物の白い金棒を振り回し、侵入者に突撃した。
「よっ、と」
「ぬう!?」
頭の攻撃は男にあっさりと回避される。
「こういうデカイ得物を持った相手は肩と上腕の動きをよく見て、攻撃をかわす事。ビビらなければ武器の軌道を読むのはさほど難しくない」
男は攻撃回避のコツを解説するほどの余裕ぶりだ。にも関わらず、頭はニヤリと余裕の笑いを見せた。
「へっ! 掛かったな!」
そう言うや否や、頭の持つ長大な金棒が無数の節に分裂し、鞭のようにしなって男に迫った!
「おっ? 仕掛け武器か!」
「俺様の特注金棒"白鉄大蛇"を簡単に避けられると思ったら大間違いだぜ! さらに……」
何節にも分かれた金棒が、突然放電!
え!? これって……噂に聞く、六行の技ってやつ……!?
「ハッハァ! どうだ驚いたか! 俺様は六行使い! "空行"の技が使えるのさ!」
「ほぉ……"空行"の電導侵食を応用した技か。山賊風情が意外とやるじゃないか」
「今更驚いても遅いわ! 死ねぇ!」
山賊の攻撃が男に迫る!
あ、危ない!
「ふー、だが」
瞬間──男の姿が視界から消える……
「な、にィ!?」
男は瞬時に頭の目の前に移動!
えっ!?
と私が声を上げる間もなく、決着は一瞬でついた。




