第242話 強肉弱食!
前回のあらすじ:トドメを刺さんとサシコが鞍馬刑部に歩み寄ったその時──!
※一人称視点 サシコ
バキィン!!
倒れた鞍馬刑部へと攻撃を仕掛けんと刀を構えた矢先──突如として小太刀の刀身が根本から折れてしまう。
「え……ええっ!?」
そんな!
先程の大技の打ち合いで刀身に限界がきていたのか……よりによってこんな時に刀が折れるなんて……!
「はぁ、はぁ……ふ、ふふふ……最後の最後に……保険が生きたか……」
倒れたままの体勢、息も絶え絶えながら鞍馬刑部は笑ってみせる。保険……て、あ、まさかあの時……!
「古代剣・久延毘古太刀……あれに触れ続ければ、どんなものでも……腐食して強度が……げほ! げほ!」
鞍馬刑部との攻防の最中、赤錆びた骨董品のような剣を受けた時に感じた嫌な感覚……やはり、あれはただの剣ではなく追加効果が付与されていたのね!もう少し長く受け太刀していればさっきの技の打ち合いで負けていたのはアタシだったかもしれない。危なかった。
しかし、アタシにはもう一本刀がある。
アタシは天羽々切をゆっくりと引き抜き構える。これは六行の属性を無効化する性質があり、これを使う時にはこちらの六行の技も使えないのだけど、事ここに至っては特にそれは問題にならない。倒れて動けない鞍馬刑部にトドメを刺すだけなのだから、六行の技を発動させる必要はもうなく……
「……あっ!?」
鞍馬刑部を再び見やると、彼は懐から取り出した「銃」をこちらへと向けていた。
「ふ……ふはは……お、奥の手は……最後まで取っておくものだ……」
ぐ……まだ、あんなものを隠していたなんて!
「銃」から発射する弾丸は六行の技ならば防ぐ事もできるけど、天羽々切を手にしてしまった今六行の技は発動できない。アタシの素の身体能力での身のこなしだけでは恐らく弾丸を回避することはできない!
「宮元住蔵子……こ……これで終わり……だ……!」
鞍馬刑部は震える手で狙いをアタシに定める。
「神に選ばれた天才に……何の才能もなかったこの私が……この私が……勝……」
万事休す!
太刀守殿、アカネさん、コジノさん!すみません!
アタシはここまでみたいです!
そう覚悟し、目をつぶったその時──
「がはっ!!」
致命傷を負って血を吐いたのはアタシではなく、鞍馬刑部の方だった。
「ぐ……き、貴様……!?」
鞍馬刑部は銃を床に落とす。
見ると彼の背中には槍が突き立てられていた。彼に止めの一撃を入れたのは孫悟郎であった。
「ケッ! 何が才能だ!」
孫悟郎……火薬の爆風を食らって倒れていたけど、いつの間にか復活していたのね。
「望んで戦場に出た奴が、弱い理由を才能のせいにしてんじゃねぇ!」
孫悟郎が吠える。
その言葉には六行すらも使えない身でありながら仕込み槍一本でこれまで激戦を生き抜いてきた彼の矜持のようなものを感じられた。
いや、このアホの事だし、恐らくそんな事まで考えて言ってるんじゃないんだろうけど……
「が……ば、馬鹿な……この私が……こんな……こんな六行使いでもない小僧に……ハッ!」
鞍馬刑部の身体から黒い煙を上げると、半妖化していた身体が元に戻っていく。
「うおっ……人の姿に戻りやがった!」
鞍馬刑部は背中の致命傷から血を流しながらも最後の力で床を這う。
「……こ……これが……反逆……弱者が勝ち……強者が敗れる……という事なのか!? ま……まさか私自身が……やられる側に……なる……とは……」
鞍馬刑部は才能のない身で才能のある者を倒すことに拘っていた。つまり自分より上の者ばかりに気を取られていた訳だけど、最期は自分自身が見下していた己より更に才能のない者にトドメを刺されるなんて皮肉と言うしかないわね。
彼自身も死に際し、その皮肉を感じていたのか己の運命に嘆くとも満足するともいえないような笑みを浮かべていた。そして、部屋の中央あたりまで這って仰向けになると、自身が収集し部屋に集められた武器や防具を一望し、天を見上げて辞世の句を述べた。
「武器を取れ、同士たち……隊列を整え……進め進め……不浄の血で田畑を染め上げ……る……ま…………で……」
鞍馬刑部……何故北ジャポネシアで名を馳せた義賊が御庭番十六忍衆の軍門に降り、亜空路坊の名で反乱軍を組織するに至ったかの詳しい経緯は分からない。しかし、彼の格上に勝つために様々な武器や戦法を駆使する工夫と、弱者が力をもって強者を倒すという執念はいち剣士としてアタシの心に深く刻まれた。
今まで倒されてきた他の御庭番や強敵たちもそうだけど、彼らの生き様、散り様は立場や主張を超えて人の心に響くものがある。太刀守殿……剣士というものはこうやって戦場で倒した敵の強烈な思いも受け止めて成長していくものなのですね。
……
……と、こんな感傷に浸っている暇はないんだった!
「そうだ、コジノさん!!」
アタシは鞍馬刑部のマガタマで瞬間移動させられてしまったけど、元々は地下牢からアカネさんを救出する途中だったのだ。そして、アカネさんを助けた暁には難敵・膰䳝梵蔵を足止めしているコジノさんにすぐ助太刀に向かうはずだった。それが想定の何倍も時間がかかってしまった上にアカネさんの居場所も分からない。
「早くコジノさんを助けにいかないと……それからアカネさんの居場所も探さないとだし……いや、その前にまずここはどこなの……?」
ぐ……考えなきゃいけない事が多くて頭が混乱してきた……今のアタシはどうすれば最善なのか。鞍馬刑部を倒す前に色々と聞き出せなかった事が悔やまれる。
こんな時に太刀守殿や吉備牧蒔がいれは彼らが行動指針を決めてくれるのだけど、今はアタシ一人で行動を選択しなければならない……て、そうだ!
「孫悟郎! ここは砦の何階でどのあたりなのか分かる?」
「ああ、そりゃ……分かんねえな。オイラも夢中で走ってたらいつの間にかここに辿り着いたってだけだし」
「ちっ! もう! 役に立たないわね!」
「あっ!? なんだと!? お前、オイラがいなかったら今頃…」
そう不毛な言い合いをしている時──
凄まじい振動が砦を揺らし、混乱をより一層深い混沌へと変えた。




