第22話 道をはずれて!
前回のあらすじ:旅の仲間にサシコが加わった!
「おおおっ!!! それは正しくハッコーダ草!!!」
旧エイオモリア領ヒロシンキ・黒石金左衛門の屋敷。虹の泉で採取したハッコーダ草を献上すると、依頼主の黒石氏はその場でとび跳ねんばかりの喜びようを見せた。
「その方ら、本当によくやってくれたぞ!! どれだけこの薬草が来るのを心待ちにしていたか……おい、早速薬草を練って塗り薬を作るんだ!!」
黒石氏は執事に指示を飛ばし、塗り薬の精製を急がせた。
うーむ。想像以上の反応だ……よほど痔に悩んでいたと見えるな。正直、ここに来るかどうかは少々悩んだ。本来の目的たる馬車はサシコの差し入れで手にする事が出来たのだし、追っ手のかかる状況で律儀に黒石氏にハッコーダ草を届けに行くのは待ち伏せのリスクがあったからだ。
しかし、せっかく目的物を入手するところまできたのに仕事を途中で放り出すような事をするのは主義に反する。なんとなく居心地が悪い。
という訳で(特にアカネ殿にもサシコにも反対されなかった事もあり)、リスクを覚悟で黒石氏の元を訪れてみたのであったが、待ち伏せ等はなくその心配は杞憂に終わった。
「こたびの事、礼は言い尽くせぬ!! さて、この恩、どう報いたものか……」
「いえいえ、道すがらでしたし、そんな大した事ではありませんから礼なんて……」
と、そこまで言いかけたところで隣にいたサシコに脇をこづかれた。
「あ痛っ」
「いやあ、実際、道中の野盗どもは相当に手強く、からくも撃退には成功しましたが、代償にいくらかの物資はやつらにかすめ盗られてしまいまして……」
「むぅ、なんと!」
「我々、ウラヴァまでの旅の途中という事もありまして、この物資の損失は存外に痛く……つきましては心ばかりでも路銀の補填を頂けると非常に助かるのですが……」
おお、なんという口八丁……無論そんな事実は無かったが、黒石氏の反応を見る限り報酬交渉としては効果てきめんのようであった。
「そういう事ならお安いご用だ! 旅に足るよう資金と物資を援助しよう!」
「ありがとうございます!!」
黒石氏はこの手の富豪にしては珍しく──というと偏見かもしれんが──純朴で善良そうな人物であった。なので、帝から追手がかかる身という状況も相まって、真実を隠したまま支援を受けるというのは少々気が引けた。が、旅を続ける上ではあまり綺麗ごとばかり言ってもいられないだろうし、ここは素直に好意を受け取っておく事にした。
「サシコちゃん、なかなか弁が立つねぇ」
隣にいたアカネ殿がひそひそ声でサシコの話術を称賛した。
「うむ。サシコにこのような才覚があろうとはな」
したたかな娘だ。だが実際、馬車の提供は旅を続ける上で非常に助かった。戦闘力の面ではまだまだ未熟もいいところであるが、生活力や交渉力という面では俺などより遥かにすぐれている様である。アカネ殿も年の近い彼女の加入には喜んでいるし、彼女の身の危険さえ鑑みなければ心強い旅の助っ人と言えるだろう。
まあ、それもこれも俺に計画性や資金力が無いが故なのだが……
つくづく、男として情けない話だ。
「おお、塗り薬が出来たか! では、早速患部に塗るとしよう……時に旅の者たちよ」
「はい?」
「ワシが塗り薬をケツに塗るところを見ていてはくれぬか?」
「「「 え っ ! ? 」」」
「 見 て い て は く れ ぬ か ? 」
「…………え、遠慮しときます」
前言撤回。
まったく純朴という訳でもないらしい……
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「う~む、こんなもの……貰ったところで使い道も無いんだがな」
黒石氏から受け取った食料や水などを馬車の荷台に積みながら、同じく"お守り"と称して受け取ったコケシ人形を見つめる。
「我が家に代々伝わる魔除けのコケシだ。このコケシは旅の中できっと幸運をもたらすだろう。是非持っていってくれ」
……との事で、支援を受けた手前断りづらく受けとる運びとなった。
「そのコケシ、ちょっと黒石さんに似てますよね」
アカネ殿がそう指摘する。確かにコケシの顔は黒石氏に酷似していた。それに、何だか赤い塗料が血の色にも見えて、そこはかとない不気味さを放っていた。
ん? 待てよ…………黒石氏の持病は痔で、コケシには血(のように見える色)…………………………いや、考えるのはよそう。
「ねえ、ガンダブロウさん。この後はどこに向かうんですか?」
「あたしも旧エイオモリア領を出るのは始めてで……どこを通れば首都にいけるか、全然土地勘がないんすよ」
「うん、そうだな……」
まずは二人に今後の旅程について話した。
「今いる町はサイタマ共和国北領ヒロシンキ……ここから街道を旧ミヤーギュ王国領センダール方面に南下していくのが最短の経路であるが、馬鹿正直にそこを行けば追手の待ち伏せを食らう可能性がある」
俺は広げた地図を指差しながら二人に説明する。
「今のところは町に手配書は回っていないようだが、この先何が起こるか分からない。警戒するに越した事はないだろう……なので正規の道筋をはずれて、オウル山脈沿いの峠道を通って首都圏を目指そうと思う」
「山道を……ですか?」
サシコが心配そうな眼差しをこちらに向ける。
「ああ、馬車の通れるところを選んでな。もちろん、主要街道をはずれることの危険さもある。山賊や獣、場合によっては妖とも鉢合う可能性がある……が、それでも御庭番十六忍衆の手練れから襲撃を受けるよりはいくぶんかマシだろう」
幸い、俺はエドンの兵士時代にこの辺りの戦場に何度か訪れた事があるので土地勘がある。また、襲撃を受けた際には大通りで戦うよりかは、周囲への被害も少なくなるだろうという思惑もあった。
「ひとつ聞いていいですか?」
アカネ殿の質問に俺はこくりと頷いた。
「前から気になってたんだけど、妖……て一体何なんですか? この世界にはそういうバケモノの類はいないって、神様には聞いてたんですが」
アカネ殿の質問は妖についてであったが、これは俺もどう答えていいか迷った。
「うむ、実を言うと…………よく分からないのだ」
「ええ?」
「妖どもがジャポネシアに頻繁に現れるようになったのは、そう昔の事でもない……ここ三、四十年くらいの事なのだ。それまではその存在は伝承でこそ言い伝えられていたが、出現が公に記録される事はなかった」
「…………ふぅーん」
「一説では動物や人間を妖に変貌させる陰陽術が何者かによって開発されたとも言われるが……真実の所は誰にも分からん」
「まあ、確かにそういう陰陽術があっても不思議じゃないかァ……」
「分かっている事は、妖は姿形こそまちまちだが、必ず呪力を利用した攻撃手段を持っているという事だ。ただ、知能は総じて低く、単体で戦う分には手練れの六行使いと戦うよりは苦戦しないだろう」
「ふーん……なるほど。なるほど」
アカネ殿は何だか納得したような、してないような様子で曖昧に頷いた。しかし、妖について俺が話せるのはそれだけしかない。何せ妖というやつは、そう頻繁に現れる訳ではないので生態の研究が進んでいない。
実際、人間から妖に変異する者がいるというのも牛鬼との戦いで始めて知ったくらいだ。
「……さて話を戻そう。山間の道を進むことにはもう一つ理由がある…………アカネ殿が探しているマガタマの件だ」
「あ、この前言ってたマガタマについて詳しい人が知り合いにいるってやつ……?」
「うむ。ヤツのいる場所へ行くにはどのみち山道を進むことになる」
正直、ヤツに会うのはそこまで気乗りはしない……ヤツの事だから、協力を頼むにしてもどのような条件をつけられるか分かったものではない。
しかし、アカネ殿が元の世界に戻るにはマガタマが必要というのだから、仕方がない。ヤツよりマガタマに詳しい人間はジャポネシアにはそういないだろうからな。
「さあ、では出発だ。日が沈むまでに行けるところまで行っておきたい。目指すはオウル山脈の終着の町、アイズサンドリアだ」




