第235話 ゲームチェンジャー!(後編)
前回のあらすじ:己の目的を揚々と話す亜空路坊はサシコに対してその大義を問いただす。
※ 一人称視点サシコ
亜空路坊からの突然の問い──
「宮元住蔵子……龍の玉視を持つ選ばれし者よ。お前は今の世の事をどう思っているのだ?」
今の世の事をどうって……
……
「キリサキ・カイトの力を背景にした統一国家の絶対的支配。奴に媚びへつらう何の取り柄もないクズが優遇され、力ある者、心ある者が抑圧される……実に歪んでいる。人間の常道にも自然の摂理にも反しているとは思わんか?」
…………そ、それは……
「不条理な秩序は不平等を産み、無為と無常が民を支配する。そんな世界が本当に望ましいのか?」
旅の中で見てきた様々な光景を思い出す。
確かにこの世界は不平等だ。
いびつに歪んだ統一のせいで多くの人が憤っている。それは間違いのない事実。そして、その現状を打破する為に武器を取ることを選択したのは民衆たちで、いくら扇動されたからといってその責任を全て他人に着せることは出来ないだろう。かくいうアタシも成り行きとはいえ、それに組みして戦争の一端を担ってしまった。
「力を持つ者がその力を自覚しながらも行使せずにいるのは罪な事だぞ。宮元住蔵子……もうお前は分かっているはずだ。お前が今何を成すべきかを」
亜空路坊の言葉がアタシの心を激しく揺さぶる。
……アタシだってこの世界が正しいとは思わないし、アタシなりにこうあるべきという理想もある。理想を叶える為にはどうしたって力がいるのは否定しないし、ジャポネシアの歴史の中で戦争が現状を劇的に変える手段として幾百年も繰り返されてきたのも事実だ。そして、今再び戦争は始まり既に後戻りの効かないところまで来てしまっている。
今更ながら改めてその事を自覚した時、様々な混乱と葛藤の中で先の見えない暗闇を走っているかのような心の情景に薄っすらと一筋の小路が見えたような気がした。もしかしたらアタシの……自分自身の手によってこの世界を変える事が出来るのだとしたら……
得体のしれぬ高揚感。もはや否定できぬほどに高鳴る心臓─と、その時、亜空路坊が何かを懐から取り出し、アタシの足元に投げつけてきた。
「え……?」
足元を見やる。
そこに転がっていたの葵紋をあしらった銀の腕章……
ま、まさかこれって……!?
「御庭番の腕章!?」
見覚えがある。旅の道中、戦ってきた御庭番十六忍衆たちが着けていた腕章だ……それを何故アタシに!?
「宮元住蔵子。私はお前を御庭番十六忍衆に推薦する」
「んなっ!?」
亜空路坊の言葉には耳を疑った。
アタシを御庭番に……て本気なの!?
「お前の力はこの不条理な世界を変える為にある。さあ、それを拾え。そして、我々と共にこの国を…」
「やめて!!」
亜空路坊の言葉を遮った。
「アタシは何と言われようが、貴方達には従わない!」
アタシはきっぱりとそう言い放つと、足元にある腕章を拾って亜空路坊へ投げ返す。
「アタシは貴方達の様に力が全てだなんて思わない! 今の世が正しいとも思わないけど……でも! 貴方たちが目指す戦乱の世はもっとまっぴらなのよ!」
亜空路坊の巧みな話術に引き込まれそうになったが、惑わされてはいけない。ヤツの理想論はただの詭弁。中身のないスカスカの理屈をそれらしく繋げただけだ。
「アタシは旅の中で、力は無くとも不条理に耐えて立派に生きる人たちを見てきた! 彼らは争いなんか求めてない! あの人たちは大切なものを奪われる事なく、ただ平穏に暮らしたいと考えているだけ! 彼らの……力無き者たちの気持ちを理解できない貴方達がどんな理想を掲げたって、アタシには何にも響かないのよ!」
「……お前がそれを言うのか」
今まで飄々とした態度で話していた亜空路坊はアタシの反論に対し、初めて怒気を孕んだ言葉を口にした。
「私は少なくともお前よりは力なき者の事を理解している。どんなに力を欲しても手に入らぬ者の絶望と苦悩をな……故に!」
……力無き者を……理解している??
「彼らに私が力を与えてやるのだ! 見給え!」
そう言って亜空路坊が指をパチンと鳴らす。と、壁に掛けられた松明の小さな火がいきなり大きく燃え上がり、薄暗かった部屋を明るく照らす。そこには今まで見えていた部分にある数倍以上の武器や防具がビッシリと配置されていた。見るからに神聖そうな物や非常に珍しい形状の物まで多種多様な武器防具の数々は博物館の展示といった様相である。
「この宝物庫にあるのは私が半世かけて収集した武器・防具の名品たち! 中には銃や君の持つ天羽々切にも劣らない強力な兵器もある……これらが戦に使用されれば、力無きものが力ある者を倒すこともできる!」
亜空路坊は高らかにそう言ってのける。
「私はこの武器・防具を正しく配分する事で世界の力の均衡を保つ事ができる! 力ある者と力なき者の格差を正しく調整する事ができるのだ!」
ゆ……歪んでいる。
力が全て、帝の贔屓は許さないと主張しつつ、一方では弱き者は見捨てず武器を与えて力の均衡を調整すると嘯く。傲慢も良いところ……やはりコイツとは分かりあえそうにないみたいだ。
「それが出来るのはこの世界で私だけ! 龍の玉視や太刀守の称号を持っていても成し得ない! この私、御庭番十六忍衆が一人、鞍馬刑部にだけできる事なのだ!」




