第230話 危険領域!(前編)
前回のあらすじ:アカネを救出に向かった先に、御庭番4強の一角・膰䳝梵蔵が待ち構えていた!
※一人称視点サシコ→ガンダブロウ→サシコと場面転換します
「御庭番4強の一角……イヨフランシスの超力童子・膰䳝梵蔵。まさかあの人がいるとは」
膰䳝梵蔵。それがあの危険な呪力を放つ男の名前なのね。とりあえずは気取られぬよう呪力の気配を断って物陰から様子を伺う。
「4強……て、御庭番の中でも上から4番目に入る強さって事ですか?」
「うん。分かりやすく言えばウチの師匠や金鹿と同じくらい……いや単純な戦闘力だけならもっと上かもしれん」
ええっ!?
アタシら二人がかりでも全く相手にならなかったあの金鹿馬北斎や太刀守殿さえも一目置く燕木哲之慎よりも更に強いかもって……まだそんな強い奴が御庭番十六忍衆にはいるの!?
だとするならば、今のアタシとコジノさんの力でどうにかできるのだろうか……
「ぐごー」
つけいる隙があるとすれば、今は油断しきって寝ている事だ。
「どうします? このまま気付かれない様にそ〜と横をすり抜けてみるか……それとも卑怯ですが、寝込みを襲ってみるとか」
いかな強者でも眠っている間は無防備というのは万人に共通する。むしろ、まともに戦えば相当な驚異となる難敵を楽に倒す事が出来る絶好の機会と考えれば、アタシたちはツイていたとも言えるかもしれない。剣士としては恥ずべき事ではあるけれど、アカネさんを助ける為にはやむを得ないだろう。
「いや……それでも勝てるかどうかは全く分からん。あの人の強さはそれ程規格外やけん」
うっ……
二人で寝込みを襲っても勝てるか分からないって……そんなに危険な相手なのね、あの膰䳝梵蔵という男は……
「しかし。ではどうすれば……」
「……ウチに考えがあるばい」
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「……よう」
螺旋階段を登り切りトロイワ砦最上階の展望台に辿り着く。そこは壁のない360度物見可能な展望台となっており、半球形の天井は高く実際の広さ以上に開放感があった。その中心には男が背を向けて立っている。
「言われた通り、来てやったぜ……燕木」
三叉の槍を手にしたその男はゆっくりとこちらに振り返る。篝火と星の輝きに照らされた隻眼隻腕の美丈夫の姿は、何かこの世のものとは思えぬ程の神々しさを帯びていた。
「……コジノはどうした?」
「アカネ殿を解放しに行って貰ったよ」
「そうか」
燕木は短くそう答えるだけで、その事にこれといった関心がない様であった。やはりコジノちゃんの言うとおり、燕木はアカネ殿の処遇にはあまり頓着していないのだな……
ふっ……そうだ。この男にとっては自分の立場や地位など関係ないのだったな。ただ純粋に強さを求め、ただ純粋に自己を高める。昔から何も変わらない。片腕と片眼を失ってなお己の道を貫き、それで滅ぶなら本望か。くくく……まったくもって救い難い。本質的には踏越死境軍と何も変わらないな。
「始めようか」
燕木。お前には言いたい事がたくさんある。だが、今はあえて何も言うまい。
「エドン無外流『逆時雨』、村雨太刀守岩陀歩郎」
「……ダイハーン無外流『飛燕翼』、燕木哲之慎」
「「 いざ!!!! 参る!!!! 」」
俺は草薙剣を引き抜くと、美しく清廉なる愚者の間合いへと踏み込んだ。
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「あのー」
「……んあぁ? 誰じゃ?」
コジノさんは眠っている膰䳝梵蔵の目の前まで近づくと、彼は目を覚まして彼女の顔を怪訝そうに見上げた。
「……お休みのところ失礼いたします。ウチ……いや私は砦の守備兵で佐々木と申します。今この砦に敵が侵入した事は既にお耳に入っておりましたでしょうか」
「あ? 敵じゃァ?」
コジノは膰䳝梵蔵に守備兵のていで報告をはじめる。
「はい。反乱軍の総大将・村雨太刀守が少数の手勢を率いて奇襲をかけてきたのです」
「おう! 太刀守とな!」
膰䳝梵蔵は太刀守の名を聞くや、ぬ~と立ち上がる。荒々しい金の長髪と、身体に無数に刻まれた入れ墨がその巨体の迫力をより一層際立たせる。そして、銀色に煌めく両眼は恐らく「玉視」……ううっ。近づいてみるとよく分かる。呪力、体躯、面相、どれをとってもその威圧感は今まで会ったどんな相手よりも恐ろしい。でも……
「はい。今は上階で他の燕木殿や猿飛殿が応戦していますが、苦戦を強いられており、膰䳝殿に増援を求めてきています」
膰䳝梵蔵は「ほう、ほう」と首を頷きながらコジノさんの報告を聞いている。彼女の話を疑いなく信じている様子だ。
膰䳝梵蔵は御庭番十六忍衆でも1、2を争うほどの強者。しかし、その知性は決して高い方ではなく、コジノさんの顔も覚えてないだろうとの事だったが、その見立ては正しかったらしい。
「はは〜! こりゃ、しもうたなァ! 退屈で昼寝しちょる間に上じゃそんな面白い事になっとんのかよ!」
大きなため息と共に、膰䳝梵蔵はボリボリと頭を掻きむしる。コジノさんの作戦──それは彼をコジノさんが色々と方便を使ってこの地下から引き離し、その隙きを突いてアタシが奥にいるアカネさんの救出に向かうというものだ。
「それにしても太刀守か。がははっ。当代の太刀守とやらがどれ程のモンか試してみたい気もあるが……ここの見張りはどうする? 燕木の奴はなんか言っとったか?」
「……はい。こちらにいる武佐木小路乃殿が異界人の見張りを代わられるそうです」
そう言ってコジノさんはアタシがコジノさんであると紹介すると、膰䳝梵蔵がジロリとアタシの顔を覗き込む。
「こ……この度新たに御庭番に列せられた武佐木小路乃です。以後、お見知りおきを」
「……ああ、なるほど。新入りが決まったのか」
御庭番はやられた欠員を埋める為にちょうどこの砦で選定を行っていたとの事で、見たことのない者が派遣されてきても違和感は少ないはず。砦にいた敵の数が増えてしまったのは不運だったけど、その事を逆利用してとっさにこのような嘘を思いつくとは、コジノさんも中々頭の回転が早いわね。
「ですので、膰䳝殿は急ぎ、燕木殿たちに加勢を!」
「おう! そういう事なら心置きなく、太刀守と戦えるぞな!」
そう言い放つと膰䳝梵蔵は鼻息を荒くする。
ふぅー、良かった。信じてくれたみたいで。これでなんとかこの場は切り抜けられそうだ。そう安堵しつつ、膰䳝梵蔵とすれ違おうとしたその時──
「おう! 待てぃ!」
膰䳝梵蔵はアタシを呼び止める。
「お前……その剣。天羽々切じゃねぇのか。何故それを持っとる?」
……ドキリとした。
アタシが腰に差している天羽々切……この剣は元々七重隊長が所持していた名刀で、漆黒の刀身と漆黒のしつらえで見た目も特徴的であった。
「そいつは確か今、太刀守の手下の何とかいう小娘が持っていると能面法師のやつが言っていたな」
そう指摘すると膰䳝梵蔵は今度はサシコさんの方を睨んだ。
「それに……お前、さっき異界人と言っとったな。ここに囚われているのが異界人だという事は守備兵どもには教えてないはずじゃが」
そう言った瞬間、膰䳝梵蔵の放つ呪力の出力が更に上がるのを感じ、全身が総毛立つ。
「……お前ら、ナニモンじゃァ?」




