第228話 トロイワ砦の攻防!(後編)
前回のあらすじ:アカネの救出をコジノとサシコに任せ、ガンダブロウは燕木と決着をつける為、砦の最上階を目指す!
「ここを真っ直ぐ行った先に階段があります。そこから一気に最上階まで登って下さい。そこに燕木師匠はおります」
というコジノちゃんからの情報の通り、サシコたちと別れてしばらく走ると幅の広い螺旋階段にたどり着いた。この階段が燕木の待つ最上階の展望室に直通している。後ろからの追手はサシコたちが引きつけてくれたし、後はこの階段を駆け上がり燕木との決戦に集中すればいい……のだが……
「……結局お前はなんでこっちに着いてきているんだ」
ちらりと後ろを振り向くと、そこには巨体を揺らして着いてくる猪村地備衛の姿があった。
「……別に」
地備衛はそうぶっきらぼうに返す。
「ただこっちの方が面白い戦いに出くわせそうだと思っただけだ」
……ふーむ、どうも釈然としないな。
「お前……まさか、また俺と燕木の決闘に割り込んでくるつもりじゃないだろうな?」
「……さァな」
問い詰めるも地備衛はハッキリとした態度を示さない。
コイツ……一体何を企んでいる?
これまでの行動傾向から二人きりになった途端にいきなり襲ってきてもおかしくないと思っていたが、今のところその様子はない。俺との対決に執着するのはやめたのか?いや、であれば何故俺についてくるのだ?
……
……むぅ。考えが読めん。不気味だ。
今はコイツの事まで気にしている余裕はないのだがな……
「……オマエ、前行けよ」
「ハァ? 何で?」
「お前に背中見せるの怖いんだよ」
「……俺が信用出来ねぇってのか?」
「出来る訳ねえだろ!!」
と、真意の分からぬ地備衛の存在を警戒しつつ、螺旋階段を駆け上がっていくと……
「おっ、来た来たァ」
最上階の手前で待ち構える人影が3つ。
その内、中央に立つ剃髪・長身で肌の黒の男の姿を視認すると胸がざわつき、右肩が痛みはじめる。
「やはりここに来たか、太刀守」
「貴様、猿飛丈弾! それと……」
待ち構えていたのはアカネ殿を攫った張本人、御庭番十六忍衆の猿飛丈弾であった。そして、彼の斜め後ろに控える二人の男……そのうち左側のナスのヘタのような珍妙な髪型の男にも見覚えがある。
「げへへっ! また会ったなっつって!」
「お前は羅…………えーと……ら何とか!」
「羅蠅籠山だっつって!」
そうだ、コイツは羅蠅籠山!
ミヴロで戦った金鹿馬北斎の手下で傭兵集団・幻砂楼の遊民の一人。作戦途中で一味から見限られた事で、彼らを裏切り俺たちが金鹿を打倒するのを支援した。まさかあの後、御庭番十六忍衆の軍門に下っていたとはな。
「悪いがここを通す訳には行かねえよ〜」
そう言って猿飛以下3人は戦闘態勢を取る。
ふん……上等だぜ。
「立ち塞がるというなら是非もない! 俺からアカネ殿を奪った事を後悔させてや……て、おい!? 何すんだ!?」
突然、地備衛に俺の肩をガシッと掴まれる。
こ、コイツ……やっぱり何か企んでいたのか!?
「うっせえ。ちょっと黙ってろ……ハァッ!!」
と、言うや否や猪村はその巨体からは想像もつかない様な加速力で跳躍!肩を組んだ状態となっていた俺も引っ張られて、構えていた猿飛たち3人の頭の上を飛び越える。
「おおっ!? 速ぇ!!」
御庭番十六忍衆が反応もできない速度……それも俺と肩を組んだ状態で発揮するとは、まさに神業だ。しかし、大きく引き離した訳ではなく、彼らもすぐに追撃の体勢を取る。
「逃がすかっつって!」
ちっ。やはりそう甘くはないか。
いくら奴らをやり過ごそうとしてもこのまま最上階まで登りきってしまえば、結局そこで追いつかれてしまう。燕木との決戦より前に体力を消耗したくはないが、やはりここは多少無理してでもこ奴らを倒さないとならないだろうが……
「バラギ新陰流【狩遯】、"唐竹・暴呀"!!」
突然地備衛が階下に向かって駆け出したかと思えば、振り返って剣撃を撃ちおろし階段を破壊。俺と地備衛の間に大きな溝が出来、簡単に上階へは登れなくなった。
「……アジな真似をするねぇ!」
地備衛は俺との間に出来た溝を背にし、再び階下へと向き直ると追撃してくる猿飛たちと対峙した。
「猪村! 何のつもりだ……!」
「ふん、こいつらは俺の獲物だ。俺の戦いを邪魔されたくねえってだけだ」
そう言うと地備衛は振り返る事もなく、階下の敵に対して剣を構える。
「こんなやつら相手にしてる余裕はねえんだろ? ……行け! そしてとっとと槍守をぶちのめして来いや!」
「猪村……」
ここに来て初めて地備衛の意図を理解した。
いや、理解したような気がしただけかもしれないが、少なくとも彼なりに示した敬意を感じ取る事が出来た。
力だけを求め、およそ人とは思えぬような道を歩んで生きてきたであろうこの男にとっても自分なりの筋があるのだろう。仏には仏の、悪鬼には悪鬼の流儀がある。だが、俺とて同じ剣士だ。踏越死境軍ほどではないにせよ修羅の道を歩んで生きてきた。これで今までやつが犯した罪が消える訳でもないし、友情を覚える事もないが、彼の生き様には自分自身と重なる部分が少なからずあると感じた。
「……猪村! 戦場で俺と……太刀守と三度剣を合わせてなお生きているのはこの大陸でお前ただ一人だ!」
俺は最上階に向かいつつ、地備衛の背に語りかけた。
「バラギ新陰流は……猪野地備衛は強い! だから必ず生き残れよ!」
感謝ではなく、俺が述べたのは彼の強さを称える言葉であった。それに対して地備衛からの返答はない。しかし、俺の最後に見た猪村地備衛の背中はその答えにどこか満足しているようにも感じられた。




