第227話 トロイワ砦の攻防!(中編)
前回のあらすじ:犬叉一派に急襲されたガンダブロウの元にサシコと踏越死境軍が駆けつける!
「なるほど。そういう事か」
サシコと合流後、砦内を走って追手を撒きつつ彼女たちが何故ここに来たのかの経緯を聞いた。
「あの時、俺と燕木の話を聞いていたとはな」
俺はちらりと地備衛の方を見る。
「ふん、勘違いするなよ。貴様を助けに来た訳じゃねえ。まだ暴れ足りなかったってだけだ」
そう言って地備衛はそっぽを向く。
ふむ……確かに他の踏越死境軍の連中は敵を見るなり戦闘を仕掛けていった事から、単に奴らの習性に従って危険な戦場を求めてきただけの様に思えた。しかし、地備衛は犬叉たちとの戦闘に加わらなかったばかりか、あれだけ敵視していた俺に対しても攻撃を仕掛けてくる素振りがない。てっきり、こっちに残っていたのもそれが目的とばかり思っていたのだが……
ううむ、コイツラの考えは全く訳が分からん。
「太刀守殿、どうしますか?」
サシコに問いに答えるには一考を要する。
正直に言って事がここまで大事になるとは全く想像できなかった。いや、今にして思えば踏越死境軍の俺と燕木の問題だけでは済まないという予想は的確で、少し考えれば充分に起こりうる可能性があると気づけたはず。実際に今このような現状を招いている事を鑑みれば、俺一人で全て何とかしようと考えたのは極めて浅慮だったと猛省せざるを得ないだろう。
だが、起こってしまった以上、今やるべき事は過去の失敗を振り返る事ではない。浅慮なりにこの事態においてどう行動するべきか最適解を導き出さねばならなぬのだ。それもそう結論を出すのに時間をかけるわけにはいかない。
数秒ほどの熟考の末、俺は行動指針を示す。
「……こうなれば仕方があるまい。このままアカネ殿を探しに行く」
状況は目まぐるしく変わっていくが、俺の最優先の目的はどんな状況になろうと変わらない。この砦に来たのは当然、燕木からの挑戦状によるものだが、その中で何よりも重要な事はこの地にアカネ殿が囚われているという点だ。
アカネ殿を助け出す事。それが今の俺の大義なのだ。
「ちょっと待って」
しかし、その俺の行動指針を承服できない者もここにはいる。
「コジノさん……」
コジノちゃんは俺たちの前に行く手を阻むように回り込んで足を止める。
「太刀守殿、ウチは貴方を師匠の元に連れて行くよう命令されています。この砦に招き入れたのもその為。ここで勝手な行動を取られては困りますけん」
彼女の立場からすれば当然の意見だ。
燕木は明言してはいないが、アカネ殿はあくまで決闘に勝てば解放してやる、だから決闘から逃げるなよ……と、そういう意図で俺をこの砦に招いたのは明白である。無論、他の御庭番十六忍衆には承諾を取らずに燕木が独断で決めた事であろう。故にこれがバレればヤツが処罰される事は確実であり、そのような危険を冒してまで俺との決着を優先してくれたのだ。その男気を利用して自分の目的だけを果たしたとあってはヤツの矜持も面目も、そして俺自身の尊厳すらも失われる事になるだろう。だが……
「……俺とてヤツとの決着はつけたい。しかし、こうなってしまえばそれはもう難しいだろう」
この状況下にあってヤツの待つ場所まで誰にも見つからずに辿り着くのは難しい。よしんば出来たとしても、ヤツと決着が着くまで誰にも横槍を入れられないなどあり得ないだろう。そうなれば結局アラール川での乱戦の時と同じで、わざわざ仕切り直した意味もない。
「だいいちヤツに勝っても、アカネ殿を助ける時間がなくなれば元も子もない」
そして最も重要な事は、このまま燕木と戦ってもアカネ殿の解放という交換条件が成立しない可能性が高いという事だ。既に俺がこの砦に侵入したという情報は知れてしまった。となれば、当然その目的がアカネ殿の奪還にあるという事は簡単に想像できる。燕木以外の御庭番の耳にその情報が入ればアカネ殿を捕えている場所の守備を強化されてしまうだろうし、最悪この砦から移動されてしてしまう可能性もあるのだ。そうなれば元の木阿弥。そして、それは今この瞬間に実行されてもおかしくはないのだ。燕木との決闘に時間を割いている暇などとてもない。
「なるほど。太刀守殿にとっては師匠との決着よりアカネさんが大事なのですね…………分かりました。では、こうしましょう。ウチがアカネさんが捕らえられている所に行って彼女を解放します」
なっ……!?
凄いことを言うな、この娘は。
「……いいのか?」
「どのみち師匠はあの人には興味がないようですから。その代わりに太刀守殿は師匠の所に行って下さい。そして、どうぞ心置きなく師匠と決着をつけて下さい」
……トロイワは小さな砦だが、確かに今から敵の部隊の妨害を排除しつつアカネ殿を探し出すには時間がかかる。であれば、彼女にまっすぐアカネ殿の囚われている場所に向かって貰い、その手で牢から開放してくれるというのであればそれが一番手っ取り早い。しかし、それはあまりに燕木たちにとって分が悪すぎる条件だ。
「……その話、信じていいのか」
仮に燕木が俺に勝利したとしてもアカネ殿を解放してしまったとあれば、やはり御庭番内での処断は避けられないし、下手をすれば御庭番やその部下たちと戦う事にもなるかもしれない。それでも燕木の奴ならそれくらいの事はやりかねないが、コジノちゃんにとっては百害あって一利もない事だ。いかに燕木を信頼していたとして、そのような事を軽々に実行できるものだろうか……
「ウチがちゃんと約束を守るかはサシコちゃんに監視してもらえばええでしょう」
「あ、アタシ!?」
むぅ……そこまで言うか。
確かにサシコが見てくれてれば俺も安心だ。
しかし、万が一コジノちゃんが途中で翻意してアカネ殿の解放をやめサシコを攻撃した時はどうだろう?
いや、そもそもこの提案が俺やサシコを敵の包囲の中に引きずり込む計略という可能性もあるか?彼女がそこまでやるとは思えないが……
「信じてもらえないならそれもええでしょうが、その時はウチにも意地があります。今度はウチが貴方たちを妨害する為にこの剣を抜く。それだけですけん」
そう言ってコジノちゃんは腰の刀に手をかける。
むぅ……どうやら本気のようだな。
ここでコジノちゃんと一戦交えるのは二重の意味で時間を無駄にする事になるが……
「太刀守殿! 迷ってる時間はないです!」
サシコは既に腹を括っている様だ。
確かに言うとおり、考えている時間はないな。
「……よし、分かった! 君の提案に乗ろう!」
正直に言って、この判断がこの状況においての最適解かどうかは分からない。だが、これ以上の策が思いつかない以上、他に選択の余地があるようにも思えなかった。
「いたぞ!!」
俺の決意の直後、計ったかのように砦の守備兵たちが俺たちを捕捉した。もはや後戻りできぬ所まで来てしまっているのだ。あとはもう決断を行動に移し、突っ走るしかない。
「太刀守殿! ここはアタシが! エイモリア無外流『武蔵風』……"蹴速抜足"!」
サシコが数人の守備兵たちを一気に蹴散らす。
「ぐぅ……くそっ! 増援だ! 増援を呼べ!」
守備兵たちが仲間を呼び寄せる。
「時間がありません。早速行動開始しましょう」
風雲急を告げるトロイワ砦の攻防。果たして最後に笑うのは誰か。




