第221話 潜入トロイワ砦!
前回のあらすじ:サシコは密かに出奔したガンダブロウを追う事を決意!一方、トロイワ砦に到着したガンダブロウの前にコジノが現れ……
トロイワ砦は首都ウラヴァの北東三里に位置する小砦である。首都にすぐ近く最終防衛線としての役割もある為城壁はこの規模の城にしてはそれなりに立派だが、補給基地・駐屯地としての収容力はさして高くはなく、川に囲まれた立地の関係で火急的な支援には向かない。また現実問題この地点まで攻め込まれてしまえば首都は事実上半方位状態にできる為、この砦に防衛戦力を置く意味もあまりない。そういった事情から反乱軍ではこの砦をさして重要視していなかった。しかし、それ故に御庭番が砦を自由に利用する余地はあり、アカネ殿を拘禁するのに都合がよかっただろう事が伺えた。
「待て」
砦の門に差し掛かると見張り番の兵士が近づいてきた。
「サイタマ軍の関係者か? 所属を明示しろ」
当然のごとく聞かれた質問に俺の一歩前を歩く武佐木小路乃が手短に応答する。
「……武佐木小路乃。帝直属、御庭番十六忍衆燕木哲之慎預かり」
「こっ、これは失礼!」
見張り番の兵士は訝るような態度を改めて敬礼すると門を開くように仲間に指示を出した。
「燕木殿より話は伺っております。お連れの方も同じく燕木殿の……?」
「そう。一緒に極秘任務をこなして戻ってきたところばい」
「そうでしたか。御苦労様です」
そのようなやり取りを行うと身元を検められる事もなくアッサリと砦内に入ることが出来た。
ふむ。流石に俺をこの砦に招くにあたって燕木の奴は色々と手を回してくれた様だ。反乱軍討伐の総大将が敵対する反乱軍の人間を(あまつさえ総大将である俺を)密かに懐に招き入れるなど、事情を知らない一兵士に想像できようはずもない。事前にコジノに渡されていた頭巾つきの外套を目深に被っていた事もあり、砦内部に入っても正体に感づかれる事無く多くの兵士たちが素通りしていった。
「ふぅ。これでとりあえずはひと安心か。助かったよ。ありがとう」
「……命令に従っただけですけん。礼など要りません」
コジノちゃんは振り返る事もなくそっけなく答える。
「いや。それだけじゃない。君にはまだ他に礼を言いたい事があるんだ」
「……ミヴロでの事でしたらあれも命令です。それにいち剣士として高みに立つ為、金鹿や三池と戦う事を自ら望んで…」
「そうじゃない。サシコを助けてくれた事だ」
そう言うとコジノちゃんの足が一瞬止まる。
「それに船の落下を止めようとした。一人で逃げる事も出来たにも関わらず」
裏切り者の金鹿と戦ったのは当然御庭番の任務によるもので、俺たちと協力したのも金鹿が共通の敵であったからだろう。しかし、ヤツに捕らわれた時に自分の危険を省みずにサシコを助けた事や動力を失って落下する能飽の方舟を支えて乗船者たちの命を救おうとした事が御庭番や統制者たちの命令であるとは思えなかった。
「だから感謝したい。ありがとう」
それらの行動はコジノちゃんの良識と善意によるものだ。彼女は敵であるし、いずれ俺に剣を向ける事もあるかもしれない。しかし、その尊い精神には敬意を感じ、立場を越えて感嘆を覚えるものであった。ならば素直に謝意を述べるのが筋というものだ。
「……なるほど。マキさんや師匠の言ったとおりの性格みたいやね」
「え?」
何?
俺の事についてマキや燕木の奴が何か話したのか?
「待て。アイツら一体俺についてどんな話を…」
「おやあ! そこにおるんはコジノはんやないの!」
俺の質問は何者かの声に遮られる。
振り向くとそこには小柄な男がニタニタと薄笑いを浮かべており、こちらに歩み寄ってくるところであった。
「へっへへ! 聞いとるよ〜、先の反乱軍共との戦いでは随分とご活躍だったそうやないの!」
狼の毛皮を使った野性味あふれる装束を纏った青年は、西ジャポネシア方面の訛りが入った言葉でコジノちゃんに馴れ慣れしく話しかける。
「これで御庭番の補充枠の1つはあんさんでほぼ確定ちゅう事やな。おめっとさん。あと御庭番の枠は残り3つの争いやけども……と、お連れさんは?」
男はコジノちゃんの肩をポンと叩くと今度はジロリと俺の方を見た。その眼は猜疑心や警戒心の強さを伺わせていた。何者かは分からぬが、どうやらこの男の登場を好意的に捉える事はできないようだな。
「……ウチと同じ、燕木殿の部下の1人たい」
コジノちゃんは肩に置いたままであった男の手を払いのけつつ、そう答える。
「ほお! 燕木殿の! ではそちらさんも御庭番の推薦を受けとるのかな?」
「いや、この人は関係なか」
「へへ……ほならええ。これ以上少ない枠で競合するのは困りものやからな」
男はヘラヘラと笑いながら今度は俺の肩を2、3度叩く。
むぅ。やかましい。何だと言うのだこのウザ絡みは……
「…………あー、そいで、なんだったかな…………ああ、そうそう! 前にも一度話したが、燕木殿にワシを御庭番に推薦してもらう件! 直弟子のコジノはんから何とか燕木殿に取り次いでもらえんかな?」
「その話はお断りしたはずですが」
「なあ、そう言わずに。あの人とは同郷のよしみもあるし、推薦してくれたらその後必ず役に立つと…」
「急いでますけん。そろそろ行ってもよかか?」
俺の気持ちを代弁するかのようにコジノちゃんは冷めた口調で男から離れようと促す。
「……おお、さよか。引き止めてスマンかったの。ささ、お通り下さい……御庭番殿」
そう嫌味ったらしく男が言うと、コジノちゃんはほんの僅かの会釈ののちスタスタと足早に歩き去る。俺も彼女の後ろを付いて男から離れた。
「余計な足止めを食わしてすみません」
「いや。構わないが……今の男は?」
「……犬叉狂士狼」
「犬叉!? 奴があの……!」
犬叉狂士狼……「ダイハーンの猟獣」の異名を持つ元ダイハーン帝国の精兵の名だ。かつて俺が参加したフューゴ・ダイハーン戦争の終盤あたりから台頭し名を馳せた若手の六行使いで大国ダイハーンでも5本の指に入った実力者と聞く。俺は戦場で直接戦う事はなかったが同盟国フューゴ軍や派遣されたエドンのサムライ部隊がやつによって多大な被害を被っている。
「今ちょうどこの砦で御庭番の欠員補充の選考をしているところですけん。あいつは候補者てして招集されている者の1人なんです」
御庭番十六忍衆の欠員補充……そういえば明辻先輩もそんな話をしていた。これまでの旅で計らずとも俺たちが倒してしまった御庭番十六忍衆は四人。阿羅船牛鬼、伊達我知宗、熊野古道伊勢矢、そして金鹿馬北斎──いずれも六行使いとして超一流の実力を持つ使い手であった。彼らの抜けた穴を埋める為に彼らと同等かそれに近しい実力を持つ者を集めるというのなら必然的に戦場でそれなりに名が通った者が多くなるだろう。しかし、そんな手練れ達がこの砦に一同に介しているとは……この砦に燕木以外の御庭番が何人いるかは分からないが、アカネ殿を助け出す際にそやつらとも戦う可能性も考慮しなければならないだろう。成り行きとはいえ何とも間の悪い時に来てしまったものだ。
が、それにしても……
「でも、いいのか? そんな事俺に話して」
一応俺は反乱軍の総大将だ。
今後反乱軍と戦うに際して戦力についての情報は極力知られぬようにすべきであろう。
それだけ師匠である燕木を信頼し、決闘でのヤツの勝利に確信を持っているという事なのだろうか……?
「……いや、ダメですね。忘れて下さい。今の」
ただのうっかり!?
なんというか…………意外と抜けてるのかなこの娘。
と、緊張していた空気がコジノちゃんの天然でわずかに弛緩したその時──
「……ムッ!」
背後から危険な呪力の気配が急速接近してくるのを感じとった。




