第220話 力の渦!(後編)
前回のあらすじ:ガンダブロウが燕木と決着をつける為に反乱軍から離れた事を知ったサシコは……
一人称視点 サシコ→ガンダブロウ
「トロイワ砦は戦場になります」
戦場……!
つまり、また多くの人の命が奪われる大きな戦が行われる事になるという事!
しかし、考えてみればそれは当然か。
いかに太刀守殿の目的が燕木哲之慎との一対一の決闘といえど、砦に多数いるであろう衛兵たちが彼らの人智を超越した六行の激突に気付かない訳もないのだ。また、アカネさんがそこにいるのが本当なのであれば、彼女を抑える為に他の御庭番かそれに類する実力を持つ六行使いが複数いる事も間違いない。そして、恐らくその中にはコジノさんもいる──
となれば、燕木哲之慎が太刀守殿との決闘にいくら執着していたとしても彼らからすれば敵の総大将を袋叩きにする絶好の機会。横槍が入る可能性は大きいと言える。
「彼らがどう思っているかは分かりませんが、この決闘、どちらに転んでもその影響は彼らの勝敗や生死の範疇には留まらない。どのような経緯を辿るにせよ、彼らの戦いが最終的には両陣営入り乱れる混沌の戦にまで発展するのは明白なのです」
三蔵寺はそう言い切る。
確かにそれも一理ある。例え太刀守殿が燕木哲之慎を打ち倒しても、その後他の御庭番がみすみすアカネさんを救出されるのを指を咥えて見てるとも思えない。よしんば首尾よくアカネさんを助け出したとして、その時は烈火の如く怒った彼らが猛追撃に撃って出てくるだろう。そうなれば遅かれ早かれ反乱軍も御庭番と彼らの率いる兵たちと戦うために出ていかざるをえない。それに逆の目の場合──万が一太刀守殿が敗れてしまう事になれば、今度は敵の総大将を討ち取って士気の上がったサイタマ軍が、残党の反乱軍を掃滅すべく進軍してくるだろう。
どちらに転んでも、大きな戦になる……確かにそれは既に定められた運命であるかのように感じられた。
「かつてない規模の戦になります。その大いなる戦いに、貴方は参加せず、傍から見ているだけでいいと言うのですか?」
「……ぬうぅ」
三蔵寺が地備衛に言った言葉は同時にアタシの胸にも刺さった。
太刀守殿はアカネさんを助ける為、そして最大の好敵手と決着をつける為、おそらくは様々な葛藤を振り切って1人敵陣のど真ん中に向かった。その覚悟に水を差す事はしたくないし、そんな権利もない。でも……それでアタシは本当にいいのか?
ただ彼らの帰りをじっと待つのが本当に正解なのだろうか?
「そーそー。そこに戦場があれば問答無用で戦うってのが私たちのモットーでしょ?」
「フェーフェフェッ。太刀守と槍守だけじゃなく、他にもお楽しみがたっぷり……こりゃあ、凸らずにおられんわいの!」
「うおおっ! 何だかよく分からんが燃えてきた! やったりましょうぜ!」
踏越死境軍の連中が異様な盛り上がりを見せる中、アタシの脳裏にふと、太刀守殿の言葉が脳裏をよぎる。
「大義や正義なんかどうでもいいんだ。今はお前のただそこにある心に従えばそれでいい」
そう……
そうですよね。
アタシも、ただ心に従う。
それでいいんですよね?
「……さあ、問答してる暇はねえですよ! さっさとそのトロ何とかってのに行きましょうや!」
勇み立つ孫悟朗は三蔵寺に出撃を申し出る。
「ふむ……そうですね。地備衛。貴方の判断を待つつもりはありません。我々は今すぐ太刀守の後を追ってトロイワ砦に……」
「ちょっと待った!」
今すぐにでも飛び出していきそうな勢いの踏越死境軍を呼び止める。彼らは怪訝そうにこちらを振り返る。恐らくは勝手な行動を諌められると思ったのだろう。しかし、アタシが彼らを止めた理由はむしろその逆であった。
「アタシも……アタシも一緒に行きます!」
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
「ふぅ……」
トロイワ砦の付近に辿り着いたのは反乱軍の野営地を出て半日ほどが過ぎた夕方の頃であった。
燕木のヤツとの決着をつけ、かつアカネ殿を救い出すため俺は反乱軍との連携を捨て、彼らに何も告げる事無く任地を離れ敵陣の真っ只中を潜行。サイタマ軍の兵士たちの哨戒網をくぐり抜けて、なんとか約束の地の前まで辿り着く事ができた。独断専行し彼らに迷惑をかけてしまう事や、サシコやマキに心配をかけてしまう事には正直後ろ暗い思いもある。また、本拠地で待つ座蔵姫も失望させる事になるだろう。だが、それでも俺の中の優先順位がブレる事はなく、自身の剣一本で事を解決する事を選択した。自分勝手なやつとそしりを受けるのは覚悟の上。かくなる上はこの命に変えてもアカネ殿を救い出す所存だが……
「さて、ここからどうしたものか」
ここまでの道中は敵地とはいえ兵たちの見張りは特別厳しいという程ではなかった。最前線に近いのだから警戒度は高くてしかるべきだが、既にまとまった軍勢同士がぶつかり合う戦の段階であるから、必然的に索敵は小隊規模以上の相手を想定している。故に俺一人であれば哨戒網を潜る事もさほど難しくはなかった。
しかし、砦の潜入となると話は違う。トロイワ砦は小規模な砦だが首都ウラヴァにも近いサイタマ軍の重要軍事拠点である。パッと見でも砦の周りには見張りの兵が多数おり、物見台も複数敷設されている。強行突破しようと思えば出来るが、それでは燕木との一対一の決闘に差し障る。燕木は約束を違えるとは思えないし、何かしらの方法で砦に侵入出来るのであろうか。
燕木との戦いの約束は夕刻。夏のこの時間帯は日も高く、あたりもまだ明るいので、とりあえずは日が落ちて辺りが暗くなるまで待つが上策か……
と、物陰に身を隠しつつ砦の様子を監視していると……
「村雨太刀守殿」
不意に背後から声をかけられる。
驚いて振り返るとそこには銀髪で小柄の可愛らしい少女が立っていた。
この娘は……ミヴロの戦いでは俺たちに加勢してくれた燕木の弟子・武佐木小路乃!
「師匠から話は聞いています。砦の中にお連れしますけん、付いてきて下さい」




