第219話 力の渦!(前編)
前回のあらすじ:姿を消したガンダブロウを探すサシコに、意外な人物が彼の行方を知らせる。
※一人称視点 サシコ
「奴なら恐らくもうここにはいないぞ」
「え!?」
背の高い肥満体の男──猪村地備衛は静かにそう告げた。
「奴は一人で槍守とのケリをつけにいったんだ」
槍守……燕木哲之慎との決着を!?
「な、何で……ていうかアナタが何故そんな事言い切れるんですか!?」
「戦闘中に聞いちまったのさ。ヤツらが再戦の約束をするのをな」
……た、確かに言葉に現さずとも太刀守殿が燕木哲之慎と決着を着けたがっていたのは間違いない。誰にも邪魔をされない環境で一対一の決闘が実現するなら仕切り直したいという思いが強いというのは理解できる。でも、今の太刀守殿は反乱軍の総大将であり、軽々には決闘などできないお立場。第一、太刀守殿の最優先目的はアカネさんを救出する事で、いかに個人的な因縁があるとはいえ、アカネさん救出に関わらない事に時間と労力を割こうとはしないようにも思えるけど……
「曰く、今日の夕刻、御庭番十六忍衆が根城にしているトロイワ砦で一対一の決闘をするって話だ。どうやらそこに例の囚われているマシタ・アカネもいるらしい」
アカネさんが捕まっている砦が決闘の場所!
……なるほど、それなら合点がいくね!決闘は二人の長年の因縁にケリをつけるだけでなく、勝てば太刀守殿が戦に参加した目的も達成される!
「何じゃ、地備衛。そんな面白い事を隠しておったのか?」
「そうよ! そんな面白いことがあるのならさっさと言いなさいよ! そんな戦いが近くで行われるっていうのなら……」
沙湖と紅孩は地備衛が重要情報を報告していなかった事に憤慨する。その理由は明白だった。
「ブッ込み一択! そこに死線があるから突っ込むのが、踏越死境軍でしょ!」
「そうっすよ! 今すぐオイラたちも殴り込みに行きましょう!」
踏越死境軍の面々は太刀守殿と燕木哲之慎の戦いに乱入せんと息巻く。
はぁ、ホントにコイツらは……
太刀守殿と燕木哲之慎の力量はコイツらの遥か上。例え戦いに介入出来ても怒った彼らにアッサリ返り討ちに合うのが目に見えている。それでも派手に暴れられればそれで満足だというのだろうから度し難い連中だ。
「行きたきゃお前らだけで勝手に行け」
しかし、地備衛は彼らの案には同調せず、ドカッと座りこんで手にしていた徳利で酒をあおる。
「え? ど、どうしたんすか?」
「アンタあれほど太刀守を倒す事に拘ってたじゃないの。横槍入れて奴等のお楽しみをぶっ壊してやりたいとは思わないの?」
意外……この男、太刀守殿と戦うことに固執して、事あるごとに太刀守殿に突っ掛けていた。それが再び太刀守殿を襲撃する絶好の機会を知りながら興味を示さないなんて……
「フェフェフェ。太刀守の力の差を見て心が折れてしまったかの?」
「おっ? どした? ビビってんのか、地備衛!」
沙湖と紅孩の挑発的な煽り。
しかし、地備衛は態度を変えず、「何とでも言え」と一言言い捨てるだけであった。地備衛の突然の心変わりには仲間たちでさえ困惑していたが、一人、三蔵寺だけは彼の心情を理解したようであり、そっぽを向いて座り込む彼に近づくと肩をポンと叩いた。
「フフフ。地備衛……さては太刀守に惚れましたね?」
「……ぬなっ!?」
三蔵寺の指摘に地備衛は大きく動揺した。
惚れる……て、どゆ事!?
ま、まさか、紅鶴御殿で見たあの衆道本のような禁断の恋……て事なの!??
「邪魔をせぬのは貴方なりの彼への敬意なのでしょう? 違いますか?」
「いや……そんな訳……」
否定しようとする地備衛を遮るように三蔵寺は彼の心情への推察を続ける。
「今まで太刀守を打倒し、流派の強さを証明する為に腕を磨いてきた……しかし、いざ相対した彼の強さは人智を超越した域に達していた。例えるならばそれは嵐。あるいは地震。あるいは洪水。人は天災を恐れ忌むと同時に、圧倒的な自然の躍動に感動を覚える。アナタが今太刀守に感じている感情は神への畏怖に近い」
惚れる……て、そうゆう事ね。
確かに先の戦いでの太刀守殿の剣技は凄まじかった。今まで何度も戦いを目にしてきたアタシですらあそこまで圧倒的な強さを発揮した太刀守殿は初めて見たし、改めて太刀守の称号がどれほどの意味を持つかをまざまざと見せつけられた思いだった。
「かくいう私も同じでね。本気を出した太刀守の神の如き技量に大きな感銘を受けました。あれ程の力を目にしたのはキリサキ・カイト以来の事です」
どうやら三蔵寺は帝の戦闘を見た事がある様ね。アタシも噂では聞いたことがある。帝の操る"地異徒の術"の強さは文字通り異次元であり、それはほぼ一人でかつてのエドン公国を滅ぼした事で大陸全土に知らしめられている。その帝と並び称する程の強さとなると、本気を出した太刀守殿の力がいかにとんでもないものかと言うのが伺い知れるわね。
「ですから貴方が戦いに介入しないというのならば、それもいいでしょう。しかし、太刀守は存在そのものが渦。あれ程の力であれば本人が望むと望まざるとに関わらず、彼の周囲には様々は思惑や反動を引き付けられ大きなうねりとなる。そこに燕木哲之慎という別の大きな渦がぶつかれば、その衝撃は必ず周囲に伝播し、争いの潮流を生み出す事になるでしょう。我らの介入があろうとなかろうと、その流れを止める事はできません」
随分詩的で持って回った言い方ね。でも、なんとなく言いたいことは分かる。つまり……
「トロイワ砦は戦場になります」




