第20話 道化人形!
前回のあらすじ:六行の属性を無視した剣技『逆時雨』によって伊達を追い詰めたガンダブロウ!剣の勝負では勝ち目の無いことを悟った伊達は最後の切り札を開放する……
「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ~~!!!!!」
伊達の姿は妖へと変貌を遂げた!
その姿は身の丈の倍はあろうかという巨大な三日月型の頭部とそれに不釣り合いで貧相な骨のような胴体という、名状しがたき容貌のバケモノであった……
「嫌ーーー!!! また妖怪~!!!」
「モンスターに変身……あの時の牛鬼みたいね」
いかなる経緯かは分からぬが、どうやら今の御庭番は皆この"妖怪変化"を切り札として使用できるようだ。
「グッハッハァー!! コノスガタ……コレデ、オレハ、ムテキ……ダ!!」
妖化した伊達は唯一、人間であった時の名残である異なる色の両眼を光らせ、半狂乱で俺に相対した。
「クラエ!!」
伊達の巨大な口から大砲がせり出すと、呪力を込めた砲弾を放った。
「シネ!! タチノカミ……シネ!! サイキョウ……ハ……コノオレ…………ダ!!」
砲撃が着弾した地面が氷の欠片を撒き散らして爆ぜる。
とてつもない威力である……が、剣術戦で見せていた戦略の冴えも攻撃の緩急も無かった。
「シネ!! シネ!!! シネェ~!!!!」
連続砲撃!
しかし、攻撃の予備動作で軌道も発射タイミングを読むのはさほど難しくない。
「潮時だ」
もはや攻撃を避ける事は容易い。俺は最低限の動作で砲弾をかわすと、今度こそ一気に間合いを詰め……
「辞世の句の準備は出来ているな?」
「………………アア、バッチリナ」
疾走したまま草薙剣を真一文字に斬りこんだ!
「グガアアアッッッ……!!!」
妖と化した伊達の巨体は斬撃によって真っ二つに分離した。と、同時に黒い霧が立ち上り、変化した伊達の体が元に戻っていく。
「み……見事だ…………最期に太刀守と戦えて……誇りに……思う……ぜ…………」
人間の体に戻った伊達は、倒れて地に伏す寸前、こと切れるまでの刹那の猶予に立ち合いの作法に則った末期の詩を紡いだ。
「 ふわりもち 粉と卵を 泡立てて 釜の炎で 照らしてぞゆく 」
む…………意味は分からぬ……が、なんとはなしに凄味は感じる。
御庭番十六忍衆・伊達我知宗……しかと辞世の句は聞き届けたぞ。
「ほっほっほ! 見事なお手並み! ジャポネシア最強の剣士・太刀守の絶技は今なお衰えておりませんな!」
今まで傍観に徹していた見呼黒子は、倒された仲間に対する感慨を表す事もなく、不気味に笑って言った。
「フン……結局お前は仲間を見殺しか」
「ふふふ、手を出すなと言われましたからねえ。それに伊達さんも最期まで加勢しろとは言わなかった……私は彼の意思を汲んだんですよ。だって、アナタたち剣士は、みんな好きなんでしょ? 一対一の真剣勝負というのが」
「ほー、からくり風情が随分と利いた風な口を聞くじゃないか」
「おや、気づいていましたか」
見呼黒子が顔を覆った頭巾の布をめくって見せると、無機質な木製の顔が露になった。
「察しの通り、私は命を持たぬからくり人形……御庭番十六忍衆が一人、能面法師様が作りし検分用の"無線傀儡"です」
「能面法師? それがお前の主の名か……」
「いかにも」
能面法師というのは知らぬ名だ。しかし、俺の事を詳しく知っていた事からも、その正体はエドン公国ゆかりの者である事は違いないだろう。
ふーむ……能面法師とやらの正体も気になるところではあるが、それよりも、もう一つ感じた違和感について聞かねばならん。
「して、黒子……此度の襲撃は誰の指示によるものだ? キリサキ・カイトか? 護城奉行の延繁さんか? それとも……」
俺は疑問に思っていた。刺客の襲撃がキリサキ・カイトの勅命だとするならばおかしな点が多過ぎる。
たとえば、既に追っ手がかかっていたにも関わらず、ツガルンゲンの町では特にお触書のようなものが無かったのは不自然だ。町民の動揺を避けるためにあえてそうしたという可能性もあるが、キリサキ・カイトの性格上、自分に歯向かう者は見せしめの為にも市井に広く流布させると考えるのが自然だ。
というか、そもそもこんな田舎の事件に御庭番十六忍衆を派遣させている事じたい引っ掛かる。
むろん元太刀守であるところの俺と戦う事を事前に想定していたのなら、御庭番十六忍衆クラスの強者を送り込むというのは理解出来る。だが、こいつらの反応を見る限り、俺の存在が事前に知られていたという訳でもなさそうであるし……
「フッフ……それはそのうち分かる事でしょう。それより、あの太刀守の力が健在と知れた事は大きい。伊達さんと牛鬼さんを失って余りある収穫だ。それに……」
黒子はおもむろにアカネ殿がいる方向に目を向けた。
「そちらのお嬢さん……随分と素晴らしい力をお持ちのようですね」
「……なに~? もしかして、わたし?」
アカネ殿が緊張感の無い声で反応する。
黒子め。やはりアカネ殿の特異な力に気付いたか。となれば、彼女が異界人であるという事実にもすぐにたどり着くであろう。
初めてアカネ殿に会ったときの俺がそうであったように、無詠唱で陰陽術を操る奇異な服装の少女を異界人と推察するのはさほど難しく無い。
「ふっふっふ! いやあ、これは面白い! 楽しみが増えましたよ! 主もきっとお喜びになるはずです! ふっふっふ…………ただ、今は貴方たちに手を出すのは止めておきましょうか。そもそも、検分用傀儡の私にはさして戦闘力もありませんし……」
黒子はそう言うと、体を覆う黒装束の隙間から白い煙が噴出した!
「ぬう! 煙幕か!」
「ほっほっほ! それでは皆さん、またお会いしましょう! それまでお達者で!」
黒子の不快な高笑いが辺りに響き渡る。
クソッ、あのからくり人形にはまだ聞きたいことが……
「火行【鼺火】!!」
へっ?
「はウっ!?」
爆発音。煙の中でよくは見えないが、空中から何かが地面に落ちたような気配を感じた。
「あれだけ好き放題言って無事に逃げようなんて、なーんかムシが良過ぎるわよねー」
「ほほ…………これは手厳し……い……」
煙が晴れてようやく状況を視界に捉える。
遁走を図った黒子はアカネ殿の陰陽術が着弾し、炎上しながら無様に地に伏していた。
「ア……アカネ殿? この世界の住人には手を出さないんじゃ……」
「えー、でもコイツ人形でしょ? 人間じゃないからセーフ!」
う……そういう判定基準なのか。
というか、アカネ殿ちょっと怒ってる……?
「それにコイツを逃がしちゃったらガンダブロウさんの情報を敵に知られちゃったりしてマズイでしょ?」
おお、的確な状況判断……まだこの世界に来て日が浅いはずなのに、適応能力高いなこのヒト……
しかし……
「…………ふ、ふフ……無益な事を……私の見ているモノは…………首都におらレる主モ同時に見ていルのだ…………コノ……体ヲ破壊してモ……イミナド……」
「あら、そう? じゃあ、えーと、ノーメンホウシさんだっけ? もし、兄……キリサキ・カイトに報告するのなら一緒に伝えておいて。可愛い妹のマシタ・アカネが貴方を連れ戻しに来ましたってね!」




