第217話 遠き日の誓い!
前回のあらすじ:ある夏の日、マキとガンダブロウの間に起こった出来事とは……
「ねぇ。村雨くん。あの時の……あの夏祭りの日の夜の事、覚えてる?」
再び花火が打ち上がった時、マキは俄門塾時代の出来事について語りかけてきた。
「うっ……またその事か」
ちっ、マキめ。まだ言うか。
夏祭りは毎年行っていたが、マキとの夏祭りでの思い出といえばアレしかない。俺が軍属になる直前の14歳の夏……俺にとっては思い返すのも憚られる程の恥の記憶──
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「な……なあ、マキ!」
14歳の夏の夜。この日、俺はある決意を胸にしていた。
「……なあに?」
「ちょちょ……ちょっと、ついてきてくれないか?」
道場の仲間たちで夏祭りに出掛けるのが毎年の恒例となっていたが、祭りも終わりに近づき門限も迫った夜更けの時間帯に俺は帰り路につくマキを呼び止め、人気のない場所へと誘った。
「くくく……おい、ガンダブロウのやつ本当に行ったぜ」
仲間の男衆たちはその目的を知っており──というより彼らによって焚き付けられた側面も大きいが──遠巻きに野次馬として俺の動向を見ている様だった。それはわざわざ人気のない場所を選んで二人きりになろうとした俺にとっては不快だったが、勇気を振り絞る最後の一押しになっていたのも否定は出来ない。
「で、なに?」
マキは遠巻きの男衆をあえて無視して俺に用件を問う。この状況で彼女にとってもその目的は分からないはずもないだろうが、俺の口からそれを明確に伝えねば話は進まないだろう。
しかし、事ここに至って俺はそれを伝える言葉をうまく捻り出せないでいた。
「あ、あのさ……お、俺ら……その……結構付き合いも長いしさ……最近は俺もさ……剣の腕もだいぶ上がったしさ……だから……だから、その……」
今日この瞬間の為にいくつか台詞を考えてきたはずなのに、それらの言葉は頭からサッパリと消え、なんとも迂遠な表現しか口から出てこないのであるから情けない限りである。
「いや、あの! 今度俺、見習いだけどエドン軍のサムライに抜擢される事になってさ……それで……」
マキは俺のしどろもどろの言葉には反応を示さない。
ただ決定的な言葉が出るのを待っているようであった。
「さ、最年少なんだって! だからその俺と……俺と……」
ここまで来ていつまでも回りくどい事を言っていても仕方がない。俺は意を決して胸の内を伝える。
「……俺と付き合ってくれっ!!」
告白。
生まれてはじめての。
心拍数は稽古で1000段の石段を一気に駆け上がらされた時よりも上がり、道場での試合で頭に強烈な木刀の面打ちを食らった時よりも視点が定まらない。
俺は……ずっとマキの事が好きだった。最初はただの幼なじみとしてしか思っていなかったが、いつの頃から彼女を一人の女性として意識するようになっていた。
しかし、その当時、12、13歳くらいの時の俺は六行の資質がない道場一の落ちこぼれだった。試行錯誤と文字通り血反吐を吐く鍛錬の末に現在の剣技『逆時雨』の原型が出来たのがちょうどこの直前であり、それまでは誰かに告白するという様な自信は全く無かったのだ。それがようやく好きな娘に思いを伝える程度の自尊心を得て、この告白にこぎ着けた訳であるが、果たして返答は……
「……マガタマ」
「へ? マガ……タマ?」
マキの口から出たのは意外な言葉であった。
「まだ見つけてないんだけど」
??
……どういう意味だ??
彼女がマガタマに興味を持ち、ゆくゆくは巫女や学者となって研究を行いたいという夢があるのは知っているが……
「……」
マキは無表情のまま顔を伏せる。
何かを考えているようだが……
彼女の考えは全く分からず、俺はなんの返答を出来なかった。
そして、困惑したまま耐え難い無言の時間だけが数秒、数十秒と経過していく……
「……あ、あの〜。ええと……それで答えは……」
俺は沈黙に耐えかねてマキに元の告白についての解答を求める。するとマキはぷっと吹き出してから顔を上げ、いつも俺をからかうような調子で応じた。
「……なあ〜に〜! アンタ、私の事好きだったの〜?」
「え!? あ……その……」
「あ〜悪いんだけど! 私さ、同年代のガキには興味ないんだよねぇ!」
「へっ!?」
……無情な解答。
俺の一世一代の告白はバッサリと切り捨てられ、初めて挑んだ男女の真剣勝負は一敗地に塗れる事となった。
「うわ〜! やっぱり駄目だ〜!」
「ガンダブロウ、玉砕ー!」
野次馬たちが俺の敗北を大声で喧伝する。
それだけでも心にグサグサと針を刺される様であったが、放心状態の俺にマキはなおも追い打ちをかけるようにこう続けた。
「あれ? もしかして思わせぶりな態度でもしちゃってた? ゴメンね〜、私、よく男を勘違いさせちゃうみたいでさ〜! なんか気があると思って告ってくる奴この道場にも結構いるんだけど、剣しか脳のない無神経なお馬鹿さんたちに全く興味はないんだよねぇ!」
そうまくし立てるとマキは「そういう事だから!それじゃ!」と言い放ち足早に俺の前から立ち去る。
「マキ……待って! 待ってくれ〜!」
俺は女々しくも自分をフッた女の後ろ姿に追い縋ろうとするも、負け犬の遠吠えは夏の夜空に虚しく吸い込まれるだけであった。
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「……ガキの頃の事をいつまでも言うな。俺はもうあの時の俺じゃない。いつまでも過去の過ちにとらわれていると思わないでもらいたいな」
「あの時の俺じゃない……か」
遠い目をしたマキはふふっと小声で笑う。
「私の方はずっと変わらないけどね。昔から」
……確かにコイツの人を小馬鹿にした態度はあの頃と何も変わらない。一番最初に会ったばかりの頃はもっと引っ込み思案で大人しかったような気もするが、いつの頃からか自分の容姿を鼻にかけ、ちょっと人よりも頭がキレる事を良いことに手の込んだイタズラやからかいをする様になってしまって憎らしい事この上ない。
しかし、普段はそんな本心の見えないフワフワとした態度のマキも今日はどこか違う様子だ。長い付き合いだからこそ分かる機微。これは何か大きな秘密を隠している為なのか、あるいは……
「村雨くんは凄いよね。最強の剣士になるっていう昔の夢を叶えたんだから」
ふと、珍しくマキが感傷的な事を口にする。
「正直うらやましいよ。夢を叶えた人はその先にいける。新しい目標に向かって、どんどん自分を変えられる。でも、私はまだ夢は叶えられないからずっと、おんなじ。ずっと変わらないままなんだ」
……随分とガラにない事を言う。
夢を叶えたその先……か。考えたこともなかった。確かに太刀守の名を継いだのは子供の頃の夢を叶えたと言える。マガタマを見つけ出すという子供の頃の夢を追い続ける彼女からしたらそう思う事もあるのかもしれない。しかし、その栄誉も失敗と挫折を何度も繰り返し、明辻先輩や仲間たちの犠牲の上に得たものだ。失うべからざるものを失って得た栄光はそうやすやすと誉には出来ないものである。
「もうすぐ叶うだろう。この戦争に勝てば」
「……そう。そうね、きっと」
いずれにしても既に失った栄光だ。
今はその様な過去にとらわれ感傷にひたっている余裕はない。それよりも今出来ることをする、未来に向かって必要な準備と工夫を惜しまない。それが肝要だ。
今俺がやるべき事はここにはない。俺がやるべき事があるのは…………
「ねえ、村雨くん、アタシね…………て、あれ?」
俺はマキとの会話の途中で彼女に気づかれぬよう、呪力の気配を消し夜陰に紛れてその場から立ち去った。




