第216話 合縁奇縁!
前回のあらすじ:ガンダブロウはマキに隠し事がないかを問い正す。
「村雨くんに……私が隠し事?」
俺の突然の質問に少し前を歩いていたマキは一瞬足を止める。
彼女の表情は読み取れないが、少なくとも声色はいつも通りの飄々とした雰囲気で図星を突かれたような風には感じられなかった。
俺の問いには何か具体的に根拠がある訳ではない。
ただなんとなく……漠然とそう感じただけで、思い過ごしの可能性の方が高いだろう。だが、どうもここ最近悪い予感ばかりが当たっている気がして、ほんの些細な違和感や疑問にも過敏に反応してしまうのだ。まあ、そうは言っても彼女が否定すればそれまでの事ではあるが……
「……うふふ。あるよ」
……!
意外な答え!
例え何か隠し事をしていても素直に答えるような奴ではないと思ったのだが…
「それもたくさん」
「えっ!?」
「そうね……例えば道場時代に俄門塾の先輩とコッソリ付き合ってた事とか」
「いや、そういことじゃな……て、ええっ!? そうなの!?」
道場時代というと俺らが13、14とかの時!
そんな気配は微塵も感じなかったが……一体相手は誰だ?
あの時のマキと親しくしてそうだった先輩はというと……て!違う!
「そうなの。あとは、そうね……初めては16歳の時で経験人数は5人。最近はご無沙汰で最後にしたのは1年くらい前かな。あと初恋の人は…」
次々と明かされる聞きたくもない彼女の赤裸々な経歴。
確かにそれも隠し事ではあるだろうが、俺は今そんな事を質問しているのではない。
「待て待て待て! そういう事聞きたいんじゃねえ! そうじゃなくて……俺が聞きたいのはもっと最近の、俺たちの周りで起こってる事についてだ!」
俺が意図した疑問。
それは此度の戦争を動かしている者達の思惑……主に反乱軍を率いる立場にある亜空路坊や吾妻たち六昴群星の思惑について俺のいない所で集めた情報を彼女が何か握っているのではないかという事であった。
「……何か俺に言ってない事があるんじゃないのか、マキ」
マキがこのような形で話を逸らそうとするのはいつも何か隠し事がある時だ。流石の俺も毎度毎度してやられてばかりではない。彼女は何か情報を隠している。その疑惑は俺の中で確信に近くなりつつあった。
マキも俺の眼差しにその意図を感じ取ったようであり、ヘラヘラと話を受け流すような態度をやめて真面目な表情でこちらに向き直る。
「どうなんだ?」
「……それは」
マキが何かを話し始めようとしたその時──
ヒュゥ〜…………ドンッ!!
突然の爆発音!
背後、反乱軍の兵士たちが宴をしていた河川敷の方からである。
「敵襲か!?」
そう咄嗟に思い振り返ると同時に2発目の爆音が響く。
そして、漆黒の夜空に放射状にはじける七色の火花とその下で歓喜する男衆の姿が目に入る。
「なっ……花火!?」
その虚空を彩る綺羅びやかな光は敵の砲撃などではなく紛れもなく花火のそれであった。
「うわはは! 夏の夜といやあやっぱこれだぜ!」
「景気がいい! 我らの勝利を称えるのにうってつけの祝砲だ!」
市井から反乱軍に加わった義勇兵の中に花火職人がいたのだろう。わざわざ持ってきたのか、戦で使用した砲弾や火薬を加工して作ったかのかは分からないが、此度の戦での反乱軍の勝利を祝して打ち上げられたようである。
「ちっ、アイツら……何やってんだ!」
「アホね〜」
既に敵は撤退しているとはいえ、ここはつい数時間前まで敵地だった場所。羽目を外すにしても度が過ぎていると言える。このような悪ふざけをした連中には後で厳重注意をしなければならないが……
「そういえば昔……こんな風に道場の皆で一緒に花火を見たわね」
「え……ああ」
マキがかつてまだ俺たちが何者でもなかった時代の思い出に触れる。俺もまた夏の夜空に打ち上がる七色の色彩に郷愁の思いを呼び起されていた。
「あの頃は燕木くんや師匠や皆がいて……修行はキツかったけど、今思えば本当に楽しかった」
「……ああ」
「あの時は異界人なんていなかったし、数年後にはエドン公国がなくなるなんて夢にも思わなかった」
そう。
あの時は自分が太刀守の称号を得る事も、キリサキ・カイトに敗北してエドン公国が滅亡する事もアカネ殿やサシコと出会って旅に出る事も、まったく想像すら出来なかった。
あの頃の道場の仲間たちとも散り散りで、燕木に至っては敵同士。十何年かでかくも世界は変貌するものかとつくづく思う。
「それが今じゃアンタとこんなところでこんな事してるなんてね」
マキはしみじみと噛みしめるようにそう語る。
「あの頃とは何もかも変わっちまった」
「ええ。変わらないのはアンタとの腐れ縁ぐらいかしら」
腐れ縁……
確かにコイツとは一番長い付き合いだ。
思えば7つで俄門塾に入門した時、ほぼ同時に入門してきたのがマキであり、以来俺が14でサムライ師団に抜擢されるまでの間こいつとはずっと一緒だった。戦場に出てからはあまり会うこともなくなっていたが、何の因果かまた再び時間を共にしている。
お互いにお互いの事をよく知り、文武両面で力量も信頼できる奴だ。これまでの旅でも何度も助けられたし、今回の戦いでも彼女が傍らで参謀役を担ってくれた事で大いに楽になった。あまり言葉にはしたくはないが本心ではマキには感謝しているし、いずれはしかるべき形で恩に報いたいとも思っている。
だが……
「ねぇ。村雨くん。あの時の……夏祭りの日の夜の事、覚えてる?」




