第215話 祭りの後!
前回までのあらすじ:反乱軍はアラール川の沿岸にてサイタマ軍の討伐部隊を撃破する!
※ 今回はガンダブロウ視点に戻ります
夜──
既に日を跨いだ深い時間帯にも関わらずアラール川沿岸の野営地には多くの人影が月明かりと松明の篝火に照らされる。彼らの多くは昼間の戦闘に参加した兵士たちで、激闘の予熱冷めやらぬままあちこちで酒を飲んだり語り合ったりしていた。
「わははは! 統一国家がなんぼのもんじゃい!」
「くたばれ異界人! 地獄に落ちろキリサキ・カイト〜!」
奪取した敵陣に設営した仮司令部の帷幕から出て辺りを散策すると、そこかしこから酔っ払い共の勇ましい声や歓喜の叫びが聞こえる。戦闘終了後、敵部隊の完全撤退を確認してからは確かに休養と多少の飲酒も許可したが、まさかこれほどのドンチャン騒ぎになるとはな……やれやれ。
「はあ〜、まったくいい気なもんねぇ」
「まったくだ。奴らここが先程まで敵地だった事を忘れているのか」
ため息交じり言葉を交わしたマキの顔は疲れ切っていた。参謀長たる彼女は戦闘に直接参加した訳ではないので肉体的な怪我や疲労はないが、戦闘終了後の事務処理を一手に引き受けた彼女の精神と頭脳の疲労はある意味戦闘以上のものであったかもしれない。
各部隊の被害状況確認、投降者の数の把握と処遇の指示、占領地の管理や見張りの人員配置、不足物資の手配、それらの本部への連絡などなど……戦争は指揮官と戦闘員だけでできるものではない。むしろ実際の戦闘より兵站などの前準備と戦闘後の事後処理に長い時間と労力がいるのである。急ごしらえの反乱軍には戦闘員以上にそのような事務仕事をこなす人員が圧倒的に不足しており、俺自身そのような仕事はあまり得意ではないという事もあってマキの負担は軽いものではなかった。
「本当にご苦労だったな」
「いやー、肩こる。マガタマの実物を研究させてもらう為とはいえ、戦争の手伝いなんて疲れるだけね」
なんだかんだ言ってこの女、紅鶴御殿では研究と巫女の仕事をこなしていただけあってこういう事の処理能力は高いな。しかし、この反乱軍、コイツがいなかったらこの手の仕事は一体どうする気だったのだろうか……
「おお総大将! そこにおられたか!」
道中、そのような苦労はつゆ知らず能天気に宴に興じる将兵たちから声をかけられる。
「我ら今、総大将殿の昼間の武神ぶりについて語りあっていたのですよ!」
「いやー、あの槍守と巨大な妖を撃退した剣技の見事さと言ったら! くぅ〜、しびれました!」
「貴方こそ真の英雄だ! キリサキ・カイトを討てるのは貴方しかいない!」
英雄……か。
かつて太刀守の称号を得る前の俺は戦争から帰るたびにこのような声に一喜一憂したものだ。しかし、今の俺はそのような声に無邪気に喜んだりはできない。
俺が此度の戦に参加したのは燕木との決着と何よりアカネ殿を助け出す為。それが果たされていない今、一時の勝利に浮かれる気にはとてもなれない。
「御庭番十六忍衆もキリサキ・カイトも恐れるに足りねえ!」
「このまま一挙にウラヴァを攻め落としましょう!」
「そうだ! 賛成賛成!」
むう……随分と士気が高いな。
……いや、まあ、それもそうか。
既にサイタマ軍の主だった部隊は撤退しており、アラール川沿岸地域は今反乱軍が完全な統制下においている。ここからウラヴァとの間には2、3の小砦があるだけで直線距離では一日もあれば到着する位置だ。
戦の風向きがあるとすればそれは今完全に反乱軍に追い風となっているだろう。相手に体勢を立て直す時間を与えずに緒戦の勝利の余勢をかってそのまま突き進める所まで突き進むという選択もありえない訳でもないが……
「はいはいはいはい。補給と拠点の整備と部隊の再編成が終わってからね」
マキがそう言って彼らをなだめる。
「しかし、参謀長殿! 今は兵たちの士気が上がっているし、我らに流れが来ているのです!」
「そうです! この流れであれば例えキリサキカイト自らが打って出てきても…」
「あのね! そういう一時の勢いだけで戦争はできないの! 士気とか気合とか、そんなんは明日食べる米がなくなれば一瞬で消え失せるわよ!」
マキは兵士たちを一喝すると彼らに有無を言わさぬまま、そのままその場を歩み去る。
「やれやれ。アイツラのほとんど、趨勢が決まってから現れて勝ち馬に乗っただけなのによくあそこまで調子に乗れたもんだわ」
「……まったくだ。それに勝ったといってもまだ緒戦。依然として敵の総兵力は反乱軍を遥かに上回る。とても楽観できるような状況ではないのだがな」
いつも通り、マキの言うことは理路整然としていて感情論が入り込む余地がない正論である。今回の勝利はいくつかの好条件が重なって得られたものであり、次の戦いでその条件を整えられるとは限らない。まず、今回の戦いで大きな貢献を果たした踏越死境軍は激戦の中でかなり数を減らしている。手練れの六行使いが減った事は間違いなく戦力減になるし、そもそも彼らの行動自体が計算不能であり、今回はたまたま良い方に転んだものの次回もそうなる保証はない。それに首都ウラヴァに近付けば近付くほど敵は補給が楽になるのに対し、こちらはその逆である。補給十分の大軍を地の利を得た敵の本拠地で打ち破るのは兵力差が逆であっても難しい。かつてのリャマナス侵攻の失敗で俺はそれを身を持って知っている。
またそれ以外にもいくつかの条件が状況によってどちらに有利不利に働くか分からないというのが現在の情勢である。つまるところ次の戦に勝てる算段などはまったくついていないのだ。
唯一、兵器の差──こちらだけが使える飛び道具「銃」の存在は次回の戦いでもこちらに有利になるだろうが、これも弾には限りがあり、弓矢と違って容易に再生産ができない為使い所を限定しなければならない。まあ、この「銃」を大量に用意した亜空路坊がまたどこかから新たな「銃」や弾の在庫を調達してくれば話は別だが……と……
「……そういえば亜空路坊の姿が見えんな。奴はどこいった?」
昼間の戦闘では「銃」を使用する特殊部隊を率いて多大な戦果を上げた亜空路坊だが、その後の乱戦や妖との戦闘には姿を見せず、戦後の事務処理を行っていた帷幕にも顔を出さなかった。残敵掃討でもしているのかと思っていたが流石にこの時間まで本部へ戻らないのは妙である。
「……ああ。あの人なら確かクギの砦に戻って直接吾妻榛名に戦勝の報告をするとか言ってたわね」
「なに? 俺はそんな報告聞いてないぞ」
む……一応総大将である俺になんの断りもなくそんな勝手な事を……
協力関係にあるとはいえ俺は六昴群星の奴らを完全に信用してはいない。彼らの提供する情報には今のところ虚偽は確認できないがどうも奴らが全ての情報を開示しているとは思えないのだ。サイタマ軍との戦に関わる情報はまだしも、マガタマや統制者に関する情報はまだ何かしら隠している……と、俺は疑っている。彼らを完全に信用できない内は俺の目の届かぬところでコソコソ何かされても困るのだが……
まあしかしそれはこちらも同じか。
俺にも奴らには秘密の用事があり、それをするには奴の目がないのは好都合だ。
用事──すなわち、燕木のやつとの決闘の約束だ。今の俺は立場上勝手に敵将と密会するなど、それがどんな目的であってももっての外である。他の者に知られれば止められるのは明白だ。ましてその場所が敵の砦では、一人のこのこ出ていくのは罠に嵌めてくれと言ってるようなもので立場が逆なら俺も止めるであろう。しかし、燕木はそこにアカネ殿がいると言った。ヤツがこの期に及んでそんな嘘をつくとは思えないし、仮に嘘だと疑っていたとしてもアカネ殿の行方の手掛かりを少しでも掴める可能性があるなら俺はそこに行かざるを得ない。
「……」
ちらりとマキを見る。
俺は機を見て一時この反乱軍の野営地から抜け出すつもりでいるが、こいつにだけは事情を話しておいた方がいいだろうな。
「マキ──実はな」
そう思い、マキにこの事を話そうとした時……
「ん? なに?」
漠然とした不安がよぎり、彼女への相談を躊躇させた。
「…………なあ、マキ。お前俺に何か隠し事をしてないか?」




