第213話 大乱戦!(後編)
前回のあらすじ:突如現れた猿飛丈弾は王戯遊札を使い妖を召喚。戦場を大混乱に陥れる。
※前回に引き続き三人称視点
「ヴゥエエエエェ…………!!!!」
背筋を凍らせるおぞましい雄叫びが轟くと、戦場にいる全ての者がそちらに注目した。
「な……なんて大きさ……!」
甲羅を背負った極彩色のゾウガメのような体躯だが頭部からはヤツメウナギのようなグロテスクな首が五本生えているという化け物としか表現しようのない異形。
その体長はゆうに二十間(約36メートル)を超え、キヌガーでガンダブロウが討伐した大猿の妖・火襟弥猿よりも更に巨大であった。
「ぬわあっ! なんだあの馬鹿デカいのは……はっ! これが噂に聞く……虎!?」
「なになに? あんな隠し玉がまだあるなんで……ちょっと面白すぎでしょ、この戦い!」
「ほほう……こりゃまた、とんでもない妖を召喚したもんじゃの」
踏越死境軍のメンバーたちもズシン、ズシンと一歩ごとに地響きを鳴らしながら近づいてくる巨大妖には驚きを隠せないでいたが、彼らの中でも取り分けこの異常事態に過敏に反応を示す者がいた。
「……"阿愚尼観世音"ッ!!」
「ギシェー!!」
爆音!
と同時に戦場に放たれていた数体の妖が炎に包まれ葬られる!
「目障りな妖ども……せっかく人と人の意思がぶつかり合い、因縁が絡み合う素晴らしい戦場だったというのに……猿飛丈弾! 実に余計な事をしてくれたものです!」
踏越死境軍のリーダー格・三蔵寺法春。彼には戦場に対する独自の美学があり、意思のない妖が人間同士の争いを荒らす事はその美学に反する様で今まで戦いを傍観する姿勢を一転させて邪魔者の排除に乗り出していた。
「ヴゥアアアアッ!!」
「……ッ! 無粋なっ……美観を著しく損ねる! ギエフ無念流『巖荼荒』……」
三蔵寺は不快な唸り声を上げる巨大な妖亀を葬らんと剣を向け火行の呪力を集中する。
「"輪砲羯磨"!!」
三蔵寺は切っ先から数発の火輪を射出!
妖亀に着弾して爆炎を上げる!
「あーあ、今度こそ私の獲物だと思ったのにィ」
黒子壱號の戦闘の際には彼の念動力によって浮遊させられた岩や木を一瞬のうちに爆散させた技である。いかに巨体を誇る妖とはいえ直撃すれば無傷では済まない威力ではあるが……
「法春め。珍しく怒っておるの……じゃが……」
「……ブオオオオオオ!!」
煙の中から雄叫び!
と、同時に複数あるすべての頭から青白い熱線が放射される!
「何!?」
「おおっ!?」
踏越死境軍のメンバーはすかさず熱線を回避!熱線が着弾した場所は土がえぐれ、その跡には高温によってドロドロと溶解していた。
「ヴァオ! ヴァアアアアオ!」
攻撃を受けたことで怒り狂った妖は、辺り一帯を焼き尽くす勢いでなおも熱線を乱射する。無差別攻撃は三蔵寺だけでなく、ガンダブロウやサシコにまで影響が及んだ。
「くっ!」
「ちっ! エドン無外流『逆時雨』……"烈火光返し"!」
ガンダブロウは『逆時雨』で熱線を弾き返すと、妖の複数ある頭部のうち2つを吹き飛ばす!
が……
「……なっ!?」
次の瞬間、破壊された頭部は断面からジュクジュクと肉が湧き出て瞬時に再生!妖は何事もなかったかのように活動を再開し、今度は首を伸ばして直接の噛みつき攻撃を仕掛けてきた!
「そんな……まさかコイツ不死身なの!?」
サシコは噛みつきを回避しつつ攻撃を加えるも、やはり斬った箇所から再生されてしまう。妖の攻撃は激しさを増し、こちらからの攻撃は通用しない……この絶望的な状況では討伐を諦め逃げるしか選択肢がないように思えた。しかし、この災害のごとき妖を野放しにすれば反乱軍の兵士はもちろん近隣の住人にも甚大な被害が及んでしまうだろう。
ガンダブロウとサシコはそれが分かっている故にあえて撤退せずにその場に留まる。勝敗どころか自身の命よりも危険な戦闘を好む踏越死境軍も同様にこの大怪獣との戦闘を継続したが、やはり討伐の糸口は掴めないまま時間だけが過ぎていった。
「くそ! このままでは俺たちの体力が先に尽きてしまう……」
達人級の六行使いが束になっても撃退できない規格外のバケモノ。ガンダブロウは呪力が切れるまで戦い続ければ再生も追いつかないだろうと読んでいたがその呪力の底は全く見えず、逆にガンダブロウたちの方がジリ貧に追い詰められていった。
永遠に続くかと思われた無限ループ。その状況打開の転機が訪れたのは戦闘開始から10分ほどが経った時であった。
「村雨くん! サシコちゃん!」
ガンダブロウとサシコは後方より自分たちを呼ぶ声に振り返る。
「……マキ!」
戦場に現れたのはマキであった。
「いい所でだけ出てきますね! 毎度毎度!」
サシコの発言は裏を返せば戦況が悪化するまでサボって出てこない、という趣旨の皮肉でもあったが、今回の遅参は前線に総大将のガンダブロウが出張ってしまった為、彼の代わりに参謀長の彼女が全軍の指揮を後方で行っていたという理由もあった。
「またとんでもないヤツが出てきてるわね!」
「あの妖を知っているのか!?」
「ええ、たぶんね」
なんとマキはこの現れた巨大亀の妖について知っているという。
「見た目と能力から推察するにアレは恐らく創世紀神話に登場する神獣・六岐蓑亀! 伝承によればその首は何度落とされても呪力が尽きない限り復活を続けるという半不死身の怪物よ!」
創世紀神話の怪物。
それに気付いたのは古文書を研究する司教であるマキに知見があったからというのもあるが、キヌガーで古代伝説の妖である聖帝の三従魔と戦った事で、またそういう伝承の妖と戦う機会があるかもしれないと考えていたからでもあった。
「で、その神獣とやらが何故こんなところにいるんだ?」
「そこまでは分からないけど……でも伝承が本当ならその対処法も分かるわ」




