第212話 大乱戦!(中編)
前回のあらすじ:様々な思惑が交差し、大乱戦となった戦場。そこに現れたのは……
※前回に引き続き今回も三人称視点です
「お、お前は……!」
ガンダブロウは戦場に姿を現した新たな刺客の顔を見るなり、表情を歪ませる。
「猿飛丈弾!!」
現れたのは反乱軍の砦を襲撃した浅黒い肌の長身の男──御庭番十六忍衆の陰陽術士・猿飛丈弾であった。アカネを攫った張本人の登場にガンダブロウは心中穏やかざるものがあったが、仲間であるはずの燕木もまた猿飛の出現に怒りを顕にした。
「猿飛! 何しに来た!」
「何って……苦戦する同僚の助太刀に来たのさ」
「そんな事を頼んだ覚えはない! 大人しく引っ込んでろ!」
ガンダブロウとの対等な戦いで決着を望む燕木にとってこれ以上の横槍は看過できぬものであったが、猿飛からしてみればそのような事情は知ったことではなく、むしろ作戦の成否よりも個人的な感情を優先する燕木を掣肘する立場にあった。
「やれやれ。せっかく助けに来てやったのにとんだ言い草だなっと……んん?」
「はァッ!!」
「おおっとっと!!」
そしてガンダブロウからすれば彼らの内輪の事情など、それこそ知った事ではない。問答無用で『逆時雨』で集めていた呪力を猿飛に向けて飛ばすが、距離があった事もあり猿飛は回避に成功した。
「猿飛丈弾!! アカネ殿をどこに連れて行ったか吐いてもらおうか!!」
「太刀守、怖っ!」
猿飛はガンダブロウの剣幕とは対象的にヘラヘラと笑ってガンダブロウを間合いに入らせぬよう立ち回る。
「なになに!? アイツも御庭番十六忍衆なの?」
「フェフェフェ、儂らの相手が出来たかの?」
外野で手持ち無沙汰気味の沙湖と紅孩が興味を示すが、当の猿飛は自分との戦闘に前のめりになっている彼らとは違い、戦い自体にはさしたる興味を示さず、各々が個人的な事情で血みどろの争いを繰り広げるこの戦場においてその異質さ、あるいは正常さが際立っていた。
「まったく血の気が多いな、どいつもこいつも。俺はお前ら戦闘狂どもと違って無駄な戦闘はしない……戦も任務もラクが一番、果報は寝て待て、何事もほどほどにってのが俺の主義なのさっ、ソレッ!」
そう宣言すると、猿飛は数十枚の札を懐から取り出しそれらを投げて辺りにばら撒いた。
「 解 ★ 封 」
猿飛が解呪の言葉を口にすると、空中を舞う札から突如として異形のバケモノが姿を現す!
「むぅ!? 式神……いや、妖か!?」
出現したのは数十体の妖たちであった!
「これは金鹿の王戯遊札……何故アイツがあれを!?」
ガンダブロウは能飽の方舟の戦いで同じ札から召喚された妖と交戦していた経験があった為、猿飛が行ったのが陰陽術による式神の顕現ではなく妖の召喚である事に気付く事が出来た。
「ギャウウウウッ!!」
「う、うわあっ!? なんだあ!?」
召喚された大小様々な妖たちはガンダブロウと燕木が戦っているエリア周辺だけにとどまらず、戦場全体に散っていき敵味方に関わらず兵士たちに襲いかかった。
人間同士の戦争に突如として現れた無数の妖たち……これはサイタマ軍側すら知らされていない事であり、当然ながら戦場は大混乱に陥った。
「えっ、これってまさか……!?」
「百合沢喪奈から徴収した妖の札……! 猿飛丈弾……まさかここで使ってくるとはね」
サシコとコジノも唐突に出現した妖たちに気を取られ一旦戦闘を停止する。
「なんだこのけったいな獣たちは! 首都の周りにはこんな獣がいるのか!」
「あーら、暴邪ちゃんのお友達がこんなにたくさん!」
「これは御珠守の爺やが研究していた妖召喚の札……フェフェフェ。まさか完成していたとはの」
生き残った踏越死境軍のメンバーも自分たち以上に戦場を無差別に荒らす妖たちとの戦闘に巻き込まれていく。
「ちっ……! 猿飛め……余計な事を……!」
戦場の混乱もいよいよ大きく、自分が満足の行く戦いができる環境が失われた事を悟った燕木は戦闘体勢を解除し、既に自身との戦いから離れて猿飛を追うことに気を取られているガンダブロウに目を向ける。
「どこだ! 猿飛丈弾! どこに行きやがった!」
猿飛は妖を放つだけ放っておいて自身は姿を眩ませてしまっており、ガンダブロウは彼を探して戦場を駆け回っていた。
「おい! 村雨!」
燕木は既に自分は眼中にないと言わんばかりのガンダブロウを呼び止めると……
「明日の夕刻、ここから南東三里先にあるトロイワ砦に一人で来い! 決着はそこでつける!」
再戦の予定をガンダブロウに一方的に宣言した。
「燕木……! 俺もお前と決着はつけたいが、今はそれどころでは……」
「フッ……そこにお前の求めるマシタ・アカネがいると言ってもか?」
「……なにッ!?」
燕木の言葉はガンダブロウにとって聞き捨てならないものであった。彼か反乱軍の総大将となって御庭番十六忍衆、ひいてはサイタマ共和国そのものとの戦いに身を投じるのは極論、攫われたアカネを取り戻すというただ一つの目的の為。今まで散々探しても手がかり一つ掴めなかったアカネの居場所を知ることが出来るのなら、彼にとってこれ以上の戦果はなかった。
「その話に嘘偽りはないのだな?」
そう問い詰めるガンダブロウに燕木はあえて明確な回答をしめさない。が、彼がここで偽りを用いて罠に嵌めるような真似をするとはガンダブロウには思えなかった。
「いいな、村雨。明晩、待っているからな…………コジノッ!!」
「はいっ!」
燕木はやや離れた位置で妖と戦闘していたコジノを呼びつける。
「引くぞ」
撤退指示。
コジノは先程まで刃を交えていたサシコを見やり、一瞬だけ苦い表情を浮かべると燕木の命令に承服した。
「……はい」
コジノは妖との戦闘を放棄して燕木と共に戦場からの退却を開始する。
「あっ……コジノさん、待って!」
サシコが戦場から退いていくコジノを呼び止めようとした、その時──
「グオオオオオオッ!!」
一際巨大な妖が彼女たちの間に割って入る。




