第211話 大乱戦!(前編)
前回のあらすじ:ガンダブロウと燕木、二人の総大将が戦場で相見える。
※今回はまた三人称視点の回になります
「それでこそだ、村雨!」
「決着をつけに来たぞ、燕木!」
踏越死境軍と燕木師弟が戦う戦場にガンダブロウが乱入。ついに両軍の大将同士が相見える事となった。此度の戦いのこれまでの経過は、極論すればこの2人の決闘の前座に過ぎない。十数万人が激突する戦の趨勢をたった一人でひっくり返せる程の戦力を有した男と唯一それを止める事ができる男。視線を交わす両雄には自軍の掲げる大義の成就と兵の命運が掛かっていたが、今二人の胸中に去来するのはそのような思いではなく、ただ目の前の好敵手と刃を交える事への昂揚感であった。
特に燕木は好敵手の出現にこの上ない喜びを感じており、戦の勝敗以上に引く事のできない戦場で彼と決着をつける事に深い意義を見出していた。
「来たなァ! 太刀守ィー!」
そして、ガンダブロウの出現に喜び勇む男がもう一人。
「おい! 確か決闘が禁止されてるのは砦の中だけだったよなァ!」
踏越死境軍の巨漢剣士・猪村地備衛は流派の威信を掛けてガンダブロウを倒すことに執着しており、戦場で彼と戦うことを強く望んでいた。
「ああ、そうだ」
「ハッ! なら遠慮なくやらせてもらうぜ! バラギ新陰流『狩遯』……」
地備衛は剣を振りかぶると大地を蹴ってガンダブロウに襲いかかる。
「"唐竹・暴呀"ッ!!」
凄まじい速力で放たれる一撃!
ガンダブロウは草薙剣で受け太刀するも、衝撃と鋭利な金属がぶつかりあうキィーン!という音があたりに響き渡る。
「ヌハハハ! 今日こそ首を刎ねてやるぞ!」
「決闘は禁止ではない……が、総大将に剣を向けるのは明確な反逆行為。お前こそ軍規違反で首を刎ねられる覚悟はあるのだろうな?」
「へっ! 知るかァ!」
地備衛は既に反乱軍の規律を守るつもりはないらしく、戦の勝敗を左右するこの重要局面においてあろうことか総大将のガンダブロウを首を取ろうと刃を向けた。この暴挙には味方の反乱軍以上にガンダブロウとの一対一の戦いを期待していた燕木の怒りを買った。
「邪魔をするなァ!!」
燕木も邪魔者を排除する為に鍔迫合うガンダブロウと地備衛の間に割って入り、突きを放つ。が、燕木は自身の六行の属性をガンダブロウの『逆時雨』に利用されぬよう警戒し、呪力による追加効果を槍に纏わせなかった為地備衛はその攻撃を難なく回避する事が出来た。
「お前こそ邪魔すんじゃねえ!!」
因縁のあるガンダブロウ、燕木、地備衛は三つ巴の戦いに突入。
こうなると面白くないのは踏越死境軍の残りの2人である。
「ちょっとちょっと! アンタたちだけで勝手に盛り上がんないでよ!」
「儂らも是非混ぜてもらいたいのぉ」
出遅れた浄江沙湖と紅孩童子もその戦いに介入すべく、遠間から陰陽術を発射させようと準備動作に入る。しかし、その様子を察知したコジノは彼らの横槍を防ぐために一手早く動いていた。
「ハクオカ理心流『天巌』……"東天紅"!!』
術師2人の狙撃を阻止するため、陰陽術の発動よりも早くコジノが技を撃つ。空行の力で放たれた斬撃が飛来する事を確認すると、沙湖と紅孩は術の予備動作を解除しコジノの技の回避に専念する。
「ちぇっ、なによ〜」
「フェフェフェ、この前の戦いを邪魔されたお返しかの?」
コジノは陰陽術士二人に更に"東天紅"を連打し、燕木の戦いから引き離す。ガンダブロウの技の回避後、体勢を立て直すのが遅れて地備衛の介入は許したものの他の者の追加参戦は阻止しようという狙いだ。
「これ以上師匠の戦いに手出しはさせんばい! ハクオカ無外流『天獅吼』……」
コジノは遠隔から陰陽術で燕木の戦闘を妨害する恐れのある陰陽術士2人を排除にかかる。残り呪力を鑑みて遠間からの牽制し合うような戦い方は選択せず、短期決戦で2人を仕留めんと半妖化した常態で一挙に距離を詰める。
「"破崘炎舞"ッ!!」
コジノの炎を纏った剣が沙湖と紅孩に迫ったその時──
「はあッ!!」
ガキィン!!
今度は彼女の攻撃が乱入者の剣によって防がれた。
「コジノさん……また会いましたね!!」
「……サシコちゃん!?」
乱入してきたのはガンダブロウを追ってこの戦場に戻ってきたサシコであった。彼女もまた最高の好敵手と認めるコジノと決着をつける為、戦闘に参加してきたのであった。
「貴女の相手はアタシです!!」
「く……!」
コジノと鍔迫合うサシコの気迫は鬼気迫るものがあり、またしても因縁の対決が乱戦の中で成立した。
「あらら〜。また私ら無視して勝手に盛り上がっちゃって……て、おや?」
またしても自分たちがカヤの外に置かれた沙湖は嘆息すると共に、もう一人この因縁の戦いに参戦を希望する者の出現に目を向けた。
「宮元住蔵子! そいつはオイラの獲物だ! お前はその次相手してやるから引っ込んでやがれ!」
天才少女二人の戦いに割って入るのは六行使いですらない青年……木下特攻斎こと木下孫悟郎である。
「孫悟郎!? 邪魔しないで!!」
「特攻斎だ! お前こそ後から来たくせに偉そうにすんな! 順番守れ!」
孫悟郎の横槍をサシコはアッサリといなした。六行使いではない彼を倒すことなどサシコにとっては造作もないが、彼女は今のところ彼を害する気はなく、彼の妨害をかわしつつコジノと継戦する事を選択した。
変則的な形ではあるが、こちらの戦いも三者が入り乱れる形となり、期せずして三つ巴のグループが戦場に2つ出来る事となった。
「新入り君がやる気満々か〜。うーん、なんか私ら出る幕ない感じになってきたし、別の戦場に移動すっかな? ……て、あれっ? 紅孩爺?」
沙湖が横を見ると今までそこにいると思っていた紅孩の姿がなくなっていた。ふと、燕木たちが降りてきた丘の上を見るといつの間にか紅孩がそこに移動しており、陰陽術の詠唱を行っていた。
「フェフェフェ。こんな面白い戦場、ちょっかい出さずにはおれんわい……火行【墜星焔炭】!!」
紅孩は詠唱完了と共にクリバスの門でも使用した広域に影響を及ぼす無差別攻撃用の陰陽術を発動!戦場のあちこちに空から真紅の流星群が降り注ぐ!
「ふ……ふはははっ! 素晴らしい! 生と死が! 陰と陽が! 投げられた硬貨の表裏のように入り混じる! これぞ戦! これぞ死線! これぞ混沌を極めし、至高の景色よ!」
それまで戦いを遠巻きに眺めていた踏越死境軍のリーダー格・三蔵寺法春は混迷を深める戦場の様相を見て興奮気味に叫ぶ。
様々な思惑を乗せた様々な武が交差する混沌の戦場。戦術や戦略とはかけ離れた大乱戦がどのような帰結を迎えるのか、もはや誰にも予想ができなくなっていた。
「エドン無外流『逆時雨』……」
しかし、このような混沌の乱戦でこそ一際強い輝きを放つ者がいる。
「 " 秘 剣 ・ 魍 魎 跋 扈 返 し " !! 」
ガンダブロウは戦場に立ち込めた様々な属性の呪力をかき集め、再び技を放つ!
呪力の暴力は竜巻のように渦を巻き、相対する地備衛と燕木に襲いかかる。
「ぬおああああっ!!」
地備衛はかろうじて直撃をさけたもののその凄まじい威力の余波に吹き飛ばされ、激しく地面に叩きつけられた。
燕木も自身の得意技のお株を奪われたような突風に体勢を大きく崩されて膝をつく。クギ湿原での戦闘とは真逆で、今度は燕木がガンダブロウに圧倒される結果となった。
「……ッ!! これが武神とまで謳われたジャポネシア最強の……村雨太刀守の剣の真髄か!!」
ガンダブロウの強さがもっとも際立つ場面。
それはこのような六行使いが入り乱れる乱戦であった。
他人の六行の属性を吸収再利用するガンダブロウの戦法は、利用可能な呪力が辺りに充満するこのような戦場ではまさに水を得た魚。ガンダブロウは本人の趣向により一対一の戦いを好むが、本来彼の剣術は今回のような乱戦でこそ無敵の力を発揮するのである。道場での試合では幾度もガンダブロウと剣を交えた燕木であったが、敵味方入り乱れる戦場において本気になった彼と相対するのは今回が始めてであり、その圧倒的なまでの強さに驚きと共に感動すらも覚えていた。
手段を選ばず、自身の剣の最大効率をガンダブロウが追求した今、その強さはキリサキ・カイトにすら比肩しうる高みに達しており、太刀守の名が虚名でない事を万人に知らしめていた。
「燕木。お前の言うとおりだよ。俺は弱くなった。その弱さのせいで大切な者を……守りたいと思った人をまた守れなかった。だから失ったものを取り戻すために俺は……」
ガンダブロウは草薙剣を握り直し、燕木を見下ろす。
「もう手段を選ばない! どんな手を使っても必ずアカネ殿を取り戻す! その前にお前が立ち塞がるのなら……」
「どんな手を使ってでも俺を殺す……か? ハッハッハッハ! いや村雨! 前言を撤回するよ! やはりお前は強い! あの時と同じ……いやあの時以上の鬼気迫る剣だ!」
燕木は誇りをかなぐり捨ててでも自身を殺しに来たガンダブロウの変貌に満足すると、再び立ち上がり槍を構える。
そして、恐らくは自身を上回る力を持つこの好敵手に対し、全力を開放して挑もうとしたその時──!
「おー、やってるやってる!」
またしても戦場に新たな乱入者が姿を現した。




