第205話 踏越死境軍VS傀儡人形!其の三
前回のあらすじ:黒子捌號は浄江沙湖によって撃破される。
※今回も引き続き三人称視点になります
「さあ、私のこの動きに……ついてこられますか!」
河川敷の開けた平地にて見呼黒子玖號が猪村地備衛に襲いかかる。
黒子玖號の固有能力は「加速」であり、火行の内燃機関を爆発的推進力に変えて、サシコの風行による加速技「蹴速抜足」に勝るとも劣らないスピードを得ていた。しかも生身の人間であれば肉体への負荷が大きく再現不能な急激な方向転換も可能であり、その立体的な攻撃は並の剣士ではまず捉えられないものであった。
「ヌゥン!」
しかし、地備衛の剣士としての腕も並大抵ではなく四方八方からの連続攻撃に対して地備衛は冷静かつ正確に受け太刀し、一発も決定打を与えなかった。
「ホホホ! やりますねぇ! しかし、それがいつまで続きますか……て、んん?」
「バラギ新陰流『狩遯』……」
地備衛は刀を上段に構えたまま迫りくる黒子玖號に狙いを定める。
「"袈裟斬り・亜土縛"!!」
「おおっと!」
地備衛は黒子玖號の体に重力の負荷をかけ、動きを封じたところで斬撃を浴びせようとするが寸でで黒子玖號が進路を変更。充分な加重が加わる前に地備衛の間合いから離脱した。
「危ない危ない」
「……」
地備衛は怪訝そうな顔で黒子玖號に視線を向けた。
今の回避動作は事前に技の性質を知っていないと難しい動きだった。しかし、地備衛は先のクギ湿原の戦闘や砦攻めではこの技を使用していない。過去の戦いにおいてもこの技を食らって生きていた者はいない為、情報の出どころが不明であった。
「ホホホ。今のはバラギ新陰流の剣……しかも属性は土行。相手の動きを封じてから斬りつける剣技は亡くなった牛鬼さんと瓜二つです」
「……! 兄弟子を知っているのか?」
阿羅船牛鬼はオウマの見張り棟でガンダブロウと戦って討ち死にした地備衛と同門の剣士である。戦国七剣の一人として知られる大剣豪・緋虎青龍斎の直弟子の一人であり、同じ属性の先輩剣士として地備衛の剣に与えた影響は大きく、実際彼の剣技は牛鬼の技とよく似ている。
「それはもちろん。我が主、能面法師様と同じ御庭番十六人衆の一員でしたからね……そして彼を知っているという事は当然……」
黒子玖號はそう言いつつ再び地面を蹴り、加速しながら移動をはじめた。
「技の対処法も知っているという事です!」
「ヌウッ!?」
詠唱の必要な陰陽術と違い、剣士が使う六行の技には威力が低い代わりに予備動作か少なく即効的に効果を及ぼすものが多い。地備衛や牛鬼の使う土行の重力倍加もその類であり、狙いを定めてから加重にかかるタイムラグはわずか1秒ほどである。しかし、反面技の効果範囲は狭く、加重開始から1秒の間に効果範囲を脱出すれば拘束を逃れる事ができる。つまり一所に留まらず、かつ予測の難しいランダムの動きで移動を続ければ彼らの技はほとんど無力化できるのである。
「どうです? この速度で動き続ける私に技を当てる事はできますかな?」
黒子玖號は地備衛の周囲を高速移動で旋回しつつ、その包囲を少しずつ狭めていく。そのスピードは先程までよりさらに速い。巨漢である地備衛にはもはやこの加速には到底ついていけないように思われた。
「……ふん! 面白い! 太刀守とやり合う前の肩慣らしにはちょうどいい相手のようだな!」
地備衛はそう言い放つと剣を収めて構えを解く。
「観念したようですね! では、死になさい!」
黒子玖號は猛スピードのまま、腕に仕込んでいた隠し刀を展開!地備衛の背後から彼の首を刎ねんと突進する……と、その時!
「重力倍加……解除ッ!」
そう宣言すると地備衛の姿が突如消え、黒子玖號の斬撃は空振りに終わった。
「なッ!? 一体何が起こったのです!?」
黒子玖號が見失った地備衛は十数メートルほど離れた地点に突如として姿を現す。
「ふぅー! 久々に……身体が軽い!」
「ま、まさか貴様……自分自身に重力倍加を!?」
地備衛は黒子玖號の指摘にニヤリと笑って頷く。
「ああ、そうだ。攻撃の威力を上げる事と自身の鍛錬のため、大体ざっと十倍の重力負荷をずっと自分にかけ続けていた。そのせいで今までは鈍重にしか動けなかったが……それを解除した今ならお前の動きも捉えられるぜ」
そう。今までの地備衛は1トン以上の重しを身体に巻き付けた状態で動いていた様なもの。その状態で相手に違和感を与えない程の速度で動けていた訳であるから、それを解除した今彼が本来持つスピードがどれほど凄まじいものかはある程度推し量る事ができる。
「さあ、今度はこっちの番だァ!」
地備衛は先程の黒子玖號の動きを攻守を入れ替えて再現してみせる。
「くっ! は、速い! この私の加速と同等……いやそれ以上か!?」
加速能力を持つ黒子玖號以上のスピード!地備衛の巨体からは想像も出来ない程の神速である!
そして、その速力を剣に乗せて打つ斬撃は必殺・不可避!地備衛は相手を仕留める確信をもって黒子玖號に打ち込むが……
「ヌゥ?」
地備衛の剣は黒子玖號のボディを滑り、傷をつける事ができなかった。
「ほほほ! 私のこの流線型の躯体は速力に特化する為だけではありません! 相手の攻撃を滑らせて逸らす受け流し効果もあるのです! 貴方がいかに速く斬撃を放とうと私の身体に傷をつける事は出来ません!」
地備衛はその後も何発か黒子玖號に打ち込みをかけるが、いずれの角度からの斬撃も流線型の金属の前に受け流されてしまう。これがもっと表面積と質量の大きい打撃系の武器であればダメージを与える事が出来たかもしれないが、刀の刃ではどうしても当たる面積が少なく、ツルツルに研磨された金属の表面を滑ってしまうのだ。
「ほう」
直接攻撃主体の剣士にとっては非常にダメージを与えづらい天敵のような相手……しかし、地備衛は尚も直接攻撃を仕掛けるべく黒子玖號へと突進する。
「無駄だというのが分からないのですか?」
黒子玖號は腕の隠し刀を展開し、地備衛の攻撃を迎え撃つ構えを見せる。
「確かに通常の斬撃は通らないだろう……だが」
地備衛は刀を水平に構え突きの体勢を取る。
「バラギ新陰流『狩遯』……"突き刺し・破緬扨"!!」
地備衛は刀の切っ先に突進力と呪力を一極集中させて黒子玖號のボディに穿つ!
「おおおっ!?」
さしもの黒子玖號もこれは受け流す事が出来ず、胸板にヒビが入った。
「何という突き……わずかとはいえ、この私の身体に傷をつけるとは…………て、どこにいくのです!?」
攻撃を終えた地備衛は刀を鞘に納め、黒子玖號に対して背を向ける。
「勝負は終わりだ。辞世の句を言いたきゃ今のうちに言いな」
「ほ、ホホホ! 何を言うかと思えばこの程度のかすり傷でこの私を倒したつも……りァッ!?」
突如、黒子玖號の胸部がまるで見えない鈍器で思い切り叩かれたかのようにヒビの入った箇所を中心に大きく陥没する!
「な……こ、これは…………ぐバァッ!?」
再び黒子玖號に衝撃が撃ち込まれる!
今度は胸部を大きくえぐり、外装の破片や内部の部品が辺りに散乱する!
「ああ、言い忘れたが俺の"突き刺し・破緬扨"は突きが命中した箇所に時間差で何度も重力波を打ち込む技だ」
「ぐガッ!! ゴはァッ!!」
黒子玖號は衝撃でどんどん後へと後退していき最後は大きく背後に吹っ飛び、河原にある大きな岩に衝突し身体がバラバラに大破した。
「ヌハハ……やれやれこれでは肩慣らしにもならなかったな。太刀守とやる前に試したい技はまだまだあったのだが、まァ傀儡人形ではこんなものか。さて、次は槍守を探して他の技を試してみるとするか」




