第203話 踏越死境軍VS傀儡人形!其の一
前回のあらすじ:踏越死境軍が戦場を荒らすさなか、サイタマ軍の大将、燕木哲之慎と武佐木小路乃も動き出す!
※今回も三人称視点です
アラール川沿岸──踏越死境軍とからくり人形軍団が激突する戦場にて、双方の幹部級が矛を交えていた。
「灰になりなさいっ!」
ナンバリング機体のうちの一体・見呼黒子陸號は搭載された火行の炎熱発生装置を駆使し、強力な火炎を直線放射した。
相対する踏越死境軍の宿老にして同じく火行の使い手・紅孩童子は老体に似合わぬ軽快な身のこなしでその攻撃を回避する。
「フェフェフェ! なかなかの火力じゃ」
結界だけでは防ぎきれない高火力。火炎はあたりに燃え移り、草木を焼夷させ黒煙を上げる。
紅孩は火行使いだけあって、その凄まじい炎の勢いにも気後れする事はなく、すぐさま反撃の陰陽術を放つ体勢をとって黒子陸號との距離を詰めた。
「しかしあやつの傀儡人形にしては芸がないの……火行【天道球】!!」
紅孩は無詠唱で陰陽術を発動!
「触媒」として手にしていた身の丈よりも長い燭台の先から火球を発射すると、黒子陸號に着弾し爆炎が上がる!
金鹿馬北斎も使用したこの火行の陰陽術は、術者の呪力と熟練度に応じて威力を増すタイプである。火行使いとしては最高級の練度を持つ紅孩の【天道球】は、無詠唱であるにも関わらずかつてアカネが黒子参號を撃破した火行【鬼火天竺鼠】のそれよりも更に上。それが直撃したのであるから同じナンバリングシリーズの黒子陸號はひとたまりもない……はずであった。
「……ほほほ! 効きませんねぇ!」
爆煙の中から姿を現した黒子参號に致命的なダメージを受けた様子はなかった。外装の黒子衣装だけが燃え尽き、むき出しとなった合金製のボディには焦げ跡1付いていない。
「マシタ・アカネの術にも対抗できるよう改良を重ねたこの耐熱装甲には、火行の攻撃は通じませんよ!」
アカネと黒子参號との戦闘データを元に強化されたボディの耐久性は凄まじく、火行使いの攻撃術に対してはほぼ無敵の防御性能を有していた。
「ほおお、こりゃ驚いたわい」
紅孩は火行使いとしては極致と言って差し支えないレベルの術士であるが生身の人間である以上、自身の身体に火炎耐性がある訳ではなく、自分よりレベルの低い火行攻撃でも結界を破られればダメージを免れない。対して黒子陸號は火行の主な攻撃手段である炎熱をほぼシャットアウトできるのであるから、紅孩にとってこの人形は天敵であるといえた。
紅孩は火行単一属性の使い手である。火行以外の攻撃手段はもたない以上、このまま戦えばジリ貧である事が明白に思えた。
「ここまで一体の人形の性能にこだわるとは……フェフェフェ! あやつの凝り性も堂に入っとるの!」
そう人形の製作者に対して感想を述べた後、紅孩はなおも火炎攻撃をしかける黒子陸號の間合いから大きく後退。戦場から離脱するような素振りを見せる。
「逃しませんよ……!」
相性の悪さを悟り、撤退した……と考えるのが自然であり、そう判断した黒子陸號は追撃すべくその後を追った。しかし……
「フェフェフェ……逃げる?」
しかし、踏越死境軍にとっては強敵・難敵・天敵とは自ら求めて得ようとするもの。例え自身を一方的に蹂躙する強さの敵が目の前に現れようと、嬉々として挑んで討ち死にする事に一切の躊躇がない。
「こんな楽しい獲物を前に逃げる訳がなかろうて!」
故にこの後退は撤退ではない。彼がより戦闘を楽しむ為に必要な材料が手近になかったので、それがある所まで移動したというだけである。
「……は?」
「えっ!?」
「なんだ!?」
紅孩が向かった先は黒子人形に戦闘を任せて戦場の遠巻きを囲んでいたサイタマ軍の一般兵たちのところであった。その目的は彼らを肉の盾として攻撃を躊躇させる……のではなく……
「火行禁術……【断末燐火】!!」
紅孩が兵士数人に触れながら陰陽術を発動させると、突如彼らの目や鼻など穴という穴から炎が吹き上がった!
「あ、ぎゃああああ……!!」
相手を身体の内側から燃やす残虐極まる陰陽術!あまりに非道な技ゆえ開発者が禁術として封印した技であり、現在は紅孩が唯一の使い手である。
決まれば抗う事も出来ずに焼き殺される強力無比な技であるが、その殺傷力よりももう一つの特性にこそこの技の真価があった。
「フェフェフェ……そりゃ爆弾ども、標的はあそこじゃ!」
「あぁ、がががががが!!!!」
紅孩がタクトのように燭台を振るうと、燃やされている兵士たちが迫りくる黒子陸號に対して一斉に走り始める!
そして、黒子陸號のそばに来たところで突如体内から吹き出す炎が大きくなりそのまま大爆発!至近距離での自爆を受けた黒子陸號は爆風をモロに浴びる!
「に……人間を爆弾にする術ですと!?」
虚をつかれた黒子陸號はその衝撃で足が止まる。
そこに爆弾化された兵士たちが次々と突進!何発もの爆発が連鎖する!
しかし、それでもなお黒子陸號のボディには大きな損傷はなく、爆煙を纏いながらも再び前進を始めた!
「なかなか冒涜的な術を使いますねぇ! しかし、我が装甲を傷付けるにはまだ火力が……」
と、黒子陸號がそう言いかけた時……黒子は自分が向かう先にターゲットの姿が見えない事に気がつく。
「人間爆弾は囮!? 奴はどこへ……!?」
黒子はとっさに周囲を索敵するが、その姿を見つけるより早く相手から自分の居場所を教えてきた。
「フェフェ……ここじゃよ」
紅孩は黒子陸號の真後ろより声をかけつつ、彼の身体に燭台を押し当てた。
「さてからくり人形よ。外部からの攻撃には鉄壁の装甲も内側からの攻撃にはどうかの?」
「な……!?」
「……【断末燐火】」
【断末燐火】は相手の体内の熱を火行の力で暴走させて自爆に至らしめる術である。その対象は生物に限らず、熱を持つ全ての無機物に及ぶ──つまり、体内に動力機関を持つからくり人形にも有効な技という事である。
「あがががガガガガガァ………!!!!」
術を受けた黒子陸號の体内で何度も爆発が起こり、その都度衝撃で体が何度も跳ね上がる!黒子陸號は傀儡人形に相応しく踊り狂った末、文字通り糸が切れたかのように地面に倒れ機能停止した。
「おお〜、結局体は爆ぜなんだか! こりゃあ、凄い! なかなか大した耐久性じゃて!」
確かに黒子陸號の耐熱装甲は火行に対してはほぼ無敵に近い防御力があった。しかし、体の内部の機構まで耐熱性能を有している訳ではなく、内部を焼かれてしまえば自慢の外装も全く意味を成さないのである。
「さてさて、あと何体人形を燃やせば人形使いに辿り着くか……いや、あやつの事じゃ、裏に引っ込んで前線には来とらんか……フェフェフェ! 強いくせに相変わらずつまらん奴じゃ! 自らの死を感じていてこその生、死線を彷徨う為にこそ生きる価値があるというのに」




